第1章 5

「結局またこのレストランにしてしまったわね」

妙がメニューを見ながら嬉しそうに言った。

「店の雰囲気といい料理の味といい店員さんの対応といい三拍子そろっているから仕方がないわ」

響子は店内を見回しながら言った。

「二人が喜んでくれて良かったわ。紹介した甲斐があるわ」

3つのグラスにワインを注ぎながら友梨が言った。

「どうしたの?誰か知っている人でもいるの?」

響子のグラスにワインを注いだ後、友梨が言った。

「ほら、向こうのテーブルの男性客の中にいるのは池田旬一さんだわ」

「あーあの宣伝部の情報課から商品部の情報課に異動してきたコンピューターの専門家の」

「あら、私のことが分かったみたいでこちらに来るみたいだわ」

 池田旬一が響子と友梨と妙が座っているテーブルに向かって歩いてきた。

「こちらでよく女子会をされるのですか?」

「こちら川上友梨さんですけど、彼女に紹介されて」

「商品部企画課の川上友梨です。よろしくお願いします」

「僕は清水さんと同じ商品部情報課の池田旬一です。宜しくお願いします」

「あのー私は商品部顧客課の末永妙です。宜しくおねがいします」

「どうも。宜しくおねがいします。三人とも今年入社した新入社員ですよね。オリエンテーションで見かけましたよ」

「それでは響子のことは同じ課だから分かるのは当然ですけれど。私と妙のことは知っていたんですか?」

「すいません。そうですね。三人でよくここに来られるんですか?」

「三人でここで食事をするのは今回で2度目なんです。友梨が発掘者なんです。先日友梨に紹介されて初めてここで食事をして、私も妙も感動して、また来ようって話してて、今日来たんです。池田さんはよくここに来られるのですか?」

「実は初めてなのです。向こうのテーブルにいるのは全員宣伝部情報課の社員です。打ち合わせと夕食を兼ねて集まっているんです。今日はたまに外で食事でもしながら打ち合わせをしようかということになりましてね。たまに気分転換というか。宣伝部情報課の仕事はときたま奇抜な発想というのが必要で、このように外で食事をしながら打ち合わせをすると案外いい考えが出てくるものなのです。それで場所はどこにしようかということになって誰も決定的ないい場所が思いつかなくて。たまたま会社のロビーで三人が話しているのを耳にして。すいません。なんだか盗み聞きしたみたいで」

「いいえ私達が大声で話してたのが悪いんです。つい嬉しく・・・」

「どうしたんですか?」

 響子は突然あの異様な気配を感じた。それは体全体に突然刺してくるような針のような視線だった。振り向いた彼女は、あの見覚えのある容貌が垣間見え、一瞬目と目が合ってしまった感じがした。体全体が凍りつくように固まるのを感じた。一瞬言葉に詰まってしまい、ようやく話すことが出来たことは、これまで経験した異様な気配に関することであった。

 異様な気配に関することを聞いた後、旬一は、間に2テーブル挟んだところに座っている、男性のところまで進んで行った。旬一が彼としばらく話をしているのが見えた。話している声はほとんど聞こえなかったので、響子には話の内容が分からなかった。

 例の男性と話した後、旬一は響子が座っているテーブルのところへ来ることはなかった。旬一はもといた彼と同僚たちとのテーブルに戻り、何もなかったかのように同僚たちと食事をしながら会話を始めた。

 あの異様な気配は全く感じられなくなってしまった。後ろを振り向くとあの男性グループのテーブルにはあの男性は見えなかった。

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