上書きエラー

ミエ

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財布の中には、後輩の鍵が入っている。


これまで入っていたのはペアリングだ。バイトでは使用できないため、勤務中外したリングを財布に入れていた。


電車に揺られながら、暫くボーッと鍵を眺めていた。


これから、後輩の家に行く。


失恋をした私は早く心の傷を癒したかった。そのため、やんちゃなバイトの後輩は非常に都合が良かった。


でも、これでいいのか?という思いが拭えない。


これまでも失恋をしたら他の男とすぐに寝た。一時はそれで満足できるが、後に自分の至らなさを痛感する。


無理してするセックスは、ある意味で自傷行為と変わらないのかもしれない。


そんなことを考えていたら、後輩の最寄駅に着いた。深呼吸をし、ゆっくりと歩き出す。


徒歩5分ほどの場所に、家が見つかった。いかにも一人暮らしの学生が住むようなアパートだ。


「お邪魔しまーす…。」


暗い部屋は、若い男性の匂いで充満していた。


スポーツができそうで、社交的で、えろいことに興味津々…といった感じの匂い。


もうすぐ卒業する身からすれば、こういった若々しさがなんだか懐かしく、新鮮でもあった。


後輩は私より遅くバイトから上がるため、部屋で大人しく待つことにした。


シャワーを浴びて、本を読んだり、ストレッチをしたり…。


ピンポーン。


帰ってきた。


「おかえり。お邪魔してます。」


「ただいま…。」


ちょっと照れてる気がする。そりゃそうだ、付き合ってもいない単なる先輩に、「おかえり」なんて言われても戸惑うだろう。


「シャワー借りたよ、ありがとう。」


「うん。ねー、佐藤さん聞いてよ!店長がさー…。」


後輩が早速バイトの話をしてきた。


普段と変わらない、バイト先のくだらなくて笑える話を私たちは始めた。


とある客が変だったとか、パートの男性とえろい話をしただとか、やはりバイトエピソードは面白い。


「そういえば、夏美が高橋のこと、言葉が上手いって褒めてたよ。」


「え、夏美さんが?なんで俺?」


「まあわかるけどね。私も彼氏いた頃、こいつに乗せられたらまずいって思ってたし。」


「へー。じゃあ乗せられてみる?」


そう言って高橋は、私にキスをした。


「もうちょいお酒欲しい。」


まだ酔っていないようだ。


まずい、このままだと友達モードから切り替わらない。


私は仕掛けることにした。


「寒いな。」


そう言って高橋に跨った。


「えー、スイッチ入っちゃったよ。」


高橋は腰を動かし始めた。


「そう?」


私は高橋の耳元で呟き、そのまま耳を舐め回した。


「あーやばいやばい。佐藤さん、ベッド行こう。」


高橋に誘われ、ベッドに入った。


すぐさまキスをされ、徐々に服を脱がされた。


ここまでスマートに脱がされたことは無かったので、やはり手慣れているなと思った。


「胸、大きいね。」


よく言われることではあるが嬉しかった。


暗くてよく見えなかったが、バイトの後輩が私の身体を舐めるように見ているのを皮膚で感じ取った。


物凄く、いやらしかった。


「佐藤さん、外と中どっちが好き?」


「んー…どっちだろう。」


「前にバイブが好きって言ってたし、外かな?」


そう言って高橋は、私の陰部を激しく擦り始めた。


正直あまり気持ち良くはなかったけど、年下に虐められているという事実に興奮した。


「入れていい?」


「いいよ。」


私は高橋が萎えないように、高橋の性器を扱いた。


「こんなに積極的な人初めてかも。」


なるほど、私は慣れているのか。


経験豊富な高橋が言うのだ。間違いない。


そして高橋は主導権を握っていたいタイプだとわかったので、私は手を離し、従順そうな目で高橋を見つめた。


「入れるね…。」


高橋がゆっくりと入ってきた。


「きつくない?」


「うんっ…。」


気持ち良かった。相性は良い方だとすぐに思った。


高橋は狂ったように腰を振った。ここまで強く、速く突かれたことはなかったので、少しびっくりした。


「あんっ…!」


「佐藤さんがそんな声出すなんて思わなかった。」


私は恥ずかしくなり、顔を背けた。


「だめ、こっち見て。」


高橋は私の顔を掌で包み、自分の方へ向けた。


そしてそのまま私の首を締め、キスした。


あーー、やっぱり。


首を締められるのはいい。


男性に捕らえられ、身動きが取れないまま、好き放題されているという感覚が堪らないのだ。


普段、男性に偉そうにされたくないと思う私は、セックスのときだけ男性に支配されたいと思う。


その背徳感で興奮してしまう。


「こっち。」


高橋は私を抱き寄せ、そのまま仰向けになった。


好きではない男に見上げられるのは、何も心配しなくて良いから好きだ。


お腹出てるのバレないかなとか、鼻の穴に何かついてないかなとか。そういった心配は、恋人でない限り生じない。


「えろいなー…。」


もっと見てほしい。褒めてほしい。


この子となら、何をしても私の自信に繋がるような気がした。


「それもっとやってほしいっ…。」


高橋に頼まれ、私は高橋をこねくり回すように動いた。


「あー気持ちいい…。佐藤さん、正常位でいきたいっ。」


「うん、いいよ。」


私たちはまた、元の体位に戻って見つめ合った。


「佐藤さん…肌凄く綺麗だね。」


「ありがとうっ…。」


突かれながらこんなにも褒められたのは初めてかもしれない。


元彼から、「痩せて」と言われるたびに傷ついた。


料理を馬鹿にされて傷ついた。


プレゼントに不満を言われて傷ついた。


なのに何故…こうも彼を思い出してしまうのだろう。


「佐藤さん、いくねっ…。」


「うん、いいよ…!」


激しく一突きされ、私たちは果てた。


高橋はまだ、小刻みに動く。私もそれに合わせ、余韻を楽しんだ。


「ふわあーー…!」


高橋が私から離れ、伸びをした。


「気持ち良かったね〜。」


「ねー!佐藤さん、普段とギャップありすぎて可愛かったー。」


「恥ずかしいわ!笑」


また、いつもの二人に戻った。


帰りは駅まで送ってくれることになった。


「高橋、少し手を繋いでもいい?」


「うん、ごめん気が利かなくて。」


「いや全然!ありがとうね。」


久しぶりに握る異性の手は、大きくて温かかった。


私、誰とでも寝れるんだな。


あの人じゃなくてもいいんだ。


「じゃあね!」


「うん、またね。」


私はホームへと下り、特急列車に乗った。


窓の外を見つめながら、彼と過ごした日々を思い出した。


「恵奈、好き。」


彼が行為中に、名前を呼んで、好きだと言ってくれるのが嬉しかった。


歩いているとき、後ろに手を回して、私の手を呼んでくれるのが嬉しかった。


私が歌い出すと、一緒に歌ってくれるのが嬉しかった。


そんなささやかな日々が愛おしかった。


私は右手薬指に視線を落とした。


そして、そこに何もないことを確認するように、掌を握った。

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