第19話 元勇者のルームメイトは?
マオのごっこ遊びに付き合った帰路。
そこまで遠くはないはずだが、敷地が広大なだけにそこそこ歩きはする。
――生前も一年間は大人しくここに在籍し、寮生活をしていたはずだが二人で一部屋だったはず。
いったい誰と同室だったろうか。
生前はあまり社交的ではなかったのか、少しの手がかりも思い出せない。
いや、ここで俺は思い直す。
そもそも、生前の記憶をもとに行動を組み立てることにどれほどの意味があるのかと。
すでにあの頃とは大きく異なる点がいくつも出てきている。
その大きな変更点がさらに新たな変更点を作る。
聖剣が喋ることを知り、ユノと予想外の再会を果たし、極めつけはあの
これ以上、場当たり的な対応をしていては、いったいどんな展開が待っているのか想像するに恐ろしい。
とりあえずの方針としてはマオの純真無垢な性格を歪ませないよう努力すること。
あれが本当に魔王なのか、英雄譚に出てくる悪役にただあこがれを抱いただけのいたいけな少女なのかは、今は知る
「ここか」
――俺の部屋。
二人一組であてがわれた部屋に対して、独占するような物言いは不適切か。
そんなどうでもいい訂正を心のなかで入れながら、いざ入室。
「ん? おお、さっき魔王様の横にいた……トーマだったか?」
「あ、アルバ……さん?」
ここにきて同居人は魔王の下僕たる参謀殿、その人が床に腰を下ろしてくつろいでいた。
ここまで、ユノにしろマオにしろ――生前の記憶と合致する人物とばかり知り合いになっているだけに、この人が一番計り兼ねる存在だ。
「確かに、俺はキミよりひとつ上の学年だが、さん付けはやめてくれ。呼び捨て、あるいは魔王参謀でもいいし、ついでに言っておくとタメ口で構わない」
「は、はあ……」
魔王参謀と呼ぶ場合は、敬語のほうが推奨されるべきなのではと思わなくもない。
たしかに、三十二才が十三才に敬語というのは俺の本意ではない。
伊達に勇者としての立派な使命感で身を着飾って、不遜な態度で接していない。
伊達にもてはやされ、天狗になどなっていない。
「さっきは巻き込んですまなかったな。俺がアイツを殴り飛ばすはずが、キミにその役目を負わせてしまった」
「いや、そんなことは……。俺が勝手に飛び出して、勝手にやったことだから、アルバが気にすることじゃない」
そうは言っても、アルバの気が紛れる様子はない。
あの場をややこしくした元を辿れば、マオが空気を読まずに、魔王ごっこに興じたのが原因なのだ。
あれがなければ俺はただの傍観者に過ぎなかったわけで……。
本当にアルバが気にする必要はない。
しかし、今やアルバはあの遊びに俺以上に真剣な身。
ここでマオが――魔王が悪いなどと言えば、角が立つかもしれない。
子どもの純粋さや実直さが、ワケの分からないところで発揮されることはユノとマオの喧嘩で知ったこと。
「なんでアルバは――」
「まあ、座れよ。無駄に広い部屋の中で、いつまでも扉の前に立って話す必要はどこにもない。ここはキミの部屋でもあるのだから」
そう言って、俺に座るよう促す。
今日は心身ともに疲れることが多かったため、俺はこの申し出を素直に受け取り、アルバの対面に座った。
整った顔立ちと、成長速度の差が見て取れる座高の高さが俺を見下ろす。
俺だってあと一年すれば……。
将来性を胸に、自制心を保っておく。
「あれは――」
顔を突き合わせて座ると同時、アルバが話し始める。
「あれは、ごっこ遊びなんかではなく、本当に魔王なんじゃないか?」
前のめりに、こちらに詰め寄るような形で語られた内容は――。
「――は!?」
聞き逃したつもりなどなくても、聞き返したくなるようなものだった。
突然、背中から刺された形というか、思いもよらぬ伏兵というか、ちょっと物好きな一般人その一みたいな立ち位置だと思っていたのだが――。
こうなっては、途端にアルバという人物に対して抱いていた疑念が強まり、その声音が、口調が、色を持って、
「そう睨むものじゃない。それではまるで、キミも知っていたかのような反応じゃないか」
あれを見ていたずら好きのおてんば娘という結論に至らないのだから、きっと人に化けた高位の魔族とか――。
「確かに最初は半信半疑だった。もしかしたら、くらいのな。だけど、キミより先に帰っていた途中で妹――ユノとすれ違ってね」
「――――」
またしてもアルバという人物が浮き彫りになる。
しかしそれは、俺の今と生前を足してもまったく想像もできないつながり。
俺の驚愕をよそに、アルバは話を続ける。
「ユノから今日、友達――マオちゃんと喧嘩したんだと聞かされて、確信に至った。キミも同席していたのだろう? なら、分かるはずだ。ユノは魔王に異様なほど執着している。あれを前にして強情を貫き通せるなんてよっぽどだ。それに加えて俺が実際に会って得た知見」
アルバから聞かされた話はほとんど俺の頭に入っていないと思う。
だって、妹って。
ユノって……。
「俺には魔王に加担し、為さねばならない使命がある。誓いがある」
勇者時分は会うことすらなかったが、よくよく見れば銀髪に銀眼。
ユノとの共通点としてはそれくらいだが、俺の置かれた状況も加味すれば決して見逃していいものでもなかった。
マオだって、最初は見た目と口調で魔王なのではないかと疑っていたのだ。
誰に対しても、どんな些細な手がかりも見逃すべきではなかった。
「キミがどういうつもりで彼女といるのかは知らないが、今後もあれの隣にいようとするのであれば、少し俺の――俺とユノの昔の話をしよう」
聞いてくれ――俺を見る視線を外すことなく、そう訴えてくる。
ここで、知らぬ存ぜぬを通して、遠ざからろうとしても、そう遠くない先に必ずそのツケが回ってくる。
聞いておくほうが懸命だと判断し、アルバに頷いてみせた。
「俺とユノは早くに父さんを亡くし、母さんに女手一つで育ててもらった。もちろん裕福な家庭ではなかったが、自分が恵まれていないと、そう感じることは一切なかった――」
そう語る顔に笑顔はない。険しさだけが顔に張り付いている。
「だが、ある日。母さんに魔王軍の加担者だなどという謂れのない罪が被されたのだ。村で薬師として生計を立てていた母さんは、人のためにいつも最善を尽くしていた、ときには無銭で困窮し、病に苦しむ者に治療を施していることさえあった」
そう語る表情は、母親を誇らしいと思っているようなものではなかった。
「だというのに! 領主が死に、その後釜となった馬鹿な息子主導のもと法外な値段で薬を売りつけるために、表向きでは人類に仇為すものとして! 裏では領主に対する反逆罪として――!」
憎悪の膨れ上がった怒声は、その後残された兄妹の過酷な運命をも想像させるに容易く、自分より大きな存在に振り回されることで味わう気持ちには共感できるものがあった。
「――絞首刑だ。おおよそ、人のために尽くした者がしていい死に方ではない。処刑場で鳥に啄まれ、野犬に手足を食いちぎられた無残な姿を柵越しに見ることしかできなかった」
そのことをユノは知っているのだろうか。
いや、一回目の人生で、ユノが聖女として俺に付いて来てくれたとき、そのような話はついぞ聞かなかった。
アルバは隠し通したのだろう。
隠し通して、ユノの優しい瞳を曇らせないままに墓場まで持って行ったのだろう。
「貴族連中を、傍観し、目を逸らした平民どもをどうやって同じ目に遭わせてやろうか――ずっと、ずっとずっとずっとずっと考えていた!」
しかし、今回は違う。
アルバは死ぬことなく――あるいは死ぬのがまだ先の未来なのか。
復讐の業火にその身を燃やしている。
「……ユノが生まれてすぐに父さんは死に、母さんまで――。だがユノはあの人の娘だ。よく似ているよ。お人好しだ。あまりに人が良すぎる。人のために生きてるよ、アイツは。他人のために――」
やはりユノは真実を知らない。
しかし、あのユノが疑問や違和感を放っておくはずがない。
アルバは黙っていることができず、ユノに嘘を教えたのだ。
魔王こそが悪だと――そう説いて自らの復讐に加担させないよう、ユノの憎悪が向く方向を魔王に変えたのではないか。
結果、生前同様ユノは魔王と対峙するルートへと――死へと向かっている。
この状況を看過してはいけないなんて馬鹿でも分かることだ。
「ユノは他人を救えるなら自分のことなんてお構いなしだ。だけど……そのお人好しは十中八九敵に回る。オマエはユノを……殺すつもりなのか?」
実の妹と敵対したとき、いったいどうするのか。
そこまで考えているのかとアルバに問いかける。
「――馬鹿を言うな……ただ一人の肉親だ。俺に憤死しろと?」
先ほどとは打って変わって、静かに、表面上冷静にそう投げかけられる。
妹を大切に思う
「じゃあ、どうする。ユノも魔王軍なんてマオの遊びに付き合わせるのか?」
この問いに対してアルバは鼻で笑いながら、首を振る。
「あれだけ魔王を恨んでいるんだ。オマエの言う通り、間違いなく敵として立ちはだかるだろう。そうなれば――」
魔王に殺されることになると続くはずの言葉は口にせず、
「……だが、ユノだけは逃がす。絶対に殺させはしない――!」
語調を強めてそう断言するアルバには、何かしらの策があるように思える。
「失敗は――ない」
続けて断言される言葉には、アルバの強い意志と自信にみなぎっていた。
その委細は知れないが、
「アルバ、オマエに万が一がないのは分かったよ。しつこいようだが、ユノは必ず敵に回る。オマエはユノを殺さなくても、ユノは……」
「分かっている。そのときは――こちらにも……相応の覚悟がある」
ああ、何の迷いもない。
魔王はともかく――アルバは絶対に妹を殺さない。
ならばそれが決行されたときに、ユノのそばにいて説得できるようにしていたほうがいいのではないだろうか。
アルバを信じるのであれば、俺が勇者になる必要も、ユノが死ぬこともない数少ない道筋だ。
当然、ユノは絶対に望まないだろう。
兄を助けると喚くか、困っている人を助けようと拳を構えるか。
だが、俺がユノのそれを汲み取り、味方をしようにも思い起こされるのは――。
――あの死に様。
――俺はユノが死ぬことを望まない。
「さて、夕食の時間だ。例にもれず、ここの食堂は広い。俺は先に行くが、慌ててくる必要はない。気の悪い話をして済まなかったな。だが――」
だが、なんだ?
分かってほしいとでも言いたかったのだろうか。
――分かるはずがない。
同じ境遇のなかで、かたや魔王を憎み、かたや人間を憎む。
俺にとってはどちらも似たようなものだ。
どちらの行き着く先も一緒。
死ぬのは――。
死を見るのは――。
とても恐ろしく、とても悲しいものなのだから。
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