第27話 元勇者の予感は覆らない

「手は尽くしてみたのですが――やはり、王族に手を出したのがダメだったみたいです……」


 クトリスは力及ばずといった様子で、申し訳無さそうに理由を語った。


「だからって――全員の冒険者資格を剥奪なんて……っ」


 アルバの悔しげな表情から視線を外し、手首に薄っすらと刻印された学徒証明書を見やる。

 入学時に受付嬢から授かったそれは、卒業後に冒険者資格として流用されるもの。

 つまるところ、学校に通っている時点で半冒険者の扱いということだ。

 

 将来を閉ざす――なるほど、継承権第八位が為せる精一杯の嫌がらせらしい。

 

「あなたたち四人は本校を退学、冒険者ギルドへの出入り禁止が、貴族科の総意のもとで決定されてしまいました」

 

 学校の運営権は、実質的には貴族科――その親たちが握っている。

 ここの教官たちだって高待遇、良い生活をさせてもらっているのだろう。

 それでは、反論などできるはずもなく、


「私たち大人が不甲斐ないばっかりに――」


 大人がどれほど偉いのか。

 同所においてそれは、さほど意味をなしていないように感じる。


「アルバ――とりあえずこれ以上、貴族を敵に回すなんてことはないし、首だってつながっている。奴隷にもならずに済んだ。ただちょっとだけ、冒険者として稼ぎづらくなっただけだ」


 アルバの肩に手をかけ、怒りと、それ以上に痛感しているであろう自責を飲み込むよういさめる。


「ま、そうね。お兄ちゃんが殴っていなかったら、私が殴り癒やしていたのだから、どっちにしたってこうなっていたわ!」


「うむ、従僕としての務めを果たしたのだ。褒めて遣わす。そも、わらわに資格などいらぬ。人間ごときが設けた縛りなど、どうして受け入れられよう」

 

「――ああー……まあ、皆こんな感じだ。うん」


 アルバが気に病むほど、全員気にしていないのだと、アルバの肩を叩いて励ます。 

 

 ユノもマオもなんかカッコよくない?

 俺だけ稼ぎが――とか、みみっちいにもほどがあるだろ……。


 大人だからね、不甲斐ないからね、仕方ないね……。

 クトリスの言葉を言い訳にしつつ、心の安寧を保つ元大人。


 三者三様の、それでいてまったく同じ内容の言葉を聞いて、アルバはクトリスから俺たちの方へと振り返り、頭を下げようとして――、


「そうじゃないだろ」


「全然分かってないわね!」


「む? なぜそうなるのだ?」


「――っ。だが……すまない」


 誰一人として心からの謝罪なんて望んではいない。


 それを察したアルバから。


 それでも絞り出されたせめてもの償いの言葉に――。


 俺たちは気にするなと、十分だと頷いてみせた。


 ***


 冒険者学校の退学、資格の剥奪と同時に寮からの退去を命じられ、授業を受けることなく荷造りをして、受付窓口のある冒険者ギルドに着いた今。

 

 男女別の寮制度のためにユノやマオとは現地集合、アルバからも先に行ってくれと言われたため同所にて一番乗りである。


「――あら、トーマじゃない」


 特にやることもなく、手持ち無沙汰に空いた席で足をぶらぶらさせて、それを眺めていたところ、大きな声量とともに肩幅に開かれた細っこい足が視界に入る。


「……ユノか」


「何その、がっかりした感じの声は?」

 

 がっかりしたつもりはないが、きのう勇者云々うんぬんの追及があったばかりに、この二人きりの状況は気まずく感じる。

 

「まあいいわ! まだ皆揃っていないし、話に付き合いなさいよ」


「え……」

 

 てっきりバイオレンスが牙を向くかと思い、身構えていたが不発のようで。

 代わりにユノは言うが早いか、俺の隣に腰掛けて対話を勧めてくる。


「お兄ちゃんとは寮で知り合ったのかしら?」


「なんだよ、急に――」


 恋愛話みたいな切り出し方やめて? 

 そういう趣味ないよ? 

 俺も、不意に想い人を当てられたような反応しちゃったけど、ほんとやめて?


 一方で、俺は勇者の話題を出されなかったことに胸を撫で下ろす。


「私ね、お兄ちゃんを追いかけて、一年遅れでここまで来たんだけどね……。トーマと話してるとすごい生き生きしてるし――なにより笑ったのよ!? すごいことだわ!」


 義理人情には熱い男だと思うが、あれで生き生きしていると言われてもピンとくる場面が思い浮かばないな。

 長い間一緒にいるユノだからこそ分かるものなのだろう。

 

「私と話しているときはあんな顔、全然……。いつもね、いつも優しくて、悲しい目をしてる。だから――ありがとう」


「――はっ」


「ちょっと!? 今のどこに鼻で笑う要素があったのかしら!? 鼻水垂らして涙がちょちょぎれるくらいの話だったと思うのだけれど!?」


「ちょちょぎれるなんてあんま聞かないだろ……」


「この期に及んでまだ茶化してくる!?」

 

 俺の反応に逐一ツッコんでくれるユノを眺めながら思う――。


 まったく――この兄妹はどうしてそれを面と向かって言えないのか不思議でならない。


 アルバもユノも、俺に胸の内を晒してくれるのだからおかしくて、少し嬉しくて。

 これ以上、照れ隠しやらなんやらでニヤけて殴られる前に、俺は話題を変える。

 

「えーっと……アルバって普段どんなヤツなんだ?」


「何、アンタって意外とシャイなのね? それとも外堀から埋めていくタイプ?」


 このお兄ちゃんっから返ってくる言葉は毎度楽しげである。

 しかし、前回ユノが歩んだ道を思えば、今だけは――。

 彼女が楽しく、面白く、退屈せずにいつまでも人並みに在ってくれたら、そう在ってほしいと強く願う。


「馬鹿言うなよ。まだ知り会ってから日が浅いし……」


「そんなの、直接聞けばいいじゃない。トーマって不器用よね? ――ってなによ、その顔」


 え、オマエが言うの? 

 ――口にしかけてやめた言葉が顔に出ていたらしい。


 ユノが俺の口を割ろうと実力行使に出てこないように、


「仲の良い兄妹だからこそ知ってることもあるだろ?」


「え? 仲良く見える?」


「そりゃもう――」


 あれほどの似た者同士もそうそういないだろう、なんて口にすれば今日の朝ごはんをぶちまける羽目になるので、ここはしっかりと心のなかでとどめる。表情筋にも仕事はさせない。


「そっかぁ……」


 噛みしめるように言って、手足をばたつかせながら気恥ずかしさを分散させて、少し顔を曇らせて、


「……時々、とても怖い顔して思いつめているときがあるわ。どうしたのって聞いても腹痛でとか、トマトは嫌いだって言っただろとか、誤魔化されてばっかり」


「――――」

 

 ……トマトは本当に嫌いなのではないだろうか?


 それを抜きにしても妹を案じる兄に、兄を慕う妹。

 理想の兄妹像だが、お互いに内に秘めるものが多すぎてすれ違っている。

 かくも運命とは非情なものかと、いっそのこと、この世の悪いこと全部アリスのせいにしてしまってもいいくらいだ。


「私は聖女になろうってのに、全部ひっくるめて救おうってのに……っっ」


 鈍い音がした。

 固く握りしめた拳でおのひたいを打ち付けていた。


「兄さんを――助けられない。ちゃんと心の底から救ってあげられない……」


 近しいからこそ、なんとなく分かってしまう部分もあるのだろう。

 アルバの抱える闇を薄々感じ取っているのかもしれない。


 しかし、思いの外、感傷的なムードを漂わせてしまっている。これはどうしたものかと、継いで出す二の句を吟味し始めたところ。


「――うおっ!?」


「――なに!?」


 突如、大きな揺れが同所を――否、学園全体、あるいは街全体を襲う。

 それほどに凄まじい地響き。

 すぐに収まったが、それでもあちこちで上がる悲鳴が呼び水となって、パニックが伝播する。地震なんて滅多に起きないし、かくいう俺も、身を守るいかなる体勢も取ること叶わず、椅子から微動だにせずにこれをやり過ごしていた。

 咄嗟の判断とは、経験がないとできないものだと改めて学ぶ。


「――ユノ?」


 隣にいない。


 あの一瞬でどこに。


 慌てて目線が、次いで首が、ユノを探す。


 刹那――。


 背筋が凍る。

 

 聞こえて良いはずのない音が天井から、壁から、四方から。

 

 大きく、冒険者学校というにはあまりにも荘厳な造りをした建物が、俺たちのいるここが。


 逃げる猶予も与えず。


 崩壊した。


 降り注ぎ、倒壊し、迫りくる瓦礫の隙間からこぼれる眩く輝く一条の光を目の端に捉えて、俺は死を――覚悟した。


「――――」


 まだ……。


 まだ…………。


 まだ………………か?


『――よ、久しぶりだな勇者様』


「――あ……?」

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