第10話 うさぎ

 友人の敏明(としあき)は大げさに手を合わせて見せた。

「頼む! これっきり、これっきりだから!」

 敏明は、遊園地で着ぐるみのバイトをしている。

 次の日曜日は彼女の誕生日だとかで、バイトを代わってほしいと言うのだ。

「いやいや、だって俺はお前の遊園地とは無関係だぞ! 同僚に代わってもらえよ」

「誰もつごうつかないんだよ。大丈夫だって、ばれないって! 全身着ぐるみ着ちまうんだから」


 結局押し切られる感じで、俺は友人の頼みを引き受けることになった。

 俺は敏明の服をバッグに入れ、客として遊園地に行き、目立たないところでウサギ姿の奴と合流した。そして敏明のウサギを脱がし、今度は逆に着せてもらう。

「すまん、恩に着るよ」

 Tシャツと、薄手の半ズボン姿の敏明は、俺の持ってきた服を着ると、急いでとっととどこかへ行ってしまった。

 これでバイト終わりにまた奴と入れ替わるまで、俺はウサギさん姿で遊園地をうろつくハメになる。

 それにしても視界が狭い。それになんとなく臭い。そういえば、友人が中で屁したら最悪だって言ってたっけ。金のためとはいえ、よくこんな格好をしていられるものだ。

「おい、こんなところにいたのか」

 急に後ろから遊園地のスタッフに声をかけられ、俺はドキッとした。

「ほら、風船プレゼントの時間だぞ、こっちこい」

 おろおろしているうちに俺は広場に連れてこられて、大量のヘリウム風船を手渡される。

 ウサギに気付いた子供達が歓声をあげて突進してくる。

(ひ、ひいい)

 心の中で悲鳴をあげているうちに、俺は子供に囲まれてしまった。

 あちこちつかまれ、突っつかれ、時には叩かれて、俺はなんとか友人の代わりをやり終えた。


 数日後、敏明は捕まった。白昼、コンビニ強盗をはたらき、店員を刺したのだ。

「店員は亡くなりました」

 警察の口調はひどく事務的だった。

「そんな……だって敏明は彼女に会いに行くって……」

「遊園地のバイトに出ていたというアリバイがあったため、逮捕が遅れてしまいました。結局、監視カメラや目撃証言から逮捕に至りましたが」

 膝ががくがくと震えた。じゃあ、俺は知らないとはいえ、強盗の、強盗殺人の片棒を担がされていたのか。

「我々は、あなたがアリバイ作りに協力して、分け前をもらう約束をしていた事も視野にいれています。とにかく、詳しい話を署で……」

 警察の声が、俺の耳にうつろに響いていた。

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