第16話 元勇者、部活始めるってよⅡ

 冒険者学校と貴族科に在籍する生徒――またその親とはズブズブの関係にある。

 冒険者ギルドも併設されている当学校はなぜ、ああもエントランスが立派でだだっ広く、なぜこんなにも使用目的のあてがわれていない空き教室が多数存在し、校舎が何棟も乱立しているのか。

 

 ――それはひとえにお貴族様の見栄っ張りによるものだ。

 

 たとえそれが、勢力争いに絡めぬほど遠縁の末子であろうと。

 たとえそれが、爵位を継がせるに値しないほどの愚息であっても。

 通わせている冒険者学校がみすぼらしいなど論外。


 俺のようなどことも知れぬ村出身のヤツと同じ学び舎で、同じ席で、同じ授業を、同じ扱いで受けるなどお家面子も丸潰れである。

 

 そう考えた貴族連中がこぞって冒険者学校に文句を垂れ、寄付金とは名ばかりの賄賂を押し付け、しがらみだらけの関係が築かれた慣れの果てが俺のいる場所である。

 改築、増築はこともあろうに貴族科に留まらず、庶等科しょとうかにまで及んでいる。

 まさに、あぶく銭の使い道ここに極まれりだ。

 

「うむ! ここを我が魔王軍の本部としよう」


 そういった成り立ちの同所にて、マオは一番広い空き教室に目をつけ、俺を引っ張り入室。

 長年使われていないせいで机や椅子、あらゆる備品にホコリが被っていた。


「んしょっと――くちゅん……ん、しょっ!」


 ――そのホコリだらけの教卓に登るかわいい魔王様の図。


「うわっ……」 


 思いのほか高かったのか、マオはゆっくり立ち上がって足場の安全を知るやいなや、こちらにまたも無い胸を張って、睥睨する。


「じゃあ、妾が魔王な。で、オマエがー」


「今、じゃあって言った? まさかのおまま――」


「妾の話を遮るでない! それでも妾に仕える魔王軍参謀か!」


「ひぅ!?」


 ビクリと背筋を震わせる元大人、精神年齢三十路過ぎ。

 突然の叱責に、思わず死を経験した元勇者独特の鳴き声が飛び出てしまう。


 伊達に仲間を殺されていないし、四肢をもがれてもいない。


 しかも元勇者はここにきて村人、庶民としての短い命を散らし、魔王軍参謀へとジョブチェンジである。

 何という左遷だろうか。

 それとも勇者になっていないのだから栄転と言うべきか?

 もし、運命人事部なるものがあるとしたら今一度扱いを見直していただきたい。

 

 だって俺――何も悪いことなんてしていないよね?


「まずは仲間を集めるぞ! 妾と一緒にこの学校で破壊の限りを尽くすために、ソナタも参謀として駒がおらぬと色々と動き辛かろう。あとこれを貴公に渡しておこう、魔王軍として活動する際は常にこれを身に着けておくように」


「ありがたきお言葉」


 ――とりあえず俺は当代魔王候補とのロールプレイに勤しむことにした。


 決してビビったわけではない。

 片膝をつき、こうべを垂れ、参謀役のそれらしい言葉をのたまってなどしてみる。

 ……本当に断じてこの魔王っ娘にビビったわけではない。

 

 うやうやしく頂いたのは表が黒で裏地が紫の風呂敷……じゃなくてたぶんマントだろう。

 この年になってマントを羽織る……この仕打ちはなかなかに厳しいものがある。

  ――俺の人生は一生向かい風なのか。


 挙句の果て、このちんちくりん魔王は本校にて破壊の限りを尽くしたいとのこと。

 すでに魔王らしい立派な破壊衝動が備わっているという時点で、おっかなびっくりというもの。

 生前すでに一度、勇者を完封し、世界滅亡を完遂させているだけのことはある。

 

 ゆえに唱えられた願望に対して――大言壮語も甚だしいなんて口が裂けても言えないのだ。


「――では、散れ!」


「え、帰っていいの?」


「お主は大馬鹿か! 魔王軍の新たな臣下にふさわしい者を探して、寮の門限より前に……じゃなくって!えっと……そだ! 再び日没までに戻ってくるのだ!」


 表現を変えただけで、魔王様は結局門限を守るおつもりだ。

 なんと真面目で良い子なのだ……守りたい、この純粋さ。


「はっ! 失礼しました!」

 

 帰宅命令ではなく、プレイ続行である。

 とりあえず馬鹿呼ばわりされてしまったのでなりきり参謀の一環として直立し、敬礼などしてみる。 

 これには彼女も満足げに頷き、教卓を飛び降りて……。

 反動で足を痺れさせ、涙目ながらもかろうじて保った笑みとともにマントを翻し――、


 「――ゆくぞ!」


 ……格好良くまとまっているようで、実のところ情けないからね?

 

 それにしても、俺の人称が『ソナタ』とか『貴公』とか『お主』だとか、一つも定まっていない様子は、俺に子供っぽさを感じさせてくれる。


 ――どこを取っても魔王様はかわいいな。

 

 もはや、親の目線に親しい何かを抱きつつ、俺とマオは同所を後にするのだった。

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