第30話 元勇者は抜剣す
地面に突き刺さっていたジェニトは俺の叫びに応じ、飛び上がって右手に収まる。
『俺を喚ぶってこたァ、それなりに期待できるもんッてのがあるんだろうなァ』
「えっ!? 剣が――」
驚きで涙の引っ込んだユノをよそに、ジェニトに答えを聞かせる。
コイツがこうなることを予想していたとすると、癪に障るものがあるが、俺が努力以上の力を今この場で手にするには、人智を超えるには――。
「ああ、朗報だ。オマエを使ってやる」
『そりゃあ、勇者になるってことだぜ? オマエがとことん嫌ったアイツになるってこったぜ? いいのか?』
今さら何の確認かと思えば、こちとら腐っても大人。
言い切ったからには二言はない。
「そう言ってるだろ?」
『そうかよ、ああそっかよ! なら、オマエの身体預から――うおっ!?』
ジェニトはその言葉を待っていたましたとばかりに興奮し、俺の手から離れて小躍りしている。
剣とはかくも感情表現豊かな
「――何度も言わせんな。俺はオマエを、使ってやるって言ってんだ」
どこが顔とも知れぬ鞘に収まった剣身に顔を寄せて言い放つ。これにはジェニトも多少驚くものがあったようで、
『……なんておっかねェ顔してやがんだ、当代の勇者様は』
それでもなお俺を見限らずに勇者だと言ってくれるあたり、一途だなと思わなくもない。
思い返せば、コイツは生前も、そして今に至るまで俺のもとを離れず、俺の手元にあり続けていた。
「俺のこと好きすぎだろ……」
腐れ縁なんて言葉ではどうしようもないほど深く刻まれた繋がりを実感して、そんなふうに思ってしまった自分が気恥ずかしくもあって、つい軽口が飛び出てしまう。
『そういうくっせェことよく言えるよなァ? ――とはいえ、だ。俺っちの魔力はどうしたッて人間を蛮勇にさせッちまう。そう作られて、そう出来てるンだもんで……できるだけ耐えろよ』
ある程度は力を抑えてくれるらしい。
生前に味わったあの洗脳に近い向こう見ずな、取って付けたような勇者らしさは、完全に遮断できるものではないようだ。
「当然っ!」
アリス――俺は結局この道に進むらしい。
前回、ジェニトを手に民草を救うと掲げていたヤツは、その力にのぼせていたのだろう。
過信し、慢心し、勘違いを積み重ねた末に、相討ちはおろか魔王にやり込められたのだとすると、ああ随分と恥ずかしいものある。
だから――今度は、俺の在りたい姿ってのを目指してやろう。
おとぎ話に憧れ、中身のない外っ面だけなんてやめだ。
立派な勇者なんて慈善は捨てる。
俺は――ユノの隣に在ろう。
自分のことなんて厭わない死に急ぎ少女の力になろう。
俺はユノの護るものを護りたい。
俺は――。
『――昔はちやほやされたいからってヤリチン勇者もいたんだ。そんなかわいい純情勇者がいてもべつに構やしねェよ!』
からからと笑うジェニト。
三十二歳で純情って……。
青い春はとうの昔に捨て去ったはずで、今頃はアダルティーな蜜月を送っているはずなのだが。
「って……心読むのやめてくんない?」
『魔力通わせてる以上、多少は我慢しろッて。俺に身体くれりゃあ、もっとだぜ?』
これが勇者の持ち物のやることかと思うと、本当に勇者ってなんなのだろうかと疑問に思ってしまう。
先の俺の決断からそう経たずに職業不信とは……、
「先が思いやられるな」
『今ッ更だっての! 覚悟決めろや!』
オマエが言うなとも思うその一喝を受けて、俺は柄を堅く握り込む。
そして――。
『お? おお!? おおおぉぉぉおおおお――ッ』
何やら異常な盛り上がりを見せるジェニトを――抜き放った。
『ここで一悶着あったら面白くねェか? 俺はトーマを認めない的な』
「やってみろ。即行投げ捨ててやる」
『……やんねェよ。軽い勇者ジョークだ、分かれよ――ここ宿題な』
今まで見せていたナマクラ姿ではなく、趣味の悪い成金主義のように金で固められた柄、先が見通せないほどの煌めきを持った光の粒子でできた剣身、それらをもって端から端まで輝く光剣。
あまりに饒舌なジェニトに付き合っていられないとばかりため息を漏らして、
「悪い。――お喋りな剣のせいで時間食った」
「いや、それでユノを救えるなら」
アルバらしい。
どこまで堕ちても、腐ってもユノの前では兄として在りたいのだろう。
『俺っち知ってンぜ、ああいうのシスコンっつうの』
くだらないこと言ってないで、気を引き締めてほしいものだ。
「アルバ、安心して魔王共々、俺にやられろ」
「ああ、心置きなく暴れられそうだ」
……意気揚々と語ってみたものの大した装備はなく、ほとんど着の身着のままといった感じで手には一振りの剣のみ。
対して、余力を残しているであろうアルバの、魔王と同等の硬度を持っているだろう外殻は一度目の人生において、傷一つ付けられなかった。
さて、どうしたものか――。
「――待って。私がやるわ」
睨み合い、悟り合いが続いていたところをユノに制される。
「これは――私と兄さんの問題なの」
「ああ、そうだな」
この二人のすれ違いに、一家の問題に俺が口を挟める立場ではない。
「……とでも言うと思ったのか?」
「――へ?」
「散々オマエは他人のために生きて、散々いろんなもの擦り減らして来たんだろ? これからも擦り減らすんだろ? なら、俺はオマエのために全部擦り減らしてやる。オマエのために勇者やってんだ、オマエの勇者様だ。はいそうですかって指咥えて、胡坐かいて見学してられるかよ。オマエの勇者舐めんな」
「ちょっ、なに勝手に――」
伊達にユノの死に様を見ていない。
二度と繰り返すつもりも、その運命を匂わせるつもりもない。
全力で、断ち切る。
俺の鬼気迫るというか、ここまでやって蚊帳の外は困るという半ば焦った訴えを聞いて呆けているユノは、勢いもたじたじに、立ち尽くす。
とりあえず、血気盛んに突貫なんてことはないみたいで一安心して、俺は再度アルバと対峙する。
「――バッ……もうっ好きにすれば!?」
「……妹を口説かれる兄というのはこんな気持ちなのだな」
『純情にもほどがあらァな……』
敵も味方もこの調子では、言った傍から恥ずかしくなるというもの。
「兄さん! そのふざけた考え! その恰好! 全部ぶん殴って文字通り叩き治してやるわ! あと、口説かれてなんかないわよ!」
ユノさん? その強い否定は、それはそれで傷つくんですよ。
アルバも俺に同情の視線をくれる。
怒りなのか、羞恥なのか――元救世の聖女は何かしらに身を任せて、今まで以上に拳を握り固め、猛突進する。
愚直なほど真っ直ぐに。
駆け引きなしの直進はアルバとの間合いを瞬時に詰めて。
鳩尾に痛烈な一発。
激昂していたとき同様の威力を持ったユノのストレートに、アルバは耐え兼ね、くの字に身体を折ってまたも吹き飛ばされる。
そのまま、かろうじて残っていた別校舎に突っ込み、衝撃によって瓦礫となったそれらがアルバへと降り注いで生き埋めに。
「……やりすぎたかしら」
「自分でやっておいて不安になるな。それに、あれくらいで死ぬなら、魔王の力ってのも底が知れる」
「――その通り、この程度では死なないから魔王参謀なのだ」
のしかかる瓦礫を吹き飛ばし、土煙をその身に引きながら、ユノではなく俺の目の前で広げられた手のひらは意趣返し。
「いつの間に――っ」
接近を捉えることなく、アルバが俺に向かって魔力の塊を至近で買い言葉と共にぶつけてくる。
「うぉっ!?」
咄嗟。それでも――見える。
当たるまいと曲芸のごとくのけ反る。
勢い余って後頭部から倒れる前に右手にあるジェニトを地面に刺して支点を作り、威力も中途半端にアルバの右脇を左足で狩る。
それでも、久しぶりで力加減が分からず、新生魔王を吹き飛ばしてしまった。
……もはやアルバがボールのように思えてくる。
我ながら一瞬の応対にしては……。
勇者としての慢心であの頃には曇っていた心眼がようやく――。
『いやいや、そこァ俺っちのおかげってもんだろ。あと、こんな雑な使い方されたのァ、作られて初めてだってんだ』
「今までユノやマオにおんぶにだっこだったうえに、初陣なわけだからちょっとくらい浮かれても良くない!?」
『それを慢心ってんじゃァねぇのかよ』
「ぐっ……」
ジェニトの魔力に当てられてたせいということにしておこう。
「……小手調べは終わりにしよう」
アルバは飛ばされた距離を、トボトボと飛行魔法で戻ってきた。
妹を護れるかどうか、自分を試金石にしていたところ、少なからずプライドが傷ついたっていう顔をしている。
『俺っちもそォ思うぜ』
「何回吹っ飛ばされたら気が済むのよ! いい加減大人しくタコ殴りにされなさいな!」
聖剣にもユノにも指摘され、すでに兄として、魔王参謀として立つ瀬がない。
「し――ッッ!」
短い呼気と共に、気合一閃。先に繰り出したのはユノだ。
対するアルバは彼女の大味な正拳突きをいなし、組手へと移行する。
一手、二手、三手と手数を重ねていくごとに劣勢になっていくユノ。
時間が長引くほどに地力の差が浮き彫りになっていき、これには元勇者改め現在進行形勇者も傍観を決め込むわけにはいかない。
横から腕の一本くらいは切り落として――。
思考を巡らせてタイミングを計り、ユノとアルバ両者の間を縫って姿勢を低く、そして深く踏み込み、下からアルバの腕めがけて斬り上げ――。
「が――っ!?」
「私がやるって言ったわ。だから、黙って見守って、大人しく私にやらせなさい」
ユノの勇者はご主人から裏拳を一発ちょうだいした。
頬が熱を持って痛み、子ども勇者の乳歯が抜ける……力加減……。
『純情勇者の想いが届くのァまだまだ先のこったなァ? ――ガッ』
ジェニトの余計なひと言を封じるべく、地面にサクッと刺して、俺は乱暴に腰を下ろした。
「もう知らん!」
――とは言いつつ、死なせるつもりは毛頭ないので、常在戦場の姿勢となっていつでも助けられるようにしておく。
『ホンット健気』
この際無視である。
「ふむ――我が同胞は苦戦しておるのか?」
声は真横。
――当代魔王、本家、元祖のご帰還であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます