第17話 元勇者は頼られる

 マオ……魔王からの下知を受け、空き教室を後にして広大な敷地内をうろうろと。校舎が林のように伸びており、散歩するには十分である。

 ――そう、魔王軍のスカウトなどそっちのけで、俺は悠々と学校見学である。


 別棟も見て回ろうと外に出ると――、


「――この辺りは俺の……じゃなかった。俺たちのものだって知ってんのか!?」


「そうだそうだ!」


 この傍若無人な口調と態度は例に漏れずお貴族様だ。

 ……魔王は対象外とする。

 角を曲がる前に気づけて良かった。


「ちっ――オマエらみたいなゴミ屑がいるから……っ」


「――っ!? コイツ、どうやら自分の立場を分かっていないらしいな? どうしてくれようか」


「くれようかー!」


 野次馬根性で覗いてみると、ひょろっひょろの体格をしたビン底メガネの出っ歯なお貴族様と合いの手代わりにオウム返しをするデブが、侮辱発言をした庶等科の生徒らしき人物の襟首を掴んで壁に押し付けていた。


 銀髪、銀眼で整った顔立ちをしており、細身ではあるが、絡んでいる貴族二人よりしっかり鍛えてある身体に加えて上背もある。

 この学校は二年制だ。おそらく上級生だろう。


 相手が貴族科でなければ、同年代などコンプレックスを刺激され、敗北感に塗れてあのように喧嘩を売るなんてできないだろう。

 この学校は二年制だ。おそらく上級生だろう。

 

 同所に一年間身を置いているなら分かりそうなものだが、貴族に向かって口応えとは愚策、愚の骨頂。

 庶民の反論ほどお貴族様の気を逆撫でるものはない。

 しかも、ゴミ屑ときた。

 ……彼には悪いが、今回は社会勉強ということで、世の中の理不尽について学んでもらおう。

 さて、元来た道を引きかえ――。


「うむ、人間をゴミ屑と呼ぶその心意気や良し! 妾はオマエを気に入ったぞ! ――オマエを魔王参謀に迎えよう!」


 ……ついさっきまで聞いていた声が、曲がり角の先から。


「いや、俺はそういう意味で言ったのでは……」


 突然マオのごっこ遊び……否、魔王軍本部への勧誘を受ければ、当然このような反応になるに決まっている。

 しかし、これから私刑に処そうとしていた貴族二人からすれば横槍を入れられたも同然――、

 

「何だコイツ? ――マントは貴族しか羽織れない決まりだぞ!」


「そうだそうだ!」

 

 完全にヘイトが上級生からマオへと移行する。


「無論、断るはずもなかろう?」


 槍玉に挙げられてしまった当の本人はなんのその。

 どうやら我が主君は二人目の魔王参謀を擁立しようというらしい。

 本部が立ち上がって半刻も経たないうちに内部分裂を起こしそうな人事である。軍の頭脳が二人なんて事あるごとに折衝が起きること必至だろう。

 

 ――政略と軍略で住み分けるしかないだろうか……と今後の魔王軍における身の振り方について一考。


「ん? すかうと、とやらをやるにはちと騒がしいな。そこの二人、散れ」


 羽虫でも払うかのような素振りを見せる魔王様。

 さすが、分を弁えるどころか、超越せし存在だ。まったく臆していない。

 一方、軽くあしらわれた彼らが引き下がることなどあるはずもなく、お顔が真っ赤である。頭に全血液が集中していそうな有様だ。


「俺はオマーン侯爵家の六男だぞ! オマエより年上だぞ!」


「そうだそうだ!」


 侯爵がどんなものかは知らないが、継承順位が遠すぎて、威張っているようで威張れていないというおカワイイことになっておられる。


 年齢だって同所のカリキュラムを考えれば一才違いでしかないだろう。

 俺から見れば、皆半分以下、なんのアドバンテージにもなり得ていない。

 あと、横にいる金髪癖毛のデブ、さっきから同調しかしていない。取り巻き一つとっても残念なオマーン家の六男である。


「貴族と対等に、あまつさえ指図するなど到底看過できない! 躾が必要だ!」


「そうだそうだ!」


「うるさい! オマエも四男とはいえ、仮にもペニースキー男爵家の名を背負う者なら、俺を手伝え!」


「そうだそうだ!」


「――――」

 

 伊達にオマーン侯爵家六男の取り巻きをしていないペニースキー男爵家四男。

 

 ま、この程度であれば、いくら幼生とはいえ魔王様が苦戦することもないだろう。

 俺は当初の通り、この場を後にし――。


「――トーマあああぁぁぁ! 助けてえええぇぇぇぇ!」


「ええっ!?」


 随分と大きなお声で助けを求めますは――現我が上司である魔王様にございます。

 これを受けて、先ほどまで胸ぐらを掴まれていた少年も驚愕を隠せない。

 意気揚々と悪漢の前に姿を現し、それらの機嫌を逆撫でておいて出てくる言葉とはおおよそ思えなかったのだろう。

 

 だが少年、安心すると良い――俺も同じ気持ちだ。

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