戸棚の中の骨

三塚章

第1話 小鳥箱

 あっしの話を聞いてくれるんですかい? あっしはこう見えてもモトはかんざしの職人でしてね。自慢じゃねえが、大店(おおだな)と取引があったくれえの腕は持っていたよ。それがなんでこんな事になったのかって? 道端で倒れてた僧を助けたのが運の尽き。その僧がお礼にくれたのがこの箱よ。今になって考えてみりゃ、礼なんて口実で、奴はなんでもいいからその箱を手放したかったんじゃないかねえ。

 その木箱は古い紐で結んであって、一見高級な茶碗でもはいっているのかと思いやしたよ。でも、中にへえっているのはそんな当たり前のもんじゃねえ。鵺(ぬえ)だか人魚だかの魂が入っているとかで、時折箱から「ぴい、よよよ……」って何とも言えない鳴き声が聞こえてくるんでさ。小鳥箱っていってね。そのさえずりの美しさたるや! うぐいすの声や太夫の嬌声もあの美しさにくらべればガマや牛の悲鳴に聞こえるってもんさ。もっとも、いくらそこそこの職人ったって、実際に吉原に行く金なんざありませんでしたがね。

 鳴く箱なんて物を持って帰ってきたんですからねえ。そりゃあ長屋がにぎやかになりましたよ。近所の奴らが皆集まってきましてね。そこであっしはひらめいた。見世物小屋でもやりゃあ、もうかるんじゃないかってね。音が漏れないようにふとんをかぶせてね。金を払ってくれた者だけに、その布団に首を突っ込ませて音を聞かせるっていう手法でさあ。それが結構な大評判になってね。あんたも噂ぐらい小耳に挟んだことはないですかね。毎日押すな押すなの大盛況。だいぶ稼がせてもらいましたよ。

 そうやって浮かれていたのが悪かったんでしょうかねえ。一人娘の咲がかどわかされたんでさ。おそらく、昼は人に囲まれて、夜は枕元に置かれる箱を盗むより、毎日遊んで歩いてる娘をさらうほうが簡単だと思ったんでしょうな。投げ込まれた文には、『箱と引き換えに娘を帰す』とありました。

 ええ、ええ、もちろん無視をしましたよ。娘よりあの箱の方が大事ですから。え? 血の繋がった娘に酷い仕打ちだと? あんたはあの小鳥箱の鳴き声を聞いたことがないからそんな事をいうんですよ。あの天上の鳥もかくやというあの声……

 けれど、かかあはそれが気にいらなかったんでしょうねえ。手紙の事なんて放っておけと言ったあっしに歯向かいましてね。そのままとっくみあいになりまして。気が付いたら例の箱を倒してしまったんですよ。紐が緩んでいたんでしょうねえ。いきなり箱の中から黒い影のような物が飛び出していきやして。ああ、中に入っていた魂が抜け出てしまったんだ、もう二度と箱は泣かないのだ、とわかりやした。もうカッと来ましてね。包丁をもってかかあに斬りかかりましたよ。


 後ろを通る者に背を押され、又司(またじ)は聞き入っていた話から我に返った。周りの喧騒が耳に戻ってくる。

 細い道に沿って渡された縄に、ちょうちんが吊るされぼんやり光っていた。その朧(おぼろ)な光の下で、商品を台に並べただけの夜市が開かれていた。公然の秘密として開かれるこの市に並ぶ商品は、いわくや不吉な故(ゆえ)のない物はないという。

「お客さん、買うの? 買わないの?」

 目の前に座る、やさぐれた感じの女店主がそういって長いキセルを吹かした。

 中古の硯や、細いヒビが角に入った手鏡の間に置かれた木の箱は、まだしゃべり続けていた。

『……しかし、向こうも必死でしてねえ。もみ合ううちに、あっしの方がぐっさり……そして気がついたらこんな目に遭ってたってわけでさあ。きっと、あの鳥だけでなく、あの箱も妖しい道具だったんでしょうねえ……生き物の魂を吸い取るような。どうです、お客さん。あっしを買いませんか。あの鳥みたいにきれいに歌えやしませんが、ヒマな時の話し相手にはなりますぜ。お客さん、お客さん……』

(魂を閉じ込めえる箱か。嘘かホントか、気味が悪い事だ)

 又司は興味をなくし、その店から離れていった。

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