空からの刺客

 キリちゃすは、刺客を殺して周る。


 鼻歌を歌いながら、犯行に及ぶ。同じようなシーンが、彼氏が好きだった映画のシーンにあるのだ。女性に乱暴する場面だったので、見るに絶えなかったが。


「お許しを、魔王」


 警備兵が、銃を構える。彼らの何割かは、魔王の元・味方だった。『弥生の月』の手により、無理やり従わされているのだ。


『謝罪はいい。解放してやろう。キリちゃす、手を彼らにかざすのだ』


 キリちゃすが、警備兵たちに触れる。


 光の粒となって、警備たちが消えていった。


 女や子どもまで拘束されていたのを見て、キリちゃすに怒りが湧く。


「片付いた?」

『全員帰らせた。後は敵だけだ』


 ならば容赦しない。


 ローラーブレード状のチェーンソーは、楽だ。蹴っていれば、いくらでも死屍累々の山を築き上げた。


 それでもなお、刺客たちは襲ってくる。正直、面倒くさい。


「退屈じゃない?」

『スラッシャーにとって、殺人は食事に近い。日常の一部だ』


 魔王が言うには、飽きるとかいう次元ではないという。必要だから殺していると。


「チェーンソー以外に武器はない? 蹴るのは楽ちんだけど、飽きてきちゃった」

『女型のスラッシャーと言えば、釘バットだな』

「おっけ。探す」

『見つけておいた』


 倉庫を漁った際に、勝手に入手していたらしい。釘バットがある別荘とか、所有者のお里が知れるというもの。


 肩に釘バットを担ぎ、キリちゃすは退魔師たちを殺しに向かう。


 大抵の相手が、黒いスーツに拳銃を所持している。


 敵の手首を釘バットで打ち武器を奪い、キリちゃすは頭部を殴って粉砕した。


「ほとんどが、銃使いだね?」


 銃弾をバットで弾きながら、キリちゃすは魔王に聞く。


『もっともポピュラーだからな。殺傷力も高い』


 銃刀法で没収されるリスクもあるが、ダメージ量には代えられないと。


 壁をチェーンソーのシューズで駆け抜け、キリちゃすはバットを退魔師へ見舞う。


 銃を奪って、撃ってみる。一発撃つだけで、相手はあっけなく絶命した。


 しかし、すぐに球切れとなる。ゾンビゲームのように、連発はムリらしい。


「魔王の能力に、無限弾薬機能などがあればいいのに」

『そんな都合のよい機能はないぞ。ただ、敵を見つけることはできる』


 屋上にある展望台に、狙撃手を見つけた。キリちゃすに、照準を合わせている。


 キリちゃすは、銃を相手に投げつけてみた。


 それだけで、狙撃手の首が折れて転落していく。こちらのほうが、効率いいかもしれない。


「あっけなかったね」


 展望台の天井に乗って、キリちゃすは辺りを見回した。酒は飲めないので、メロンソーダを片手に持っている。


 深夜を回った頃、ようやく別荘はおとなしくなった。


 窓や壁には、人間の肉片が飛び散っている。


 しかし、これだけやっても標的である天鐘テンショウは見当たらなかった。今ごろ逃げおおせて、遠くへ行ってしまっているだろう。


『うむ。他愛もなかったな』

「何人くらい死んだ?」

『八七人ほどだ。うち、雇われた退魔師は六一人ほど』


 結構な数を殺したと思う。


「じゃあさ……アレも敵?」


 キリちゃすは、窓の向こうを指差す。


 迷彩色のヘリコプターが、別荘に迫っているのが見えた。


「ヘリコプターにしては、形が違うね」


 知っているものより、ゴツゴツしている。角ばっていてシャープで、男子が好きそうなデザインだ。また、ミサイルポッドのようなものまであった。


『あれは、ガンシップだ』


 地上を攻撃するためのヘリらしい。武装は見たところ、ミニガンと……。


『ミサイルが来たぞ!』

「やっば!」


 白煙を上げて、小型ミサイルが飛来してくる。


 キリちゃすは、屋上から飛び降りた。


 屋上にミサイルが直撃する。キリちゃすのいた場所が大爆発を起こし、一瞬だけ真昼の光を放った。


 さらに、ガンシップはもう一発ミサイルを発射する。


 今度は、別荘を木っ端微塵にした。


「映画かっての!」


 さすがのキリちゃすも、あんなものを食らったらひとたまりもない。チェーンソー型ローラーブレードを展開して逃げた。


 ミサイルを撃ち切った後、ガンシップは方向転換をする。さらにキリちゃすへ、狙いを定めた。


 側面のドアが開き、現れたのはガトリングガンである。


「自衛隊って書いてるね」


 ガトリングの攻撃を、キリちゃすはローラブレードで避け続けた。


『おそらく弥生の月には、自衛隊員もいるのだろう』


 その隊員が、勝手に持ち出したようだ。


 国民の税金を何に使っているのか。


「マジ見境ないね」

『弥生の月が、許可を出しているらしいな』

「わかるの?」

『ヘリは一台だけだ。違反者がいるのに、咎める相手が誰も来ていない』


 たしかに、こんなだいそれたことをしておいて、止めに入る隊員やマスコミのたぐいが見当たらなかった。


『それだけ、弥生の月の影響力は大きいのかもしれん』

「お金だけはあるっぽいもんね」


 キリちゃすは、そばにあった死体から拳銃を掴む。ガンシップへ向けて撃ってみた。


 だが、拳銃の弾は虚空をかすめるだけ。


「当たらない!」

『届くわけがなかろう』

「乗ってるやつに当たるかも知れないじゃん」


 そう考えて、キリちゃすはスナイパーライフルを手に取った。ガトリングの砲手を狙う。


「誰もいない!」


 スコープの向こう側には、誰も乗っていなかった。


『ガンシップのパイロットが、装備を全部動かしているのか』


 ガトリングの弾が、キリちゃすのローラーブレードに直撃する。


 移動手段を壊されて、キリちゃすは地面を転げ回った。


「なにか打つ手はない?」


 口に入った砂を吐きながら、キリちゃすは服についた泥を払う。引きちぎれるほどの穴が足に空いたが、そっちは人間を食うことで回復した。


『ある。蔦を使ってみよ』


 キリちゃすは魔王のアドバイス通り、蔦のある方まで走っていく。


「こう?」


 蔦を掴みながら、キリちゃすは念じてみた。


 ガンシップは、もう一発のミサイルを装填している。


 坊主がやったときより数倍、蔦が大きく膨れ上がった。キリちゃすのエネルギーを吸っているのであろう。


「なにこれ?」

『殺した相手を食うことで、私は相手の技を使えるのだ』


 極太の蔦が、ガンシップに迫る。


 何が起きるのかわかっているのか、ガンシップは攻撃をやめて回避に専念し始めた。


 だが、そうそう逃げられるはずもない。


 とうとう蔦は、ガンシップを捕らえた。羽根に絡みつく。


 コントロールを失い、ガンシップは墜落しそうになる。


 だが、しぶとい。蔦を切断しようと、ガンシップはガトリングガンを乱射した。


「しつこい!」


 蔦を槍状にして。コクピットを貫く。


 パイロットの死を感じ取った。蔦が、死体を食っている。


 コックピットが無人になった瞬間、ヘリが崖の下に墜落していく。攻撃ヘリは墜落するものだ、とピは生前語っていた。キリちゃすが本物を見るのは、初めてである。


『敵影、なし。すべて殲滅したな。追跡してくるものもいない』


 しかし、別荘もなくなってしまった。ここで夜を明かす予定だったのに。もうすぐ夜が明けてしまう。朝になれば、魔王の力も半減する。朝は移動に使って、戦闘はなるべく避けるか。


 ひとまず移動しないと……。


「手を上げろ!」


 若い刑事が、銀色の銃を構えてこちらに近づいてきた。警察手帳をかざしている。『O府警オカルト課 課長 青嶋アオシマ 薫流カオル警部』と書かれていた。


「誰もいなかったんじゃ、なかったっけ?」

『力を使いすぎて、索敵能力が死んでいるようだ』


 隣には、スタイルのいい銀髪の女性が横に並んでいる。彼女からも、ただならぬ気配を感じた。


『あの女は……っ!』

「知り合い?」

『昔、少々な』

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