追跡

 H県警にとんぼ返りして、パトカーを待つ。


 福本フクモトが、覆面パトで拾ってくれるらしい。


 しばらくすると、黒い電動自動車がH県警前に停まる。


青嶋アオシマ先輩、お待たせしました。輝咲キザキさんも!」

「どうも」


 緋奈子ヒナコと共に、オレは覆面に乗った。


 早々に、福本がタブレットを渡してくる。

 内容は、近隣で起きた殺しについての報道だ。


「さっき〇〇線の第四車両で、スラッシャーにやられたと思われる刺殺体が発見されました」


 被害者名は井口イグチという。出前配達員として働いている苦学生だ。キリちゃすに殺された笹塚ササヅカと、最後に接触した人物だという。


「すると、そいつが笹塚に出前を運んだというわけか」

「はい。あと実は、井口と笹塚には面識があったらしいんですよ」

「というと?」

「どうも、弥生の月の工作員だったようですね」


 彼は笹塚と同い年で、両親が共に弥生の月所属の工作員だったらしい。自身も、同様だったようだ。


 両名の遺族は、付き合いはなかったという。


 どうやら、井口が勝手に笹塚をライバル視していたか? あるいは、好意を寄せていたのかもしれない。もしくは……。


「井口は、笹塚を監視していた?」


 笹塚の殺害が目的だった、とも考えられる。理由はわからないが。


「それは、ありえるかもです」


 幼少期から、井口は同期の笹塚と比較されて、苦々しい青春を送っていたらしい。動画サイトに投稿を始めたのも、せめて動画だけでも勝ちたかったのかも。


「井口は配達のすぐ後、笹塚のマンションを尋ねています。監視カメラに映っていました」


 凶器らしきものを購入している現場も、コンビニのカメラに収まっているという。


 しかし、何かを見て一目散に逃げ出した。


「なにがやりたかったんだ?」

「わかりません。井口本人が笹塚を狙う動機ですが、本人は死んでいますからね」

「妬みで、殺すかねえ? まあいいや」


 この際、井口なんたらという被害者は無視していいだろう。彼は死んだのだから。


「そうそう。井口動画配信者でもありました。彼は死ぬ前に動画を撮影していて、『自分がキリちゃすを殺す』と宣言していましたね」


 再生数稼ぎのため、スラッシャー退治をしようとしていたらしい。


「キリちゃすが殺ったのか?」

「いえ。キリちゃすの手口ではありません。もっと低級のスラッシャーが殺ったのだろうって専門家は」


 再生画像は、井口が透明な物体に腹を刺された現場が映っていた。


 他人には、透明なものに見えるだろうが、オレたちにはわかる。


「ゾンビですね」

「ああ。そのようだ」


 ザコのゾンビにやられたんだ。


 キリちゃすにたどり着くこともできず、ザコスラッシャーに殺されたと。


「再生数も、知れていました」

「結果は、お察しか」


 哀れだな。

 キリちゃす以外のスラッシャーに敗れて、再生数も伸びず、か。

 手の混んだ死体蹴りだ。


「チャンネルを見たところ、誰からも相手にされていないようでしたね」


 都会の無関心も、ここまでくるとひどいものである。

 誰かが死んだ動画を立ち上げたとしても、見られやしない。


「ですが、彼のおかげでキリちゃすの居所を突き止められたんですよ!」


『弥生の月』の携帯は、スラッシャーを追跡できるアプリが備わっていたのだ。『弥生の月』に捜査協力を仰ぎ、


 場所は、山奥の別荘だという。


「弥生の月が所有する土地で、子どもたちの修行場として利用されているんですよ。滝行なんかをするんです」


 ここからも近い。


「急いでください。天鐘テンショウはもう、キリちゃすの手にかかっているかも」

「はい輝咲さん、お任せください!」


 アクセルを踏み込もうとした途端、白いセダンがオレたちを横切って猛スピードで走り去る。明らかなスピード違反だ。


「前の車、止まりなさい!」


 無線で相手に呼びかけた後、福本は近隣に応援を呼ぶ。


「ボクも、追跡したほうがいいでしょうか?」

「行った方がよさそうだ。行け!」


 オレが指示を出すと、福本が車両の上にパトランプを灯す。


「O府警殺人課の、福本です。前方に白の乗用車、速度超過及び、検問強行突破。車種は八七年製のセダン。ナンバープレート読み上げます」


 すぐに交通課から返答があった。


『……こちらO府警交通課。ナンバーから所有者は後藤ゴトウ 元樹モトキと思われる。引き続き、追跡をお願いします。近隣のパトカーも応援に向かいます』

「了解。よろしく」


 だが、セダンは近場のパトカーさえ追い抜いてしまう。


「逃げられたぞ!」

「この先に、キリちゃすの足取りを封じ込めるために検問を敷いてあります。そこで止められるはずです」


 そう福本が行った瞬間だった。


 目の前のセダンが、パトカーのバリケードを粉砕して検問を突っ切った。


「あのやろう、死ぬのが怖くねえのか?」

「後藤元樹ですか……確認しました。彼も、キリちゃす退治に向かっていますね」


 福本のタブレットをチェックして、緋奈子は言う。


 方角から、たしかにキリちゃす狙いだろうとのこと。


「どうしてわかるんだ?」

「一度、彼と仕事をしました。丁寧な職人でしたね。そういえば、弥生の月に所属していたとう話をしていましたね」

「忘れていたのか?」

「私は組織より、個人を見る主義ですので。後藤は見事な退魔師でした」


 そんな人物が、今はパトカーを振り切ってスラッシャーを殺しに向かっている。なにか理由があるのか。


「福本、あいつの横につけ。運転席側に寄せろ」

「はい!」


 スピードを上げて、福本の車がセダンに張り付く。


「止まれ、後藤! 公務執行妨害だ。おい、止まれってんだよ。止まらねえと撃つぞ!」

「あんた、何言ってんですか!?」


 福本が、オレの呼びかけ方にキレた。


「さすがに擁護できませんよ、それは」


 緋奈子まで、オレを批難する。


「そんなにダメだったか?」

「刑事ドラマの見すぎです!」


 とはいえ、相手は止まる気がない。それどころか、さらに加速しやがった。


 こうなったら……オレは窓を開けて、福本に呼びかける。


「おい福本! ナンブ貸せ!」

「ムチャですよ先輩! カーアクションなんて、もう日本のドラマじゃ時代遅れですよ! アメリカでやってください!」

「いいから。脅すだけだ!」


 福本の腹から、オレはホルスターを探す。


「それでもコンプラ違反だ、つってんですよ!」


 融通がきかない。こういうときに限って、法律に律儀なんだから!


 車両は山道へと入っていった。大きなカーブが続く。


「別荘は!?」

「この近くです!」


 とはいえ、相手の車両は危険な運転を繰り返していた。何も考えず、反対車線へも平気で入っていく。


「危ねえぞ。やめさせねえと!」


 とはいいつつ、被害を避けるため、オレたちは安全運転にならざるを得ない。

 ノロい運転で、後藤のケツを追う形に。

 カーブに振り回されつつ、後藤を見失わないように追跡する。


 福本の無線に、通信が入った。


「後藤の自宅で、家族全員の死体が上がったそうです」


 凶器を持って血まみれのまま車に乗る後藤が、付近の住民に目撃されている。スラッシャーのいた形跡はない。後藤の犯行だろうとのこと。以前から、家族間トラブルが絶えなかったらしい。


「……最悪ですね」


 それで、やけになっているのか。


 後藤の運転するセダンが反対車線へ入り、ショートカットしようとしたときだった。


 前方から走ってきたトラックと、後藤が正面衝突をする。

 そのまま後藤は、ガードレールを突き破って落下していった。崖を何度も回転しながら、後藤の車は炎上した。


 オレたちには、どうすることもできない。


 後藤をはねたトラックの運転手は、呆然としたままだ。


「先輩たちは、現場へ行ってください。あとは、ボクが処理をします」


 無線機に応援の依頼をした後、福本は車を降りる。


「任せたぞ!」


 オレは運転席に乗って、アクセルを踏む。最終カーブを抜けて、道路の脇道へ。


 そこに、キリちゃすがいるはずだ。


「カオル、あれを!」

  

 緋奈子が上空を指差す。


「なんだありゃあ!?」


 闇夜の空に、爆音を上げて別荘へ向かっている物体が。


「あれは、ガンシップじゃねえか!」

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