第5章 3

「その日有給休暇を取ることにしましたよ」

休憩室に設置してあるコーヒーメーカーから、コーヒーポットを取り出して、自分のコーヒーカップにコーヒーを注いでから、譲治が言った。

「僕も取ることにしました」

譲治が元に戻したコーヒーポットを取り出し自分のコーヒーカップにコーヒーを注いだ後、章星が言った。

「清水響子さんが岩城さんの奥さんに、あまりにも似ていてびっくりしましたね」

「岩城さんが、あの後持って来てくれた他の写真を見なかったら、僕だって偽造写真だと思わなかったかというと、自信はないですね」

「いくら似ている人でも、その状況によって違った表情をするじゃないですか。美味しいものを食べた時とか、スポーツ観戦で感動した時とか、友達と歓談している時とか、その状況で人はいろいろな表情をするでしょう」

「だから、双子でも区別できたりするのかもしれないですね」

「それが他の写真を見た時、岩城さんに言わせると、似ている場面の方が多いというんですからね」

「事情聴取の中だけでもそんなに分かるものなんですかね」

「それが結構あるというようなことを言っていましたね。笑う仕草とか、考える時の表情とか、飲み物を飲む仕草とか」

「やはり連れ合いだった人と似てるとなると、他愛のない日常の仕草なり表情なりが気になるんですかね」

「でも、僕が岩城さんが言ったことで一番驚いたことは声が似ていると言ったことですね」

「そんなに声が似ていたのですか」

「そうみたいですね。最初の数枚だけだったら確かに僕だって偽造写真と思ったかもしれないですね」

「あれだけの枚数の写真を見たから納得できたようなものですね」

「まあ素人写真だから数枚だけだと難しいんでしょうね。真実を表現するのは」

「後で岩城さんがあれだけの枚数の写真を持ってきたので真実が見えたんですかね」

「そう、素人でも数多く撮っていればたまに真実の瞬間を捉えることがあるみたいです」

「あれだけの枚数の写真の中に真実を捉えた写真があったのですかね」

「何枚かあったと思いますよ。だからみんな最初の数枚の写真が偽造でないと確信できたと思います」

「静止画が真実を表現できるんですね」

「それが写真の表現力の素晴らしさだと思います。静止画だから瞬間を捉えることができるわけでしょう。瞬間だからこそ不変のものを捉えることができると思います」

「不変のものって何ですか」

「岩城さんにとって、奥さんであることを確信してくれる岩城さんしか分からないもの」

「そのようなものを写真は瞬間のうちに捉えることができるんですか」

「僕はそう思うんです」

「岩城さんは僕たちがわざと有給休暇を取ったと思いますかね」

「どうでしょうかね。岩城さんって、そういう面で結構鈍感ですからね」

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