第21話 元勇者たちのダンジョン攻略Ⅱ
背後から押し寄せる蟻型の魔物――ラージアント。
これだけ、大量の数が浅い階層で出現するのは異常事態だ。
最下層にあるコイツらの卵やらなんやらに手を出すなど、何か気を引けるようなものがない限り――。
「にしても――ッ」
押し出されるようにして、近づいて来たモノから順位足をもいでいく。
「たくさん出ましたね……」
俺の言葉を引き継ぐようにして出たクトリス先生の発言が、淫靡に聞こえていしまうのは俺だけではないはず。
「んー? ……昨日より少し多いかの?」
目の前の光景に対して、やはりどこか反応の違うヤツがいるように思うのも俺だけではないはず。
それにどうもさっきから、俺とクトリスに対してのみ攻撃が飛んできているような気がする……。
というかマオに関しては蟻さんたち全スルーである。眼中にない。
――気を引けるようなもの。注目の的。魔物すら飼い慣らしてしまうような存在。
そんな存在がいるはずが……なんてとぼけることもできず。
――ここに魔王様がいますね……。
どうも魔物に好かれる性質をお持ちのようで、彼女の周りに
なぜ、こうも魔王は人に仇なすような個性をお持ちなのか、オンパレードなのか。思い返すと、俺が以前読み漁ったどの英雄譚の魔王もこのようなものだった。
一人くらい人間に好かれて好かれて好かれ過ぎて参ってしまうような魔王がいてもいいのでは……。
そういうわけだから、当然ユノはこれを死線と表現するはず。
現に猛攻を仕掛けられているのは俺とクトリス教官の二人のみ。
マオを完全に避けている。
「ラージアントの行列……なぜでしょうか?」
魔王がいるからです。
皆々様、魔王からなる凱旋パレードに沸き立っておられます。
先日、魔王様の来訪をお迎えできなかったために、今度こそはと思ってのことだろうが、それにしても盛大すぎやしないだろうか。
もはやクトリス教官は涙目である。
まさかラージアントに泣かされている人を見るとは思いもしなかった。
俺も泣きそう……。
俺が斬っても、クトリス教官が燃やしても、魔王様が――。
「っておい、マオ! 眺めてないでオマエも手伝えよ!」
「――え、よいのか?
魔王に何してんだあの子……。
「――じゃなくて! いいから! 俺が許す!」
なんの理由で止められていたのか委細考えもせず、一切合切の思考を投げ捨てて、堪らず戦闘許可を出す。
そんなことより、二人で保っているこの戦線が崩壊するほうが一大事である。
「よし! 任された!」
これにはマオも張り切って、ガッツポーズをして見せ、迫りくるラージアントの大群が発する音にも負けぬ、ハツラツとした声が発せられる。
――それとともに姿を現したのは、決して狭くないはずの通路を覆って余りある熱量の火球。
というかその広い通路がどんどん広くなって……。
どうやら肥大化していく威力と熱量に削られ、溶けているようだ。
背中熱い! 息苦しい! よりによって、なんで火魔法なんだ!?
「熱っ! なんですかこれ!」
「ストップストップ! いったん中止!」
「なんでだ!?」
「見て分かれ! そんなもん飛ばしたら、俺と先生が焼け死ぬわ!」
「そんな――妾にはこれしかできぬのに……」
必死の訴えに、マオはしょぼんと眉毛を下げてこれに応じる。
火球のしぼみ具合も相まってとても哀愁漂っているが、それにほだされてやっぱりどうぞなんて言っていたら、命がいくつあっても足りないのが実情だ。
俺を虫けら同然に扱っていた頃の魔王は肉弾戦でもブイブイ言わせていたが、やはりまだ未成熟。
しかし、前線を死守する両名が熱さを訴える一方、熱に弱いラージアントたちもまたその場でのたうちまわっている。
意図せず一応の役には立っていたことになる。
ユノから戦闘を止められていた理由が分かった。こんなもん出されたら、俺だって全力で止めにかかる。
――魔王スペックはすでに引き継がれていた。
なんでこの前の貴族連中にそれをお見舞いしなかったのかは分からんが、今それをしてほしくはない。
しかしこれといって打開策もなく、熱波にもがき苦しみ、バタバタと忙しなく足を動かしている同胞を踏み越えて、ラージアントの次軍が――。
「あのぅ、奥に見えるシルエット……なんかおっきくないかしら? しかも、こっちに向かって来てるような……?」
クトリス教官の言う通り、ラージアントがこちらへ詰めかけてくる地響きが、よりいっそう重いものに変わっていた。
一歩一歩が鈍重で、先行していたはずの道中の生徒になど見向きもせず、この階層ではないはるか下の方から、はるばるお越しくださった特別な個体のように思われる。
そしてマオの実態がこの惨事を引き起こしていることを加味すると――。
「あれは……クイーンアントのお出ましかと」
極めて冷静に、クトリス教官へ答えを投げかける。
ダンジョンの
あまりに手厚い歓待に、人間サイドはもはや血の気が引く思いだ。
心はすでに泣いているが、喚き散らしても埒が明かないことを元大人の俺と現大人のクトリスは知っている。
「そうよねえ……」
こちらも簡素な相槌で済ませてくるあたり、クトリス教官も肝っ玉が据わっている。伊達に学園の野郎共の男根を管理していない。
目前の敵を片付けるのに忙しいというのもあるかもしれないが……。
なんだかんだ言って逃げ出さずに、俺たちの面倒を見てくれている、その面倒見の良さに魅力を感じるように思う。
是非に俺の息子の面倒も見てもらいたいと、この期に及んで考えてしまうあたり、元勇者の死が近いのではないだろうか。
種の保存的なサムシングをひしひしと感じる。
死屍累々、堅実に虫共の屍を積み上げてきたが、量産するほどに奥で牛歩している固体との距離が縮まっていくので気が気でない。
逃げようにも退路が確保できない。
順当に奥から来る分にはまだしも、もはや壁から地面からとぼこぼこ湧いてくるため、もはや全方位戦闘。
敵の図体がデカいため、多対一になっていないのがせめてもの救いだろうか。
「くっ――」
同所において、先に息切れを起こすのは俺たちの方であることは分かり切っていた。
すでに言葉は失われ、荒い息遣いと敵の打ち鳴らすアギト、死にゆく断末魔だけが――。
「えいっ! やー! とおっ!」
……あれはもう頭数に入らない。
先の魔法が使い物にならないと判明してから、マオはラージアントにも劣る非力さを誇っている。
あの分なら殺されることもなさそうなので、隙あらば
そんな甘えと妥協を持ち出すほどに、握っている剣より先に消耗していく心身。
それはクトリス教官も同様のようで、疲労は十二分に顔に出ている。
今にも倒れ込みそうな体から魔法を絞り出しているのは、大人としての責任感からだろうか。
気を使われている、守られている子どもの身体が憎たらしくて仕方がない。
――いっそ一人死ねば……。
この期に及んでジェニトを抜くつもりのない俺が死ねば、クトリス教官も諦められるのではないだろうか。
他人より自命を優先するのではないだろうか。
なぜ、勇者になっていない、ジェニトを持っていない人間に、勇者と同じ試練を課してくるのか。
非力な俺に剣を抜かせるためだから、それが俺の運命だからというのなら、クトリス教官やマオを死に追いやってもいいというのか。
死ぬ運命にない人間を殺すのが俺の運命だというのならもう……。
『まァたそのパターンかよ。もう手ァ貸さねえっかんな』
もとより死ぬ気。
それで構わないとジェニトに告げる。
ついでに、いつかの借りを返せずにすまないとも付け足しておく。
「俺が殿を――」
「私が囮になります。ですから、事が静まったら骨くらいは拾ってくださいね」
俺の言葉を奪って――。
また庇われて。
おめおめと生き延びて。
何を果たすでもなく、無為に散らしてしまうこんな命より先に、クトリスが――。
「――死んだ目をするにはまだ早いわよ!」
その声はラージアントが湧いて出た穴から――。
声の主はラージアントの群れを追い立てるように捻じ伏せながら、その破裂音と衝撃を伴ってこちらにやってくる。
猛スピードで、この物量をものともせず――。
そしてあっという間に、眼前の敵が頭蓋を
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