誘い

 高校生二人、完成したGプラを持ち合ってポージングや武装を変えてははしゃぐという、なんとも幼稚で……しかし、とても楽しい時間はあっという間に過ぎ去り……。

 気が付いた時にはけっこういい時間となってしまったので、最後に二人で自撮り写真を撮ることとなった。


 右手にスマホ、左手には完成したGプラを構え……。

 傍らのガノは、少しばかり照れくさそうにしつつも、両手でピースサインをしてみせる。

 以前に自撮りした時と比べると、いくらか彼女の緊張は抜けているようであり、それだけこのGプラ制作で距離が近くなったのだと感じられる。

 そう、このGプラ制作で――だ。


「それじゃ、撮るぜ?」


「はい! お願いします!」


 ――カシャ!


 軽快なシャッター音と共に、記念の写真が撮影される。


「ありがとうな、ガノ……。

 君のおかげで、こいつを完成させることができた」


 撮影した写真を確認し、チェイン経由で彼女のスマホに送ってやりながら、そんなことを口にした。


「いや、いや……。

 なんというか……そう! キタコ自身が! チタニウムフィニッシュちゃんの完成を早く見たかっただけですから!

 それに、完成したと言っても、デカール類はほぼ手付かずの状態ですし!

 デカールは便利ですよ! 貼るだけで情報量がググッと増しますし、ちょっとゲート跡が目立つ箇所のごまかしにも使えます!」


「そうか、まだこいつが残っていたな……」


 彼女に言われ、すっかり忘れていたデカール類に目をやる。

 後からでは大変ということで、目の部分のみは組み立て中に先んじて貼りつけたが……。

 それ以外にも、五十近くの細かなそれが、一枚のシートにびしりと並んでいた。

 説明書の裏表紙には、それらを貼り付ける場所が事細かく指定されており、この作業だけでもあと一時間や二時間は楽しむことができそうだ。


 ――楽しむ、か。


 脳裏で思い描いたその言葉に、デカールと同じくらい小さな笑みを浮かべる。

 そう、楽しみだ。

 最初は、EGを組んだ流れによる興味本位や、見聞を広めるためといった意味合いが強かった。


 でも、今ではちがう。

 純粋に、Gプラを製作する作業が……少しずつ、少しずつ完成に近づいていくその工程が、楽しくてたまらないものとなっていた。

 そして、多くのモデラー……それこそおじさんがそうしていたように、それは一人でもきっと楽しい時間であるにちがいない。

 だが……。


「さすがに、モギ君が片手の状態でデカール作業をするのは難があると思ってましたが、今はもう治ってるし問題ないですね!」


「ああ、そうだな」


 右手を何度も開いては閉じ、具合を確かめる。

 当然ではあるが、ケガをする前に比べ多少筋力の衰えを感じるが……。

 デカール類を貼るのに、なんの問題もあるまい。


「どうでしょう!? ここは勢いに乗って、明日一気にデカール作業を終わらせてしまうというのは!?

 なんだったら! キタコがこれまで貯め込んできたデカールも駆使して、オリジナルの滅んだ公国軍仕様にしちゃうのも手です!

 どうせ、公国軍残党たちは火星やシルエットで出てきたコロニー以外にも、どっかへ隠れ潜んでいるはずですし!」


「ゴキブリみたいな扱いだな……」


「まあ、実際UCフリー素材と化している部分はありますので!

 それで、どうですか!?」


「それなんだけどな……」


 腕を組み、しばし考える……。

 いや、考えるというのは少しちがうか……。

 ともかく、機体と武装が完成するだろう今日この日に備え、下調べはしておいたのだから。

 だから、これは……勇気を絞り出す作業だ。

 柔道で攻め込む時よりも度胸が必要なことがあると、今、初めて知った。


「駄目ですか……?」


「いや、駄目ってわけじゃない……」


 上目遣いで問いかけられ、ようやく踏ん切りをつける。


「明日なんだけどさ……」


「あ! もしかして部活動があるとか!?

 それとも、ご家族とどこか旅行のご予定でも!?

 すいません! キタコってば何も考えずに!

 そうですよね! 春休みともなれば、色々なご予定が存在するは――」


「――いや、そうじゃない」


 踏み込む時もグイグイくるが、退く時も退く時でバーニア全開な彼女に待ったをかけた。

 そして、ひと息つき……こう言い放ったのである。


「明日なんだけどさ、君さえよかったら一緒に出かけないか?」


「なるほど! お出かけのご予定でしたか!

 ――へ?」


 間抜けな声を上げながら首をかしげた彼女に、再度同じ内容を告げた。


「ああ、一緒に出かけて欲しいんだ。

 具体的に言うとお台場なんだけど、どうだろう?」


「一緒に、お出かけ、ですか……?」


 一語、一語、しっかりと区切りながら彼女が反芻はんすうする。

 そして次の瞬間、彼女の顔が真っ赤になった。

 これがもし、漫画か何かだったならば……。


 ――ボン!


 ……という、オノマトペが用いられたことであろう。

 頭部の放熱が必要なのは、何も先ほど完成した機体だけではないのだ。


「そそ、そんなの……。

 まるで! デートじゃないですか!」


 これをやられるのは久しぶりだが……。

 グッと両手を握り込んだガノが、わずか数センチのところまで顔を近づけてくる。


「そうだな。デートだ。

 明日、俺とお台場でデートしてくれ」


 一度、言い始めてしまえば後は流れに乗れるもの……。

 両目をグルグルと回しそうな彼女に対し、しれっとそう言い切った。


「もうちょっと細かく言うと、お台場にあるGベース東京だな。

 そこに、俺と一緒に行って欲しい」


「も、モモモモギ君と、Gベース東京に……」


 そう言いながら実を離すガノの顔はますます赤くなっており、頭にやかんでも乗せればお湯が沸かせそうである。


「駄目かな?

 今回のGプラ製作を通じて、ぜひ一度行ってみたいと思ったし、君と一緒なら一人で行くよりずっと楽しいと思ったんだ。

 それに、ここまで手伝ってもらったお礼もしたいし」


「いや、いやいやいや……!

 お礼なんてそんな! 気にする必要ないんですよ!」


「じゃあ、駄目か?」


「駄目とは言ってません!」


 またも顔を急接近させながら、彼女がそう言い放つ。


「た、ただちょっとその……急だったからびっくりしたと言いますか、はい……。

 それに、キタコは誇り高きインドア派ですから! 基本的に休日の予定は全部空いてますとも! はい!」


「なら――」


「――行きます!」


 ようやくいつもの調子を取り戻したのか、彼女が食い気味にそう答えた。


「なにしろ、彼女はGベース東京に月イチか月ニで通う常連……言うなれば、Gベース東京のプロです!

 初心者のモギ君を、完璧にエスコートしてみせます!」


「誘ったのは俺なんだけどなあ……」


 浮かべてしまったのは、苦笑いか……それとも、誘いを受け入れてもらったことへの素直な喜びの笑みか……。

 いや、きっと後者にちがいない。


「そうと決まれば、さっそく待ち合わせ時間を決めましょう!

 台場駅に現地集合がいいですか!? それともどこか別の場所で合流しましょうか!?」


「そうだなあ……」


 それからしばし、二人で明日の予定を練り上げた。

 その間、彼女はずっと頬を赤らめていたが……。

 自分の方は、どうだったのだろうか?


 いや、きっと……考えるまでもないのだろう。

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