エピローグ

 RGと旧キット……。

 両者共に根気が必要なプラモであることに変わりはないが、根気の『質』に関しては大きく異なる。


 RGの場合、細かなパーツの数々を説明書通り、ひたすら丁寧に組み立てるという、集中力を持続させるための根気が必要であったが……。

 旧キットの場合、求められたのは蒔いた種が芽吹くのを待つかのごとき、時間に対する根気であった。


 例えば、組み立てる時……。

 接着剤を必須とする旧キットの場合、ランナーから切り出した部品一つ一つに接着剤を塗りたくり、はめ合わせるわけであるが……。

 これが乾くまでに、数日を要する。


 ただ、いざ乾いてしまえばその効果は絶大だ。

 接着剤がプラモの部品同士を溶解し結合させることにより、丁寧なヤスリがけを行った後には、あれだけ多かった合わせ目が綺麗に消え失せるのである。


 おじさんがのこしたGプラには、素組みだと合わせ目の目立つ古めのキットも数多く……これはこの先も、大いに役立ってくれるテクニックといえるだろう。


 そして、もう一つ待ちの根気が必要だったもの……。

 それは、塗料の乾燥であった。

 丁寧に塗料を撹拌かくはんし、慎重に薄め液の濃度を見極めた上で、装甲を上から下に一直線で素早く塗る……。

 これは、一度きりの作業では完結しない……。

 塗料が乾燥するのを待った上で、何度も繰り返し重ね塗りすることによって、徐々に徐々に……色ムラをなくしていくのだ。


 そうした作業の果てに……。


「これで、ひとまず完成かな?」


 ついに完成した機体を眺め回しながら、大きく息を吐き出す。

 目の前に立つ旧キットは、前に見せてもらったMGのそれと比べた場合、同じ1/100スケールでありながら上から押しつぶされたような頭部造形をしており、お世辞にもカッコイイとは言いがたい……。

 しかし、自分の手で合わせ目を消し、塗装まで施したそれは、まぎれもなく世界にただ一つのGプラであった。


「おめでとうございます!

 根気のいる作業を、丁寧にやり遂げましたね!」


 隣で眺めていた彼女――そう『彼女』だ――ガノが、両手をグッと握りながらそう言い放つ。


「やり遂げた……のかなあ?

 やっぱり、ちょっと塗装のムラが残っちゃってるのも気になるし……」


「今回は、つや消し処理もしてないですからね……。

 あれをできれば塗料の乗りも良くなるんですけど、旧キットだと後ハメの加工が必要になってきちゃいますから……。

 でもでも! これはこれでいいじゃないですか!

 どんなことでも、最初から完璧にはいきません……。

 この先に作るGプラはより上手く作れますし、なんなら、この子だって後から手を加えることはできるんですから!」


「……だな!」


 組み上げた機体を持ち上げ、色々な角度からためつすがめつしつつうなずく。

 股間や肩アーマー内部など、筆が届かなかった箇所は成形色のまま……。

 筆を塗った箇所も、どうにもムラが気になって仕方がない。

 しかし、これが今のモギに作れるGプラであり、今のモギが作ったGプラなのだ。

 それが形になっているという事実は、何物にも代えられないではないか!


「よし! 次に作るのは、もっと上手く仕上げてみせるからな!」


「その意気です!

 キタコもお手伝いしちゃいますよ!

 何しろ、その……モギ君の彼女なんですから!」


 両手で頬を押さえつつ、こちらをチラチラと見ながらそういう彼女も、またかわいい。

 あれから一ヶ月……。

 無事に告白を受け入れてもらい、正式なカップルとなった二人がしてきたこと……。

 それは、Gプラの制作であり、アニメの鑑賞であり、ゲームの対戦や協力プレイであった。


 一般的なカップルであれば、それこそ映画でも観に行ったりするものなのだろう……。

 しかし、こうして彼女の部屋でインドア趣味を共に楽しむというのが、自分たちには合っていると感じられる。


「それで、次は何を作るんですか!?

 モギ君のおじさん、公国系の量産機モデルも沢山のこしてましたし、キタコ的にはHGのMS07辺りが、合わせ目消しと塗装の両方を練習しやすくてオススメです!」


「ああ、いや……。

 実は、既に用意してみたんだ」


 そう言いながら、持参したリュックサックを漁り出す。

 果たして、そこから取り出したのはガノが言っていたHGシリーズのキットであった。

 ボックスアートに描かれているのは、青い全身塗装と深紅に輝くカメラが特徴的な機体……。


「BDの一号機ですか! いいですね!

 これは17年にリメイクされたモデルで、可動域も大幅に広がった良キットですよ!」


「ああ、それに何よりカッコイイしな……。

 こいつは一点物の機体だけど、連邦の量産機ってすごく味があるよな」


「え?」


 何やら硬直する彼女であったが……。

 それには気づかないまま、すらすらと話す。


「俺も、配信サービスとかでちょっとずつ勉強してるけどさ……。

 連邦の量産機はこう、工業製品っぽさがすごくいいんだよな。

 いかにも作りやすさ重視の、直線的なシルエットっていうか」


「で、でも、公国系の曲線的な美しさも素晴らしいと思いませんか!?」


「もちろん、そっちもカッコイイとは思うし、今組み上げたこいつにも愛着あるけど、やっぱり、用途不明の肩スパイクとかが気になるんだよなあ。

 量産機っていうのは、機能性が命だろうし。

 ――あれ、どうしたの?」


 ふと気づいて、ガノの方を見やると……。

 彼女は何やら頬を膨らませ、そっぽを向いてしまっていた。


「ふーん……モギ君は連邦系がお気に入りですか?

 つーん、です」


「おいおい、君が公国推しなのは分かってるけど、そこまでむくれるものかい?」


「それはもう!

 連邦派と公国派の間には、キノコタケノコよりも深い溝がありますから!」


「そんなになの!?」


 どうやら機嫌を損ねてしまったらしいことに気づき、苦笑いを浮かべる。

 Gプラ製作のことも、画野ガノ喜多子キタコという少女のことも……。

 これから、じっくり時間をかけて学ばなければいけないようだ。

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君とGプラを組みたい 英 慈尊 @normalfreeter01

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