第13話 疑惑(3)恨み
最近は家族葬が増え、人が集まる葬儀は減っている。なので参列者が少ない事自体は珍しい事ではない。
おかしいのは、遺族が各々、何か緊張している事だった。
「ぎこちないですね、なんか」
穂高はこっそりと向里に言ってみた。
「心配事とか秘密とか、何かあるんだろ」
「え!それって、やっぱり殺人──!?」
「そんな事は言ってないだろ。ドラマじゃないんだぞ、全く」
向里に言われて、穂高は誤魔化し笑いを浮かべた。
一番小さい葬儀場に並べられたイスに座った家族達は、一度も祭壇の棺の中を覗き込もうとはしないで、硬い顔付きで黙りこくり、自分の膝小僧を眺めている。
そんな重苦しい葬儀場の扉のそばにいた向里と穂高は、それを見て緊張した。
棺の中から霊体の清治が起き上がり、家族の方を見たのだ。
その目付きは、あまりいいものではなさそうだ。
それに家族は誰も気付かない。
向里は知らせる気はない。
穂高は、知らせるべきか、放っておくべきか悩んだ。
穂高が悩んでいるうちに、ふと聖良が口を開いた。
「ねえ。お兄を殺したのって、誰?」
誰もがギクリと動きを止め、扉の外で弔問客に備えて立っていた向里と穂高もギョッとしてそちらを見た。聖良は廊下のドアの横に誰かが立っているとは思ってもみなかった。誰も弔問客など来るわけがないと思っていたので、てっきり家族だけだと思っていたのだ。
「何を、聖良」
英輔が驚き、次いで、ハッとしたように真澄を見た。
自分ではなく、娘でも無いなら、犯人は妻だ、そう思ったのである。
しかし同じ事を真澄も考えており、同時にお互いを疑惑の目で見つめ合う事になった。
「母さん?」
「お父さんがまさか?」
同時に言って、狼狽える。
「まさか真澄──いや、責めているんじゃない。そうじゃないんだ」
慌てて英輔が言い、それから何かおかしいと思った。
「違うのか?じゃあ、誰がやったんだ?」
お互いがお互いを見て、自分は違うと首を振る。
そのうちに英輔が言った。
「いや、やめよう。我が子ながら、清治はどうしようもなかった。このままじゃ家族全員が、ダメになっていたのは間違いない。これでいいんだ。清治は自殺。これでいい。そうだろう」
それに真澄は涙目で頷き、聖良も力強く頷いた。
「そうよ。これでいいのよ」
それを見ていた清治は、見る見る目を吊り上げ、怒りの形相に変わって行った。
すると、小さく流れていたBGMが止まって男の呻き声に代わる。清治の声だと、家族達は気付いた。
「え!?何!?」
「清治!?清治の声!?」
「何なんだ!?何か言いたいのか!?」
腰を浮かせ、恐怖に引き攣った顔で部屋中をキョロキョロと見渡す。
清治は立ち上がり、家族達の前まで滑るようにして移動した。
見えている向里は無表情を崩さないが、穂高は完全に怯え、向里の袖口を掴んで、
「清治さん、甦っちゃいましたよ!?どうするんです!?」
と言ったので、全員の目が穂高と向里に向いた。
「……バカが……」
向里は嘆息し、清治は怒りの形相のままにその場に姿を露わにした。
「うわっ!?」
聖良が腰を抜かす。
「それでいい!?いいわけないだろう!」
祭壇がガタガタと揺れ、窓ガラスがピシピシと音を立てる。
「ああああ……!!」
真澄は頭を抱えてうずくまって小さくなり、聖良はそんな真澄のそばにくっつきながら、キッと清治を睨みつけ、英輔は真澄と聖良をかばうように前に立つ。
これがここ数年のいつもの形だった。
「お前らが疑い合って、警察や世間にも疑われて、どこまでも肩身の狭い、辛い思いをするように死んだってのによお!なんだ、これでいい!?ふざけるな!!」
筋が通らない事でも清治は怒り、暴力をふるってきたのだが、死んでもそれは変わらない。
「何だと!?お前というやつは、どこまで家族に迷惑をかければ気が済むんだ!」
英輔がそう言うが、清治に届くことはない。清治は怒り狂うだけだ。
「お前らが殺したんだろう、俺を!仕事を見付けろ!家からたまには出ろ!あいつはどこそこに就職しただの、誰それが結婚しただの!俺をそうやって追い詰めやがって!」
が、ニマリと笑みを浮かべた。
「そうだ。だったら、お互いに殺し合え。それで殺人者となれ」
清治がそう言った瞬間、英輔、真澄、聖良は、体の自由が効かなくなるのを感じた。
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