第十九章  カラオケ大会

宴会場にテーブルと椅子が並べられ、ぎっしり人が座っている。

テーブルには料理と、各種とりどりの酒やジュースが用意されている。

 

前の方のテーブルは一課と二課に分かれ、後ろの方は三課と四課の者が殆ど出席している。

予想外の反響で参加人数が増え、急きょ宴会場を借りて、いつもいっている近くのカラオケボックスの店から機材と料理を出前してもらったのだ。


一課と二課の慰労会も兼ねているので、会社からの補助金と相沢常務のポケットマネーでまかなう予定であったが、人数が増えたので、それ以外の人は僅かではあるが会費をとることにした。

ざわめく会場の前に簡単なステージが作られていて、三十才前後の男がマイクを握って挨拶をしている。


「えー、私は今日司会を務めさせていただく

三課の山田さとしと申します。


本日は、一課と二課の慰労会を兼ねた

カラオケ大会ではありますが三課、四課も

これに負けず来年はきっと良い成績をあげるべく、

自費参加させていただく所存です」


「いいぞー」と口笛やヤジがとんでくる。 


「それではエレガンス田坂VS青井タコ焼き店の

カラオケ勝負・・・・の前に、

相沢常務に乾杯の音頭をとっていただきましょう」


拍手の巻き起こる中、白髪かかった初老の男がグラスを持ったままマイクを握った。


「えー、本日は一課と二課の慰労カラオケ大会という事だったのですが、

三課と四課の諸君も自費で参加していただき大へんうれしく、

そして頼もしく思います。来年は営業部全体で大々的に

催したいと思いますので宜しくお願いいたします。

それではカンパーイ・・・」


グラスが合わされる音があちらこちらでおき、拍手が巻き起こった。


「えー、それではさっそくトップバッターに

登場していただきましょう」


司会の山田が言うと、照明がしぼられ、ステージの前だけを明るくした。

大画面のモニターにカラオケの映像が写し出され、まず一課の新人が登場した。


「一課のトップは新人の斎藤君です。

曲はワンズの時の扉・・・です」


拍手の中いきなり曲が始まり、最初はあがってしまい音を外していたが、やがて調子を取り戻して乗っていった。

聴衆も手拍子でリズムをとって盛り上げていく。


歓声と拍手の中、笑いをともなって会は進んでいく。

みんなこの日の為に練習したのか意外とうまく、会は盛り上がっていった。

 

喧騒の中、ひとみは不安そうに青井を見つめている。

青井は苦虫をかみ潰したような顔で、グラスをかたむけている。


向こうのテーブルでは、優子と田坂が仲睦まじく楽しそうにしている。

こちらとは大きな違いである。


ひとみは又、ため息をついた。

だが、山中を中心として二課も盛り上がっている。


高橋が「兄弟船」を豪快に唄うと、場内もいつものもったいぶった男に似合わぬイメージに、やんやの喝采を送った。

山中はシャ乱Qの「シングルベッド」をせつせつと唄い上げる。


司会の山田が中休みとして、しゃべっている。


「いやいや、中々皆さんお上手で・・。

どちらも甲乙つけがたいですねぇ・・・。

ここでひとつ、インタビューをしてみましょう」


そう言うとワイヤレスマイクを握り、会場内を歩き出した。


「まずは相沢常務、いかがですか。

今までのところではどちらが勝っていますか?」


「いやいや本当に甲乙つけがたいね・・・。

でも、高橋君の兄弟船は意外なイメージで中々良かったね」


拍手と歓声が二課のテーブルでおこった。

司会の山田がニコニコして、二課のテーブルの所に近づいてきて高橋に向かって言った。


その高橋は酒がまわっているのか、それとも自分の番が終わってホッとしているのか、上機嫌で山田が来るのを待っている。


「いやー、高橋君、中々評判がいいですねー。

同期の僕としては非常にうれしいですよ。

一つ、質問していいですかぁ・・・?」


高橋は鼻の穴をふくらませて答えた。

 

「ええ、何でも聞いて下さい」

練習の苦労話でも聞かされるのかと一同少しひいていたが、山田がとぼけた口調で言った。

 

「この、髪の毛は・・・本物ですかぁ?」

会場はドッとうけて、爆笑の渦にのまれた。

 

高橋は初めキョトンとしていたが、山田が髪の毛を触ると顔を真っ赤にしながら、その手を払いのけて言った。


「ほ、本物だよ。

失礼な・・・まったく」

 

山田は逃げるようにしてテーブルを離れると、ステージに戻って言った。


「いやいや、確かに本物でした。

ごめんね、高橋君。

でも、君の女性ファンの方々が気にしていてね。

一度、聞いてほしいって言われてたもので・・・。


さあ、盛り上がったところで後半戦にいってみましょうか。

いよいよあと二組ずつ。

まずは一課、堀江優子さんで曲は華原朋美の「アイム・プラウド」です」


拍手の巻き起こる中、優子がマイクを持ってステージに上がった。

モニターにカラオケ画面が写し出され、一同シーンとして聞いている。


ピアノのシンプルな演奏で、優子が高いきれいな声で歌いあげていく。

さすがに今はそうではないが、一時期大ヒットした曲で、街のいたる所で耳にしたものである。


歌詞の内容が自分の田坂への恋心とぴったり重なるのか、せつない表情で時折田坂の方に顔を向けせつせつと唄っている。

やがてサビになり、軽快なビートに合わせ会場も盛り上がってくる。


相沢常務でさえも、足で軽くリズムをとっている。


(優子・・・幸せそう。

いいなあ、本当に、この歌がピッタリなんだもん)


ひとみは、寂しげな目で青井を見つめた。

青井は目が合うと、今日初めて微笑んで優しくささやいた。


「そんなに心配すな。

ちゃんと今日は唄うさかい。

安心せい・・・」


青井の言葉にやっと元気を取り戻したひとみは、拍手と歓声の中ステージを下りる優子からマイクをもらうと、ゆっくりおじぎをしてイントロを待った。


「次に登場は二課のマドンナ、早川ひとみさんです。

青井課長と繰り広げられるバトルは

もはや営業部の名物であります。

数々の伝説をつくりあげた彼女が唄うのは「天城越え」です。

拍手―・・・」


又もや拍手と歓声の中、ゆったりとイントロが始まった。

やがて幼い容姿とはうらはらの、低く張りのある声で唄い始めた。


手を取り合って男と逃げる女の心境を、しぼり出すように唄っている。

禁断の恋を、定めをやぶってまで貫く女の気持ちを、情感たっぷりにやや目を潤ませながら唄いあげた。


時折、目が合う青井に何かを語りかけるように、優子には感じられた。

青井はひとみを見つめながら、心に迫ってくる得体の知れない想いを切なく感じていた。


自分の娘といってもおかしくない程の年下の可愛い小悪魔から送られてくる信号に、戸惑いながらも妙にくすぐったく浸っていくのだった。

最後のサビに目を閉じながら思いきり大きな声で唄いあげると、場内から割れんばかりの拍手がおこり、ひとみは深々と頭を下げた。


そしてテーブルに戻ってくると、興奮覚めやらぬ様子でレモンハイを一口飲んだ。

「フーッ」と大きくため息をついて、ニッコリと青井の顔を見つめた。


青井も微笑んで、ひとみを見つめている。


「いよいよ、課長の番ですね。

何を唄うんですか・・・?」


遠慮がちに、ひとみが聞いた。


「まー、それは始まってからのお楽しみや。

それより、笑うなよ・・・」


何か言おうとしたが、拍手と歓声にとめられて顔をステージに向けた。

田坂がマイクを握って唄い出していた。


曲は谷村新二と加山雄三の合作「サライ」であった。


故郷を飛び出して都会で成長していく若者の心境をつづった曲は、さわやかな出だしで始まり、サビの部分が桜吹雪を連想させ人々の心にしみ込んでいった。


会場の人々はしみじみと田坂の歌を聞きながら、自分の故郷を思い浮かべ感動していた。

 

(この曲は、いい曲だし、

サビが長いから、じーんとしちゃうのよね。


まずいなあ・・・。


青井課長は何、唄うのかしら。

やっぱり一緒に練習しておけばよかったわ・・・)


ひとみの心配よそ、に青井は平然と立ち上がり田坂からマイクを受け取ると、ステージにあがった。


「さあ、いよいよこれで最後の曲です・・・。

トリをつとめるのはもちろんこの人、

二課の豪傑、青井課長です。

唄うは・・・」


青井の曲の番号のメモを渡され、リモコンで入力すると山田は言った。


「唄は・・・『帰郷』です」

モニターにヨーロッパの田園風景らしきものが写し出され、タイトルが出ると同時にイントロが始まった。

会場内全員が、好奇心いっぱいの目で青井を見つめている。


噂では大の音痴で『六甲おろし』と『メダカの学校』しか唄わないという。 

相沢常務も一度だけ接待の席に同席した事があり、今時、珍しく調子はずれに『メダカの学校』を唄っていた青井を思い出していた。


ただクライアント達には大うけで、みんな腹をかかえて笑っていた。


その男が、この二十年前にフランスで大ヒットしたシャンソンの難しい曲をどう唄うのか興味津々で待っていた。


「帰郷ですって、いつの歌かしら?」 

優子が田坂に聞くと、小声で答えた。


「二十年前に流行ったシャンソンさ。

シッ・・・始まるよ」


おもむろに青井が唄い出すと、しーんとしていた会場内の一同は驚きの表情に変わった。

低く重量感のある、それでいて張りのある甘い声で、青井は唄い始めた。


※※※※※※※※※※※※※※※

 

待たせたね、何年ぶりだろうか。

ふくよかだった指が、こんなに細くなって。


夕暮れの風が、君の髪をもてあそぶように、優しく撫であげるよ。

ああ、いい香りがする。


こっちをお向き。

可愛いひとみを見せておくれ。


待ちくたびれて涙ではらした君。


朝日が差し込むように。

君の心の扉をこじ開けて。


口づけさせておくれ。

ああ、そう・・・君の味がする。


振り向いて肩をおとす君を残して。

僕は旅立った。


そうする事が二人にとって幸せだと。

勝手に思い込んでね。

バカな男さ。


届かぬ愛は仕舞い込んでいても。

消える事無く。

僕の心をしめつけた。


もしも、君がまだ待っていてくれるのなら。


僕は帰ろう。

ふるさとへ。


※※※※※※※※※※※※※※※

 

両手を固く握り締めて、ひとみは青井の歌を聞いていた。


心の中に、青井の声が溶け込んでいく。

髪が逆立つようにジーンと心がしびれ、涙があふれ出てくる。


会場内の誰もが口をきくこともなく、呆然と青井の唄に聞き入っている。

うまいなんてものでは、なかった。


プロの声である。


最近はみんなカラオケがうまくなって素人でも、そこそこ聞ける程の人はいっぱいいるが、声の張り、声量とも群を抜いていた。

間の取り方、甘い声に、優子も目に涙をにじませて聞いている。


ただ、田坂だけは微笑みながら聞いていた。 

曲は後半に入り、静かに青井は歌いだした。

 

※※※※※※※※※※※※※※※


待たせたね、やっと君に会えたよ。

何度か帰ろうと思ったけど、恐かったんだ。

  

春の日差しに包まれるように。

君が誰かの胸にいたらと。


バカな僕を笑っておくれ、美しい女(ヒト)よ。

こっちをお向き、ひとみをそらさないで。


やっと笑ってくれたね。

白い歯をこぼして。


夏の太陽(ヒ)のまぶしさで、君の心を溶かしてみせる。


抱きしめさせておくれ。

ああ、愛しい君よ。


立ち止まり、踏み出せない愛を捨てて。

僕は旅立った。


でも、もう二度と君を離しはしない。

やっと気がついたんだ。


待ち疲れて眠る君の頬に。

僕の愛で口づけしよう。


もしも、君がまだ、待っていてくれるなら。


僕は帰ろう。

ふるさとへ。


※※※※※※※※※※※※※※※


青井は唄いながら、ひとみの目を見つめていた。

ひとみも涙を流しながらも、青井を見つめる目をそらさないでいる。


二人以外はこの世に存在せず、時間が止まったかのように闇が二人を包んでいる。


ひとみは、何度も心の中で繰り返し叫んでいた。

あなたが好きです、と・・・。


青井がサビの部分を唄いだす。

自分の心を伝えるかのように。


※※※※※※※※※※※※※※※

 

立ち止まり、踏み出せない愛を捨てて。

僕は旅立った。


でも、もう二度と君を離しはしない。

やっと、気がついたんだ。


待ち疲れて眠る君の頬に。

僕の愛で口づけしよう。


もしも君が、まだ待っていてくれるなら。


僕は帰ろう。

ふるさとへ。


※※※※※※※※※※※※※※※


青井が唄い終わり、曲がとまっても会場内はシーンと静まり返ったままでいた。 

そして一斉に拍手が巻き起こったかと思うと、大歓声に包まれていった。


ひとみは両手に顔を埋め、泣きじゃくっている。

会場内の女性のほとんどはハンカチをぬらし、常務でさえも目頭を熱くしていた。


青井が席に帰ってくると二課のテーブルは大歓声で迎え、誰彼となく握手を求めた。

青井は大きく息をつくと、ウイスキーの水割りを飲み干した。


「フーッ、うまい・・・・。

あー、久しぶりにウトたなー。

どやった・・・?」


ひとみは泣きはらした目を一瞬、青井に向けたが又、両手に包んでしまった。

ステージでは、司会の山田が興奮気味でまくしたてている。


「いやー、すごかったですねぇ。

私、感動しちゃいました・・・。


もろ、プロでんがな、青井課長。

ズルイぞ、このー・・・。


相沢常務、ご感想と判定を・・・」


相沢がニコニコしてステージにあがり、マイクを握って言った。


「いやいや、私も騙されましたよ。

青井君がこんなに歌がうまいとは・・・。


勝負の方は二課の勝ち!

と言いたいところですが、みなさん一生懸命やっていただいたので、

ここは引き分けというところですかね?」


場内はちょっと不服そうであったが、やがて拍手の渦が巻き起こった。

どの顔も満足そうな表情であった。


「では盛り上がったところで、

おひらきと、させ・・・」


山田の言葉が終わらぬうちに、いつの間にかモニターには映像が写し出され、イントロが流れてきた。


「では、ここで私が最後にしめさせていただきたいと思います。

まず・・・・『津軽海峡冬景色』から・・・」


相沢常務が小指を立ててマイクを握り、唄い始めた。

山田がずっこけるように倒れると、場内大爆笑であった。


男達がささやき合っている。


「おい、まずは・・・ときたよ。

こりゃ、長いぞー・・・。

常務、マイク握ったら離さないからなあー」


一同あきらめたのか、開き直るように料理や酒に手を伸ばしている。

ひとみは、すっくと立ち上がると一言、青井の耳元でささやいて出ていった。


「うそつき・・・」


青井は呆然と見送っていたが、我に返ると追いかけるようにして会場をあとにした。

ステージでは山田がとりなすのも聞かず、すでに2曲目に入っていた。


山田もやけになって、ビールをあおっている。

常務の歌と喧騒に、場内は包まれていった。


二人のいなくなった事に、誰も気がついていない。

優子と田坂を除いては。


カラオケ大会は大盛況のうちに幕を閉じようとしていた。

ひとみと青井は、どこに行ったのであろうか。


ひとみの恋は、どうなるのであろうか。

帰るふるさとは・・・あるのだろうか。


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