第4話 メイドから逃げますわよ!

 メイドアリシアとの出会いから既に数日が立ち、俺は日々忙しい毎日を送っていた。


 何が忙しいって?


 そりゃあ……、


「見つけましたよ、坊ちゃま」


「うげぇ、もうバレた!」


 逃亡劇を。


 だって、怖いんだもん!


 アリシアの教育が!


『授業中にいたずらしないように』(眉間に付けつけられる黒い物体拳銃の図)


『何度言えば分かるのですか? 一定数の点数を貰わなければ課題追加、と言いましたよね? ……という事ですので、追加の課題です』(どしんっ、と鳴る課題の山の図)


『また背中が曲がっています』(思いっきり背中を叩かれる図)


『好き嫌いしないでください。ほら口を開けてください……開けろ』(苦手な野菜を捻りこむ図)


 こんな感じで僅かでも間違えると、手が出てくるアリシア。


 そんな英才教育スパルタ教育に俺はもう耐えられない。


 いや、こう見えても? 俺? この家の当主の息子なんだけど?


 とかそんな事を思って、アリシアに仕返し悪戯をしたことだってある。


『仕事中に戯れはおやめください』(山となった洗濯籠を片手にアイアンクローの図)


『ギャアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――――――――――――――――――――――!』


 だけど、無意味だったんだ。


 片手で虫を払うかのように、俺の悪戯なんてあしらわれる。


 それで、俺は学習した。



 イタズラ、ダメ、ゼッタイ。



 この記憶を胸に刻み、俺は新たに対策を練ることにした。


 その結果が、【逃亡】だ。


 立ち向かう事が出来ないと言うのなら、逃げるという選択肢も立派な戦術の一つである。


 だから、アリシアの授業時間になると俺は事前に準備した逃げ道を使って逃げ続けた。


 当然、適当な理由をつけてさぼったこともある。

 だけど……、




 ――屋敷 屋根の上


『ここにいましたか』


『げぇ、アリシア⁉』


『もう授業のお時間です。お部屋に戻りますよ』


『い、いやだ! もうあんな地獄には戻りたくなんだ!』(ダッ!)


『逃がしません』(シュッ)


『うわぁぁ⁉』




 結局、逃げを選択した俺だったが、意味があったとは思えない。


 サボるとアリシアにどこであろうとも、俺を見つけ、素早い足取りで俺のことを追いかけてくる。


 屋根裏、中庭、タンスの中……挙句の果てにはメイドたちの部屋にだって隠れた事がある。


 何より一番怖かったのは、僕は全力で走っているのに歩いているアリシアから一向に逃れられない、あの感覚。


 あれが蜃気楼、と言うものだったのかもしれない。



 だけど、俺も何度も捕まるほど馬鹿じゃない。


 今日こそは捕まらないと心に決め、隠れる場所に向かう。


「さすがに、ここならバレないでしょ」


 そうして、俺の隠れた場所は屋敷の近くにある森。


 親父達からは一人では立ち入ってはいけない、と散々言われた場所であるけど、昔からこの森に入っているし、親父達の言う怖い事は一度たりとも起きた事は無い。


「さぁて、どうしようかなぁ」


 隠れるには最適な場所の森だけど、逆に俺自身が迷う可能性もある。


「あっちとか、行ったことないからなぁ……探索がてら隠れよ」


 辺りに広がる黒い森。


 右を見ても左を見ても、豊富な隠れ場所が点在している。


 だが豊富な隠れ場所があると、どこに隠れるか考えてしまう。


「にしても、本当に広いなぁ」


 物心ついた頃から何度も通っているけれど、何度見ても大きな森だなと思ってしまう。


 もう目の前が真っ暗だ。


 目の前が何も見えないと一歩踏み出すのにも、慎重になってしまう。


 けど、俺にはとっては、こんな暗い森程度で怖いと言えるほど、柔いものを見てきているつもりはない。


「ん?」


 ふと何かを感じる。


 僅かに感じられた気配に辺りを静かに見渡してみるけど、何もいない。


 というか、何も見えない。


 けど、微かに気配を感じた。


 これもアリシアの追いかっけこ命がけの鬼ごっこの成果だろうか。


「……ま、いいか」


 例え、気配があろうともアリシアの場合だったら、容赦なく襲い掛かってくるだろうし、ここは別に放置していても大丈夫か。


 がさっ、がさがさっ、


 だが気配は強くなる。


 僅かな気配は徐々に大きくなっていき、その感覚から何かが近づいているように感じる。


 気のせいなら良いのだが、そう簡単にはいかないようだ。


「だれ?」


 もしかして、モンスター?


 そう考えた瞬間、背筋に冷や汗が流れる。


「……」


 何も答えない返答に、息は徐々に静かになる。


 だがそれに反比例するように、心臓の鼓動が強くなる。



 グルルルル……、



「ブラック……ベア……⁉」

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