女スラッシャー【キリちゃす】誕生 (キリちゃす視点)

 歩きスマホをしながら、キリちゃすこと「灯芯とうしん キリカ」は、死んだ「カレシ」との思い出にふけっていた。


『世界一愛してるよ、キリちゃす』

『ピ! あたしも、アイシテルよ!』


 スマホを眺めながら、手に持っている紙袋を握り直す。

 中身はビニール袋に包んだ、人間の臓物だ。

 ピの形見に食わせる、エサである。


 一週間前、ピが死んだ。

 元々、心臓に疾患があったらしい。


 そんな彼に託されたのが、黒い犬のような物体である。小動物のような大きさで、ぬいぐるみのようなモコモコ等身だ。


 配信型ネットアイドルとして顔見せ配信していたキリちゃすと、ピが会ったのは一ヶ月前のこと。本名は知らない。知りたくもなかった。自分を慕ってくれているなら、誰でもいい。


 幼い頃からいじめられていたキリちゃすを救ってくれたのが、ピだ。

 ピはキリちゃすをいじめていた奴らを、片っ端から黒いぬいぐるみに食わせた。


 最初は両親を。続いてクラスの連中を仕留めた。

 次に、ピと自分を引き離そうとしたマスコミたちを、片っ端から餌食にしていったのだ。もう、何人殺したか思い出せない。


「自分が死んだら、人間の臓物を食わせてやってくれ」と、ピから頼まれている。


 ただ、ぬいぐるみの動かし方は教えてもらっていない。

 教わる前に、ピが病死してしまったから。

 しかし最近は脳に直接、司令が下る。なにをすべきか、ピの声で再生されるのだ。ピの導きで、今日は自分をバカにしてきたネットの荒らし共を切り刻んできた。


 カレシが死んで以降、配信する気すら起きない。今や彼女は、精神が死んでいた。形見となったペットにエサを与える日々が続いている。


 目指すは、自殺の名所と名高い森だ。そこに、隠れ家にしている廃屋がある。元々は、ピの棲んでいた場所だった。この場所でピも、黒いモンスターと出会ったとか。しかし、その森も最近は再開発が進んでいるらしい。発見されるのも、時間の問題だろう。


「ただい……」


 キリちゃすは、手に下げていた臓物をぶちまけた。


 ペットの黒いぬいぐるみが、なぶられていたのだ。


 ピの大切なものを痛めつけているのは、複数の男女である。すべて黒いローブをかぶり、闇に紛れていた。何者だろうか。いや、そんなことより止めなければ。


「あんたら何やって――」


 しかし、キリちゃすは後頭部に打撃を受けてしまう。


 再び立とうにも、身体が言うことをきかない。心と身体が切り離されてしまったかのよう。


 もうろうとする意識の中、キリちゃすは段々と息をしなくなる黒い物体を見ていた。


「ハアハア! やっと死んだ!」


 男性が、呼吸を整える。笑ってはいない。なにか使命感のような意思で、あの物体を殺していたようである。この物体を殺害する、確固たる動機があるかのようだ。


「このアマはどうするの?」


 女性の声がした。


「ほっとけよ! こんなヤベえやつ! 関わりたくねえ!」

「でも、顔を見られたよ!」

「……チッ!」


 男性は、ジッポをつける。枯れ枝を拾って、火を点けた。


「ちょっと、それこそヤバイって! もし火事なんか起こしたら、この開発だって」

「知るか! てめえが目撃者を消せっていったせいだろ!」


 男性が、火のついた枯れ枝に落とす。


 ここは森の中だ。一度火が点けば、簡単にあちこちに燃え移る。


「ああ、オヤジか? 例の森な、燃やすから。あと、邪魔な魔王も始末したから。後始末を頼む」


 スマホを持って、男性が誰かと話す。 


 炎は、キリちゃすの肌も焼いた。


「恨むんなら、その【魔王】を恨むんだな」


 そうつぶやいた後、犯人グループは去っていく。


 煙を吸った脳で、キリちゃすは思考を巡らせた。


「……魔王?」


 この物体が、そうだというのか?

 わからない。

 ピは、何も教えてはくれなかった。


 今はその黒い魔王とやらも、死んでしまっている。もはや、自分もペットと運命をともにするだけ。


 そう考えていたとき、ペットの黒い血液が、キリちゃすの指に触れた。


 たったそれだけで、キリちゃすは覚醒する。

 

 つま先だけの力で、立ち上がれたのだ。

 まるで映画のワンシーンのように。


 なにかに、身体を食われる感触に襲われた。

 しかし、恐怖はない。

 やってきたのは、ピと一つになった時のような恍惚感である。


 身体が、自分のものではないことを感じられる。

 もう、キリちゃすではないのだと。


「うん。うん。魔王ってのは本当なんだね?」


 脳から司令を送っていたのが、この黒い物質だとわかった。


 彼は魔王という存在で、ピの肉体を通して人を食ってきたという。 

 ピは、キリちゃすと会うために悪魔と契約したと知る。彼が魔王の力で、韓流俳優のようなイケメンに整形もしていたことも。


 知りたくなかったと言えば、ウソになる。しかし、元々が醜かろうが、ピは自分を慕ってくれていた。整形していなくたって、いずれ好きになっていただろう。


 だから自分は、ピの遺したこの物体を復活させる。どんな姿になろうとも。


 キリちゃすが、手を伸ばす。


 手から、黒い筋がウニョウニョと這いずった。黒い液体はヘビの口へと変わって、森を焼いていた炎を飲み込んでいく。


「これが、あたしの力……ん?」


 誰かの足音が聞こえる。


 地面から、人間の心音が聞こえていた。


 相手の数は、五人だ。みんな武装している。しかも、現代日本ではまず手に入らない重火器で。


 キリちゃすに、武器の知識はない。すべて、頭の中に棲んでいる魔王が教えてくれた。


 森に隠れて、息を潜める。


 相手は、暗視ゴーグルをかけて銃を構えていた。どこかの軍隊か、兵隊を思わせる。


 スマホの照明機能を相手の目の前に作動させ、視界を奪う。


 怯んだ敵の武器を奪って、片手で乱射した。相手の頭と腹を撃ち抜く。


 こちらの襲撃に気がついたのか、残りの兵隊も向かってきた。


 木に登って、一旦やり過ごす。


 全員が暗視ゴーグルを取って、スコープを覗き込む。バラバラになって、辺りをライトで照らす。


 一人になったところを、飛び降りて踏み潰した。


「さあ、お食べ」


 キリちゃすの身体を棲家とした黒い液体に、兵隊を食わせる。


 しかし、兵士が悲鳴を上げてしまった。おそらく、見つかっただろう。


 仕方ない。迎え撃つ。


 木の陰から、ナイフを持った手が出てきた。キリちゃすの顔を狙っている。


 キリちゃすは構わず、ナイフを噛み砕く。もう、自分は人間ではない。こんな芸当だって、可能だ。


 兵隊の顔を、手で掴む。そのまま、兵士の頭を魔王に食わせた。


 きっと彼らも、さっきのローブ男の仲間だろう。ならば、皆殺しにする。


 すべて食ってやろう。


 兵士が、こちらに銃弾を撃ってくる。


 殺した兵士を盾にして、凄まじい速度で相手との距離をゼロにした。そのまま腕で、心臓を突き刺す。殺したてのモツはうまい。

 キリちゃすにも、人間の味がわかってきた。


 最後の兵士は、スマホでどこかに連絡を入れているようだ。

 兵士の首をはねて、スマホを奪う。


『もしもし、どうした!? 応答しろ!』 


 さっきのローブ男とは違う、中年男性のような声がした。


『おまえ、魔王か?』


 相手は、こちらの正体に気がついているようである。


『悪いことは言わん。この件から手を引いてくれ。すべては私の責任だ。申し訳なく思っている。ここはひとつ、紳士的な態度を取ろうじゃないか。復讐のことなど忘れて』


 コイツはおそらく、魔王にとって『本当の敵だ。すべての事件のカギを握っているのだろう。


 言うべき言葉は、わかっている。


「……モウ遅イ」


 キリちゃすは、スマホを切った。


 後始末も忘れない。兵隊を全てくらい尽くす。


 全部、魔王が教えてくれる。

 何をスべきか、誰を食うべきかを。

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