5

  部屋、と呼ぶには少し大きな空間に、二つの長テーブルが置かれている。給仕する者たちが通りやすいように、広く隙間を空けられていた。

 二つの長テーブルのなかにはそれぞれ、男と女が向かい合うように座っている。男女は互いの目の前の料理に手をつけながら、話をしていた。


「ところで」女が言う。

「いつもそなたらにばかりそくろうさせてしまい、すまぬ」


 話す女は胸元の開いた黒いドレスを着ている。その背は胸元のそれよりも、更に大きく開けており肩の骨と背筋が、露出していた。


い」男が言う。

「闇は奪ってこその闇だ。隠す事を得意とするほうら光よりも、此方こちらが出向くが自然であろう」


 自分を闇と呼ぶその男は、その言葉とは裏腹に、白、である。

 緑龍のまゆから採取された糸でられた男のしょうは、布と布のさかいを見る者に意識させない。しかし、浅黒い肌が逆に強調され、よりがんけんな印象を男は周囲に放っていた。


「我が国のとがにんどもは、いつもどうり隠しておるゆえ、よろしく頼む」

 言葉だけ取ったならば謙虚な物言いではあるが、女のその口調は、堂々としている。


「うむ。此方の者どもも置いていく。断罪する理由はいつも通り、其の方らに任せる」

 男も冷淡な台詞とは裏腹に、女を気遣う暖かみを含んでいた。


「しかし」女は言う。

「一体この茶番は、いつまで続くのじゃ? わらわからもうした事ではあるが、表立ってそなたに会えぬのは、少しさびしく思うがゆえに」


「仕方なかろう」男は言った。

「我ら闇の者は、他の意志を尊重する。其の方ら光の者は、他の命を尊重する。我らの代の前々から続く、忌まわしき洗脳だ」


「ふふ」女は目の前の皿にあるスープに目を落とし、控えめに笑う。

「皮肉であるな。下々に命の重みをいましめるべき妾がそなたに、この国の命を差し出しておる」


「それを云うなら余の方だ」男はかちゃりとスプーンを置き、女を見た。

「余が差し出す者どもはみな、自身の死を望んではおらぬ。あまり自分を責めるでない」


「妾がそれを望んでおるのじゃぞ?」

「ふ、我らは共に禁忌を破りし者同士。其の方にだけは、自分を押し付けたいのだ」


 女は顔を上げる。その視線は男の頭上に流れた。


「禁忌、か。それもどうなのであろうな?」

「申したい事があるのなら、申してみよ」


 女は男に向き直る。そしてスープの隣にある皿に乗るものをとりあげた。


「たとえば、これは穀物を練り、焼いた物じゃ。これを育てる田畑を作るだけで他の命を奪っておる。いささか、都合の良すぎる戒律ではないか?」


 男は、自分の皿にあるそれをつまみ、千切らずにスープに浸し、口に、投げ入れた。

 男は飲み込む。


「ふむ、確かにな。だがそれは、他の命を重んずるがこそ、その尊みを忘れぬ為に、わざと残した営みではないのか」


「解釈とはまことに、厄介なものであるな? そなたの云うことは全て、正しく聴こえる」


「正しくはない。だが」男は再び、スプーンを手に取った。

「必要な事ではあるだろう。本来ならば汚れは闇の領分。其の方がその重圧に呑まれるのならば、甘んじて、余が受け止めよう」


「そう云うのなら」女は立ち上がる。

「今宵こそ妾を、受け止めてはくれぬか?」


「それはまずかろう」

 男は座ったままだ。


「まずくはない。そなたももうしたであろう? 光は隠すことこそが本分。あまり妾を舐めるでない。人払いは既に、すませておる。今この屋敷には、従者すらおらぬ」


「それもまずかろう」


「まずくはない。そもそも我々は戦ってすらおらぬゆえ、この戦争自体が茶番ぞ? それに、どうじゃ妾の今日の召し物は? そなたの気を惹くために、特別にこしらえたのじゃ」


「美しいとは思っておった」


「ふふふ、そうじゃろう? そなたのその白き服はどうじゃ? 妾のためのものではないのか?」


「気を惹く為のものではない。ただ、其の方に礼を欠くまいと」


「おなごに恥をかかせる以上の愚弄があるのか? たまには、妾のも、重んじて欲しい」


 女の眼がうるむ。 


「済まなかった。我らもまた、洗脳された者同士。其の方の気持ちを図りかねていた故。しかし、余も覚悟を決めよう。いつか其の方と共に、地獄へ堕ちる事へのな」


 男は立ち上がり、テーブルを回り、女の下へと近寄って行った。



 この世界の茶番は続く。この世界の均衡を保つ為に。



 今日もどこかで、声が聞こえた。




「待て」






 終わり。

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