第14話 疑惑(4)魂魄鬼

 お互いの首に手を伸ばし、刃物を握ろうと探す。そんな英輔、真澄、聖良を見下ろして、清治はゲラゲラと笑う。

「ザマア見ろ!」

 穂高と向里は何とかしようとしていたが、体は全く動かない上に、声も出ない。ただ目を逸らす事もできず、焦りだけが募る。

(まずい、まずい、まずい!)

 穂高は横目で向里の様子を窺ったが、向里もどうしようもない様子で、谷口家の狂乱を見ている。

「せっかく疑惑の目にさらされるようにしたのに自殺で片付けられるとはなあ。でも、正真正銘殺し合って殺人者になればいい。うん。俺、頭いいな!」

 清治は楽しそうに笑い、殺し合わせようとするのに精一杯あらがう家族達を見ていた。

 その時、もっと重く、もっと禍々しい空気が葬儀場に満ちた。

「へえ。随分と歪んだ魂だ。たまにはこういうのも、変わっていておもしろいか」

 その声が聞こえた瞬間、抑え込んでいた力が消え、清治は不機嫌な顔付きをした。

「何だ、お、お前は!」

 それは昏く澱んだ何かで、ヒトの根源的な恐怖を揺さぶる何かだった。

 聖良と真澄は失神し、英輔は腰を抜かして座り込んだ。清治は相手が格上だとわかると、小さくなって上目遣いでブルブルと震え出す。

 そんな彼らを見て、取り敢えずは殺し合いがなくなったと穂高は場違いにもホッとした。

 が、向里は様子が違った。それを見開いた目で見つめた後、視線で殺そうとするかのような目で睨みつけた。

 そんな小さい存在には興味がないとでもいうかのように、それは清治に近付いて行く。

「待て!」

 清治に手をのばすソレに、向里が殴りかかろうとし、穂高は目を剥いた。

「へっ!?」

 しかし拳は届く事は無く、誰にも触れられないのに向里は床に抑えつけられていた。

「む、向里さん!?」

「貴様あ!!」

 向里が睨みつけるのをソレは見ていたが、

「どこかで会ったか?

 まあ、いい。先にこいつをコレクションに加えよう」

と言いながら、清治を無造作に掴むと、どこからか取り出した鳥かごのようなものに清治を放り込む。

 清治は喚きながら中で暴れまわり、それをソレは、機嫌良さそうな顔で見ていた。

「たまにはこういうさえずりもいいものだな。

 ああ。思い出した。お前はあの時の」

 ソレが向里に目を向ける。

「兄を返せ!」

 向里がそう叫ぶのに、ソレはうっとりとした顔をし、穂高は背筋がゾッとした。

「ああ。お前の絶望と怒りのさえずりも心地よいな。

 だが、お前は残念ながら死んでない。魂を収集するのは、まだ先だな。ああ、本当に残念だ」

 向里は這いずってソレに近付こうとしていたが、ソレは笑い、

「またな」

と言って消えた。

 その直後、体を抑えつけていた力も悪寒も消え、穂高は座り込み、向里は床を殴りつけた。

「あの野郎!」

 穂高は恐る恐る、向里のそばに近寄って訊く。

「アレは何なんですか」

「……魂魄鬼」

 そう言うと、大きく深呼吸をしていつも通りの顔付きになって立ち上がった。

(魂魄鬼……?)

 手分けして谷口一家を助け起こしながら、アレはまた来るという確信だけは穂高にもあった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る