第11話 元勇者の初登校Ⅱ

 どうやらあの気弱なクトリスの話を聞いていたのは俺……とあまり見ない黒髪が印象的な幼女の二人だったらしい。

 

 ところどころ、寝癖を無理やり押さえつけた感じの毛の跳ね具合がかわいらしい方向に転じているショートの黒髪。活発なのか、低血圧なのか、ただだらしないだけなのか、判別しかねる。


 先に演習場に着いた者同士で何を話すでもなく、演習場数分の待ちぼうけののち、ぞろぞろと他の悪ガキ共も集まり出した。最後方で怒鳴り散らしている強面こわもての筋肉ダルマを見るに、どうやら我らがクトリス姫は囲いその一であろう彼を差し向け、今に至ると読めた。放牧であれば、主と犬と俺たち羊の構図。


 主であるクトリスは強面に褒美として手なんか握ってしまって、胸に押し当てたりなんかしちゃって、ビッチ疑惑急浮上の予感である。

 おそらく全職員がクトリスの手中というか、穴の中である。

 俺も混ぜてほしいものだ。

 だって、そろそろ俺の大人だった部分が、下腹部が使い物になる大きさに近づきつつある。

 だってそろそろ上下運動に興味が湧いてくる時分である。


 しかし、同年代女子がまったくその域にない。胸はなく、クビレはなく、尻もない。平らで、平坦、ぺったんこ。

 俺の好みとしては、行き後れを好きになるくらいでちょうどいい。


「時間だ。これより、戦闘訓練を行う。各自、二人組を作れ。できた者からダンジョンに入り、一階層を制覇してもらう。距離は大したことないが、魔物は随時どこからともなく出現する。これを撃破しつつ、二階層へと渡る入り口に着いた者から、本授業を終了。余った時間は自由行動とする。遊ぶなり、腹を満たすなり、好きにするといい。」


 聞かんぼうたちを一所ひとところに集め、ダンジョンへ入れと男が命じる。

 一層なんて浅瀬とはいえ、ダンジョンに対してまったくの無知な状態で、同所に入れ、奥に進めとは無謀にもほどがある。

 しかし、周囲のガキどもは俄然やる気のご様子。

 これまた剣を振り回すなどして、やる気をアピール。

 話し合いができない以上、意思疎通が取れない。そんな動物諸君を前にして、元勇者は鼻で笑うしかない。


 ――これは要するに、大人のやり口というやつだ。


 おおよそ、無知のまま上層にいる下級の魔物と対峙させて、痛い目を見てもらおうということだろう。高い鼻はへし折り、出る杭は打っていくのがこの学校の教育方針なのだ。

 この自由奔放さが目立つ集団に対してであれば、最初の内は必要な処置だろう。


 しかし、今回ばかりは勝手が違うぞ、教官諸君。

 元勇者、元大人が相手だ。

 キミたちの方針を看破し、誤算に導く。これほどに、楽しいことが今までにあっただろうか。こちとら伊達に大人していないし、世界の命運を背負ってもいない。


「どうしたの? もしかして、お友達に声をかけられなかったのかしら?」


「……」


 しまった、完全にタイミングを逃した。


 クトリス教官の憐憫めいた眼差しが非常に、的確に元大人の精神を抉りに来る。

 さきほど、動物諸君などと馬鹿にしていた者たちにできていることが俺にできず、遅れを取っているという事実。すでに総勢五十名ばかりいた大所帯が、わずか十名ばかり……というか残り十一名となっていた。

 

 こんなときこそ、あのバイオレンス少女が誘い文句と一緒にラリアットをカマしてくるのではないのか!?

 辺りを見回し、彼女を探してみれば――、


「一人なら私と組みましょっ!」


「良いのか!?」


「もちろん!」


 などと、猫かぶりも大概にしろと言わんばかりにコミュ力を発揮し、先ほどの黒髪ショートと組んでしまっていた。

 しかし、これは絶好の機会である。

 元勇者で元大人の特技は屁理屈を述べることだ。


「……奇数です」


「ん?」


「二人組を作れと言われた時点で、気付いていましたが、僕たちは奇数人数で、必ずどこかで一人余ってしまうこととなります。いずれ来る悲しい結末を、僕が代わりに背負うことで、ええ、そうですね。他の方々が登校初日から気落ちせずにいられるなら、それに越したことはないと切に思います」


 などと取り繕ってみたが、クトリス教官の反応は芳しくない。唖然としていらっしゃる。それはもう小さなお口あんぐりと。

 その小回りの利きそうな長めの舌でいったい何本のオチンチンをしゃぶってきたのですか、とはまさか聞けるはずもなく、漂う空気は依然、子供が屁理屈を長々とそれも気丈に、理路整然とこねる寒々しい絵面である。


「そ、そうですね。ええ、こちらの気が利きませんで?」

 

 クトリス教官は盛大に疑問符を浮かべながら、とんちんかんに謝罪などして見せるから、第三者から見たら、それはもう同所以上に疑問が湧いてくるだろう。


「つきましては、大変申し訳ありませんが、憐れな僕に同伴してダンジョン攻略を共にしていただけると、助かるのですが……」


「え……っとそれは……」


「だめでしょうか?」


 子供らしく小首を傾げてみる。


「ふふっ、それはわざとらしすぎると思います。――けど、他に方法もありませんし、パーティへの勧誘、受けさせてもらいますね」


 暫定ビッチなクトリス教官をもってそう言わせるとは……。俺の愛くるしさはどうやらここまでのようだ。

 立ち居振る舞いが親元を離れてから数日、だいぶ大人の俺というやつを取り戻してきた。まだ体格には幼さが残っている。

 母親譲りの吊り上がった目つきの悪さと、父親譲りのくすんだ金とも言えぬ、それでいてあえて言うなら金というどっちつかずの髪色。背丈こそ齢十二ともなれば、母親を始め大半の女性より少し高いか同じぐらいの背丈。ナニは完全に父親譲りの背丈に似合わぬ一門の砲。

 おおよそ子供の範疇を脱し切れておらず、コミカルに映ること必至だろうが、あまり装いすぎて、元々の自分を失ってしまっては何とも言えない。


「手は繋ぎますか?」


「どこに片手を塞ぐなどという縛りを設けて、初めてのダンジョンに潜ろうとする死にたがりがいるというのですか? 別に俺を試さなくてもいいですよ。ダンジョンに関しては先に潜った皆よりかは一日の長がありますので」


「あら? さっきと些か口調が違いますが、何か心変わりでも?」


「ご指摘の通り、子供っぽい仕草が似合わないみたいで、こちらの方がしっくりきます」


「なるほど、あなたはもう大人であると。そういうことなら、私もあなたに対しては少し態度を改めさせていただきますね」


「ご自由に」


 などと軽口を叩きながら、学校の敷地内にあるダンジョンの入口へと足を運んでいく。

 クトリス教官のおろおろとした態度が演技だったのは、とても残念に思う元勇者であった。

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