第3章 5

「組織犯罪対策課の銃器捜査係が、銃刀法違反と殺人未遂の現行犯で、ある男を逮捕した」

 加山順は、ポットからコーヒーカップにコーヒーを注いだ後、続けて言った。

「名前は池田旬一で、今川健と同じ会社の玩具部門で働いていた。池田も今川も宣伝部の情報課にいた。宣伝部の情報課は、玩具部門のITC先鋭集団といわれるくらいコンピューターやインターネットに長けた社員の集まった課だ」

「池田と今川は会社で同じ宣伝部の情報課の社員ということですけれど、それ以外にどんな関係があるのですか」

 澤田龍はコーヒーカップにコーヒーを注いだ後、言った。

「実は池田が、商品部の情報課に移動したんだ」

「またどうしてですか」

「玩具部門のホームページをIT企業に外注していたのだが、そのIT企業がライバル会社の傘下に入ったのだ。自社のホームページの外注先が、ライバル会社の傘下になるというのはどう考えたって不味い状況だよな」

「外注先を変えたのですか」

「いや玩具部門独自でホームページを維持管理することになったんだ」

「それでどうして池田が商品部の情報課に移動することになったのですか」

「宣伝部の情報課はICTの先鋭集団であるのに対して、商品部の情報課は、ICTの素人集団のような課みたいなんだ。その課での業務内容は、商品のデーター管理が主な業務内容で、コンピューターの基礎的な操作と精々ワードとエクセルの基本的な使い方ができれば、何の問題もなくできる業務だ。だが今回、玩具部門のホームページを独自に維持管理することになって、商品部の情報課も単にデーター管理の業務だけでは済まなくなった。最低でもHTMLの編集に関われるようにならなければならなくなった。それで会社全体の中でICTの5本指に入るとも言われている池田が商品部の情報課に移ることになったんだ」

 加山順はコーヒーをブラックのまま何口か口に含んで飲み込んでから、続けて言った。

「清水響子という新入社員が、商品部の情報課に入ったのだが、清水響子は新入社員の中で一番ICTの能力が見込まれたということで、商品部の情報課に入った。普通だったら商品部の情報課に入ることはなかっただろう。玩具部門でホームページを維持管理するという業務に、商品部の情報課も関わるようになったのでそういうことになったのだろう」

 加山順は再びコーヒーを何口か飲んでから続けて言った。

「清水響子がHTML編集業務の中心になり、池田旬一が、彼女にHTMLを中心としたコンピューターに関する指導にあたることになった。ある日、池田は清水から急遽データーを受け取らなければならなくなり、清水のマンションに立ち寄って、清水からデーターをコピーしたUSBメモリーを受け取った。その時池田は清水のマンションでうっかり自分のUSBメモリーを落としてきてしまった。池田が落としていったUSBメモリーとは知らずに清水はそのUSBメモリーの中身を見た。IPスプーフィングのツールのファイルとエクセルのファイルが入っていた。IPスプーフィングのツールのファイルは清水には何のことか分からなかったが、エクセルファイルは分かった。そのエクセルファイルを開いてみると、今川健という名前が出てきたので、清水は不審に思ったらしい。なにしろ玩具部門の今川健が横領容疑で逮捕され、会社はその話題で持ちきりだったから」

「それで、清水はどうしたのですか」

「清水の大学時代の恩師で江上晃司というコンピューター専門の教授がいて、その教授の研究室へ行った。その時はIPスプーフィングのツールのファイルだけを彼女のUSBメモリーにコピーして持っていったが、エクセルファイルはコピーして行かなかった。清水は江上教授からIPスプーフィングのツールのことを、聞いた後、エクセルファイルの中身について話した。そして今回コピーしてこなかったエクセルファイルを後日持ってくることを約束して帰った。江上教授は友人でもある高山光昭弁護士に電話をして、清水が持ってきたIPスプーフィングのツールのファイルと清水がその中身を話したエクセルファイルのことを話した。実は高山弁護士は今川健の今回の事件の担当弁護士だ。江上教授と高山弁護士の会話を扉が開いたままの研究室の入り口で在校生が聞いていた。彼は池田とブラックハッカー関連で繋がりのある人物だ。彼が池田に電話をして江上教授と高山弁護士の会話の内容を話したようだ。池田はエクセルファイルの中身を見た清水に、今川が逮捕された横領事件の真犯人が自分であることがバレルことを恐れて、清水を口封じさせようと計画した。銃の入手はそのためだ」

「池田の銃の入手の動機は、彼の横領に関連しての口封じだったんですね。それではなぜ池田の事情聴取を、組織犯罪対策課と一緒にやらなかったのですか」

「それは分かるだろうけど、あくまでもサイバー犯罪対策課は自分たちだけで捜査したことにしたいのだと思う」

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