第6章 5

 展望台から、見下ろすことのできる街の全景は、太陽の純白の光を浴びて、様々な色の光を反射させている。建物の屋根、窓、壁が反射させる光が、その存在を誇示しているような色で輝いている。

 道路のアスファルトとそこを走っている車も純白の太陽の光を浴びている。動きのないアスファルトが反射させる光と違って、動きのある車が反射させる光は、同じ車から反射された光でも、微妙に変化している。

 頂上に延び広がっている緑の芝生は、純白の太陽の光を浴びて、緑色の光を反射させていた。美術館とレストランのクリーム色の壁が純白の太陽の光を浴びて、時間の経過とともに微妙に変化した色の光を反射させていた。

 響子は、振り向いてベンチや四阿の点在する方を振り向いた。昼食時なのだろうか。ベンチや四阿では、お弁当を食べている人々が目立つ。若いカップルらしき二人連れ、老夫婦らしき二人連れ、高校生や大学生のグループ。みんな楽しそうに食事をしている。

 響子は、レストランの方に向かって歩いて行った。

 レストランに近づいていくと、入り口では、十人くらいの人々が並んで待っているのが分かった。

 響子は、平地の公園へ降りて、フードコートに行くことに決めた。山を降りて行こうと思い、頂上の出入り口の方へ向かって歩いて行った。頂上の出入り口に近づいた時、異様な気配を感じた。

 以前は異様な気配と感じたものであったかも知れない。今は異様に感じないものである。響子は鋭い視線を感じた、というよりも、以前は鋭い視線として感じていた視線を感じた。今は身を構えるような鋭い気配としては感じないものとなった視線である。

 響子は自分に向けられた視線を感じているが、見知らぬ視線ではない。冷たい、違和感のある視線ではない。彼女を包み込むような温かい視線である。

 その視線を感じた時、響子は足の動きが完全に止まっていることに気がついて、ついじっと自分の足元を見てしまったほどであった。

 響子は、喜びと期待と不安と安らぎと悲しみと戸惑いと焦りと躊躇と驚きと、自分でも言葉で表現のしようがないほどの不思議な感覚に襲われた。

 響子は、ゆっくりと身体の向きを変えた。響子に向けられた視線を感じる方に目を向けた。レストランの周辺に大勢の人々がいる。その中から視線が彼女に向けられている。

 響子はレストラン前に屯する人々の方へ向かって歩いて行った。レストランの近くにある噴水から水の流れる音が聞こえた。響子がレストランの方に向かって歩いていくに連れて、周辺にいる人々の顔が少しずつ認識できるくらいになって来た。

 空に向かって手が伸びていくのが見えた。青空に向かって、白鳥が飛び交っていくような羽ばたきが聞こえるかのようなせせらぎの響きがあった。純白の太陽の光を浴びて陽介の右手が白鳥の羽のように純白の光を反射させていた。

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