終章

 再び目を覚ますと、青空の下にいた。


 自分の身に起こったことを察して、ゆっくりと立ち上がる。足で立って歩く感覚はとっくに忘れていたので、側から見ればきっと初めて歩く赤ちゃんとそう変わりないだろう。外に出るなんて何年ぶりのことだろうか。頬をなでる風がひたすらくすぐったいし、眼前に広がる鮮やかな景色がやたらと目にしみる。


「目って、こんなに見えるんだっけ」


 目線を落とせば、足元を覆う草の輪郭まではっきりと見える。ひさしぶりに視覚を取り戻すと、情報の多さに頭が痛くなるらしい。ときどき眉間を揉みながら、ぎこちなく歩みを進める。


 目指すべきところは分かっていた。探している人はここにいるということもはっきりと。でもこの青い草原はあまりにも広すぎて、いつになったらたどり着くのか見当もつかない。


「ねえ、君」


 足元から不意に呼びかけられ、思わず飛び退く。いつのまにか傍に彼女が座っていたのだ。彼女は風に流れる髪を押さえながら、ぼくに目を合わせると歯を見せて笑った。少し肉付きのよくなった身体、血色を取り戻した頬に、つややかな黒髪。見違えるようだった。


 それなのに、相変わらず前歯は欠けたままだ。どうして? 驚きで固まったぼくを見て、彼女はコロコロと笑い声を上げる。


「どうしたの?」


「……えっと、歯は治らなかったのか?」


「だって、その方が君が見つけやすいかと思って」


「え? いや、治っててもわかるって……まあいいけど」


 意外な答えに苦笑いを返して、その小さな手を取った。爪先はいつかぼくが褒めた時と同じ桜色に染まっている。彼女は軽やかに立ち上がり、白いスカートの裾を揺らした。


 吹き上がった風に乗るように地を蹴ると、身体が羽根のように宙に舞った。もう、ぼくたちはどこにだって行けるのだ。


「どこに行く?」


「どこでも。今度は、時間はたっぷりありそうだし」


「そうだね。じゃあ」


 まずは天高く輝く光の向こう側を目指すことにして、さらに空を上っていく。ふたりで手を繋いで、ときどき歌を歌いながら。


(終)

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雨の日に、出逢えた君と 霖しのぐ @nagame_shinogu

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