オカルト刑事《デカ》 ~スラッシャーと化したヘラギャル VS 百人の退魔師~

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

第一章 オカルト刑事《デカ》と、女スラッシャー ~ピが大事にしていたペットを殺したやつを、皆殺しにしてやる~

七和《ナナワ》署 オカルト課

 ガキの頃から、オレは妖怪だか魔物だかに好かれる体質だった。


 小学校の頃はトイレの花子さんに口説かれたっけ。

 中学に上がったら、人体模型に押し倒されたこともある。

 高校に至っては、学内で自殺した女子高生の地縛霊が「もっと早くあなたに会いたかった」と自死を思い直すほどだ。


 他人からは見えない物体に、よく迫られていた。


 オレなんかのどこがいいんだか。


 どれも、相手にしなかったけど。


 そんなオレは警察官となって、不死の殺人鬼を追いかけている。


「待ちやがれ、テメエ!」


 女性だけを狙う【スラッシャー】、「長爪のフレンジー」を追って、オレは全力疾走していた。


 逃げてもムダだ。道路に落ちている被害者の血でわかるんだよ!


 スラッシャーが、通行中の女性に爪を伸ばした。あいつは、女性しか襲わない。男が来ても、逃げるだけだ。ヤツのエネルギー源は、女性の血液なのである。


 左肩を撃ったので、左腕はマヒしているはずだ。しかし、まだ生きている。


 視界に突然グロいクリーチャーが現れ、女性が悲鳴を上げた。


 いかんいかん。それだけで、ヤツにとって極上のごちそうなのだ。スラッシャーは悲鳴と苦痛と血をエサにしている。


 女の悲鳴を聞くだけで、奴らはどれだけ弱っていようが元気一〇〇倍になっちまうのだ。


「させるか!」


 オレは手に持っているのは拳銃で、スラッシャーの爪を弾く。


 どうにか、攻撃は免れたようである。


 弾丸が、女性の手の甲をかすめた。しかし、女性は痒がるだけで、なんの外傷もない。


 これは人間相手には無害なのだ。スラッシャーにしか、攻撃は通じない。


「失礼!」


 オレは被害女性に声をかけて、スラッシャーの追跡を再開する。


 スラッシャーとは、異界から来た殺人鬼どものことだ。映画なんかに出てくる、殺人鬼系のクリーチャーを想像してもらえるとわかりやすいだろう。だが、そいつらの居場所は映画の世界だけではない。現実に密かに存在し、殺人を繰り返す。


 そんな奴らを倒すのが、オレらオカルト課だ。


 アイツは、女性だけを殺して生きながらえているスラッシャーである。やつに殺された女性は、一〇人では効かない。被害者には、幼い子供まで混じっている。さる筋の情報から、ようやくヤツの居所を掴んだ。


「待ちやがれ!」


 ヤロウの背中が見えてきた。


 ポニーテールの女性が、スラッシャーに向かって歩いているのが見える。パンツスーツで、遠くから見てもいい女だとわかった。女性の姿が、街灯に照らされる。銀色の髪だ。


「おい、危ねえぞ!」


 オレは女性に向かって叫ぶ。


 ヤバイ、また女性を狙ってやがる。スラッシャーめ。


 あのスラッシャーは手頃な女性を襲って殺し、実体化エネルギーにする。


 ほとんどのスラッシャーは、人間を殺害して生体エネルギーを吸って実体化する能力を持つ。きっとあいつも。ましてヤツは今、負傷している。適当に殺人を行って、回復する気だ。


 たた傷を癒やすためだけに、空腹を満たすためだけに、奴らは殺しを繰り返す。


 危険だ。あのまま歩いていたら、あの女性は間違いなく殺される。


「離れろって!」


 案の定、長爪が女性に向けて腕を伸ばす。


 血に濡れた長い爪が、さらに伸びた。ナイフサイズの爪が、鉄パイプほどの長さに変わる。「やるしかねえ」


 オレは足を止めた。銃を構え、長爪の背中に照準を合わせる。


 こんなクリーチャー共を倒すためにO府警が開発したのが、この銀製銃だ。人に当てても問題はないが、銃を構えられたら不愉快だろう。


 しかし、銀髪の女性はオレなんか意に介さない。それどころか、クリーチャーさえ見えていない様子だった。


 クリーチャーが大きくのけぞった。女性に飛びかかり、殺害の体勢に入る。


「やべええ、間に合わねえ!」


 オレは、引き金を引こうとした。



 ドン! と鈍い音が鳴る。



 黒い手袋をした腕が、スラッシャーのアゴを打ち抜いた。


 のけぞった体勢のまま、クリーチャーは道路へと吹っ飛ぶ。


 パンチを繰り出したのは、銀髪の女性だった。拳の裏で殴ったのか。


「あれは、ロシアンフック……」


 足を大きく広げて腰ではなく肩をひねり、手の甲側で打つタイプのパンチだ。


「撃って」


 女性が、声を発する。


 オレに言われたと気づくのに、数秒を要した。


「早くっ」


 女性の声に促され、オレは発砲した。


 長爪のスラッシャーが消滅していく。


「おケガは、ありませんか?」

「ああ。なんとかな。あんたこそ無事か?」


 あれだけの強いスラッシャーをぶん殴ったんだ。無事では済むまい。


「問題ありません。専門家なので」

「なにもんなんだ、あんたは?」


 一応、オレは警察手帳を見せる。


「オカルト課の青嶋アオシマ 薫流カオルさんですか」


 オレは生まれつき、異界からの存在が見える体質を持つ。その腕を買われて、オカルト課のエースとして働いている。


「お噂はかねがね。課長と二人だけの超常現象専門の部署だとか」

「厄介払いだよ」


 オレは舌打ちをした。


 どうもオレは超常的な問題が絡むコトが多く、出世からも外れている。


「これまでに倒したスラッシャーは、八体。どれも大物だとか。見事な働きぶりだと思いますよ」

「そりゃどうも。ったく」

「申し遅れました。わたしはこういうものです」


 銀髪の女性が、オレに名刺を渡した。


「……輝咲キザキ 緋奈子ヒナコだぁ!? あんたがウワサの、【オカルト探偵】か!?」


 オカルト課の創設に深く関わっている機関の、トップエージェントじゃないか。通称、「オカルト探偵」だ。


 オレの持っている白銀銃を作ったのも、この機関だと言うが。


「たしか機関って、ロシアに本部があるんだよな? なんで日本になんか」

「日本に大物のスラッシャーが現れたと聞き、海外から帰ってきました。ボスのところまで、案内していただけますか?」

「わかりましたよ。どうぞ、輝咲さん」


 パトカーまで案内し、助手席を開けた。


「緋奈子とお呼びください」

「……じゃあ緋奈子、乗れよ」

「ダー」


 緋奈子は、ロシア語で「はい」と答える。



 O府警管轄、七和ナナワ市警察署に、オレはパトカーを駐めた。


「いやあ、久しぶりだね輝咲くん」

「お久しぶりです、千石センゴクさん」


 まるで顔見知りかのように、七和署の署長にあいさつをした。


「千石署長……この探偵と知り合いだったのかよ」


 オレの直属上司は、あろうことか署長である。


 O府警は設立以来、【オカルト課】という部署を極秘裏に設置していた。


「妻と同級生だった。もっとも、輝咲くんはすぐにロシアへ発ったけど」


 ってことは、輝咲 緋奈子は二六歳か。

 オレの方が二つ年上だな。ちなみに署長は五一歳だ。


 オカルト系のサークルに、千石署長の奥さんと一緒に所属していたという。


「機関と関わりを持って、この部署の装備も用意してもらっている」

「そのせいで、ウチは『ナナワのゴーストバスターズ』とか言われていますけどね!」


 現代社会にスラッシャー犯罪が起きないのは、オレたちオカルト課が関わっているからに他ならない。上司部下がいないので気楽だし給料もいいが、出世はまず不可能である。


 中でも七和署は、日本でもっとも装備が充実しているらしい。


 オカルト課に嫌がらせが起きないのも、署長の手腕のおかげだ。


「で、探偵さんが署長にあいさつってことは?」

「実は、彼女にはお前と一緒に住んでもらうことになった」

「はあ、ちょっと待たんかい!」


 いきなりのムチャ振りに、思わず地元の訛りが出てしまう。


「ムチャ言うなや! なんでオレが女と一緒に住まなあかんねん!?」

「聞けよ。ウチは三世帯で部屋も狭い。おまけに、息子はまだ六つだ。そこにこんな胸のデカい未婚のロシア人ハーフがステイしてみろ。性癖が歪んで、普通の女の子じゃ満足できなくなっちゃうぞ」


 緋奈子の方も、「ダー」とか言っている。なにが「ダー」やねん。


「キミはアラサーなのに、二次元にしか興味がない。聞けば、部屋が大きすぎて持て余してるそうじゃないか」

「それは、等身大フィギュアを置く予て……っ!」


 しまった。自分の性癖を晒してしまったではないか。


「二.五次元に興味があるとか。キミも隅に置けないね」

「ダー」


 なにが「ダー」やねん。


「それより、例の案件ですか?」

「ああ。退魔師ばかり襲う、連続殺人だよ」

「退魔師ばかり襲う……」


 オレは、眉をひそめた。


「どうしました?」

「オレのオヤジもオカルト課だったんだがな、任務中に殺された。スラッシャーにな」


 そいつは、まだ退治されていない。

 いつか必ず、そのスラッシャーはオレの手で殺す。


「緋奈子くんの滞在期間は一週間だ。そのうちにケリをつけろ」

「了解です。でも手続きとか、色々あるでしょ? 今日のところはホテルに泊まってもらって」

「心配ないよ。もう荷物は、キミの部屋に運んであるから」

「なんやて!?」


 三〇を手前にして、未婚の女を家に連れ込むことになるとは!

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