お一人さまキャンプ

@ramia294

第1話

 巷では、ソロキャンプが、大流行。

 しかし、僕のキャンプは、今までも、これからも、いつもお一人様です。


 僕の場合、現実世界から、逃げ出すためのキャンプです。

 学生、社会人を通して、周囲に馴染めずにいた僕の唯一の安らぎは、ひとりきりのキャンプでした。

 普段の僕も、出来るだけ構わないでほしいのですが、社会生活というのは、そうもいかない不便なものでした。


 そこで僕は、週末に逃げ出します。

 小さなクルマにテントを積んで、ランタンの光でお気に入りの本を読みます。

 今の世の中、お店に入れば、温めるだけ、簡単で美味しく食べる事の出来るものが溢れています。

 凝った料理は作りません。

 澄み切った空気と月夜の孤独を、楽しむ事が目的です。


 ところが、ところが、このブーム。

 寂れたキャンプ場まで、たくさんのキャンパー。

 明るく話しかけられます。

 皆さんとても楽しそう。


 孤独もお手軽に、手に入らなくなりました。

 僕は、山の奥へ奥へと、テントを担いで歩きます。


 人の気配が消えた頃、僕はひとりで楽しみます。

 孤独が、僕を癒します。

 灯りを消して、星いっぱいの夜空に挨拶を。

 

 気づきました。

 お月様より明るい光が、近くで揺れています。

 こんな所にまでお一人様キャンパーでしょうか?


「こんばんは」


 秋空の様に澄み切った声が、聞こえます。


「灯りが、見えたので来てみました」


 星の様に美しい瞳。

 月の様に耀く笑顔。

 声の主は、女性でした。

 幻覚でしょうか?

 キツネさんでしょうか?

 それともタヌキさん?


「こんな山奥に、普段人は立ち入りません。見ればキャンプをされてるらしい。必要な物があれば、言って下さい」


 彼女は、ここに住んでいました。

 揺れてる灯りは、彼女の家。

 とても小さな丸太小屋。  

 自給自足の生活で、ひとりきりで暮らしています。

 

 僕は、彼女に、話しました。

 僕は、世間に馴染めずにいるのだと。

 それでも普段は、頑張ってたくさんの人の中で、仕事をしているのだと。

 せめて、お休みは、ひとりきりになりたくて、ソロキャンプをしています。

 僕に必要な物。

 静寂と星空と孤独です。


 彼女は、笑いました。


「それでは、少しお待ち下さい」


 彼女は、温かいコーヒーを丸太小屋から、持ってきました。


「どうぞ、星空と孤独にコーヒーの香りも仲間入りさせてやってください」


 彼女は、丸太小屋へ帰って行きました。

 彼女のコーヒー。

 とても良い香りです。

 とても美味しく頂きました。


 その次の週末、僕は新しいポットを荷物に詰め込み、再びこの場所を訪れました。


 ポットに入れて貰ったコーヒー。

 10分間のコーヒータイム。

 夜空を見あげ、星を探し、月に囁く様に僕らは話しました。

 静寂と星空に、コーヒーの香りと彼女が仲間入りしました。

 翌週には、二人で20分話しました。


 20分が、1時間に変わる頃、彼女が話しだしました。


「私の思いは、毒になるの」


 彼女の初恋は高校生。

 思いが叶った恋が、一年の時を刻むころ、彼は病に倒れました。

 医者には、原因不明と言われました。

 痩せていく彼。

 彼女の思いは、彼の時間を止めることが出来ませんでした。

 涙の止まらない彼女に、医者は教えてくれました。


『おそらく彼の命を奪ったものは、毒。

 未発見の毒を彼の身体から取り出す事は出来ませんでした。ゆっくり進んでいきましたが毒に侵された症状でした』


 社会人になった時、再び訪れた彼女の恋。

 やはり一年が過ぎ、彼への思いが恋から愛に変わる頃、彼は痩せだしました。

 彼女の思いも、現代医学も彼の時を見守るだけになりました。


「分かったのよ。私の愛は毒」


 愛する人に向けられた彼女の愛は、毒に変わる。

 身体を蝕み、死をもたらす。

 彼女は、人を愛してはいけない存在。


「だから、ここで一人で暮らしているの。私は人間嫌いではないので、あなたが羨ましいわ」


 コーヒーのお礼に、僕は話し相手になることにしました。

 人嫌いの僕が、彼女の事を好きになることはありません。恋したことすらありません。おそらく僕は適任です。


 風が冷たくなり、彼女の丸太小屋で、コーヒーを頂く頃、街のケーキ屋さんで美味しそうなケーキを発見。

 ケーキを二人で食べました。


 翌週、僕は病院に行きました。

 少し痩せてきました。

 僕は初めての経験をしたようです。


 山で彼女が心配そうに僕を見つめました。


「もしかしたら、病気なの?」


 僕は、ありのままに答えました。


「君の話を聞いていて、気付いたことがひとつ。亡くなったお二人は君の事を愛していた。つまり愛されている相手に君の愛が向けられると、毒になる。僕は今人生で初めて、そしてとても美し経験をしている」


 僕の初恋は、実りました。

 彼女は、僕を愛しています。

 彼女は、自分の心を偽れません。

 彼女は全てを悟りました。

 僕は、丸太小屋で彼女と二人で暮らす事にしました。

 山を下りる気はありませんでした。


 蝕まれていく肉体とは反対に、心は明るくなっていきます。

 おそらく、亡くなったお二人もそうだったように、この思いが最も大切です。

 お二人に負けないようこの思いを大切に、残る時間を過ごしていこうと思います。


「君が責任を感じる事はない。おそらく、お二人がそうだったように、僕も君のことを好きになって良かったと思っている。この思いが無ければ、僕の人生は不毛なものだったと思う」


 彼女は、泣きながら頷きました。

 僕はベッドから起き上がれなくなりました。

 おそらく、残された時間は、一週間。

 懸命の介護は、彼女の思いに反して、僕の時計を奪っていきます。

 意識を保っていられる時間が、少なくなってきました。


「ありがとう。最後に、自分の人生を意味あるものと思う事が出来た」


 僕は意識を失いました。


 次に目覚めたとき、僕は病院でした。


『何故、生きている?』


 医者が、覗き込みました。


「気がついたか?」


 お医者さんは、僕に話しました。

 彼女から、僕を迎えに来てほしいと連絡がありました。

 その医者は、彼女の学生時代の初恋と、もうひとつの恋を看取った医者です。


「君は、彼女が造り出す毒の事を知っているね」


 彼女は、医者から教えられていたそうです。

 たった一つの解毒の方法を。

 意識を失った僕を残し、彼女は、深い谷に吸い込まれていきました。

 彼女自身が消えて、僕の心を照らしていた光は、消えました。

 僕は解毒され、蝕まれた身体も1週間の入院で元通りになりました。


 毒の後遺症でしょうか?

 僕は半身を失った様に思えます。

 無理やり引きちぎられた様に感じます。

 

 彼女の愛は、毒でした。

 毒に侵されている時、僕は幸せでした。

 

 丸太小屋に帰ると、彼女の手紙が残っていました。


『愛しいあなた。

 あなたが目の前に現れた時からこうなるのではないかと予想していました。

 出会った翌週、もう一度ポットを抱えて来てくれた時は、本当に嬉しかった。

 あなたには、言ってませんでしたが、私の毒は、解毒出来ます。

 いちどくらいは、愛する人のために、役に立たないといけない、考えています。 

 元気になったあなたの姿は…。

 残念ですが。

 この手紙を読んでいるあなたの人生が、笑顔に溢れたものであることを願っています』


 僕の笑顔は、君が作りました。

 僕の温もりは、君が作りました。

 僕の愛も、君が作りました。

 僕の初恋は、君の笑顔でした。

 僕の幸せは、君といることでした。


 どうすれば、僕の時間が笑顔に溢れたものになるのでしょうか?

 君の残した難問です。

 君の残した丸太小屋で、これから解こうと思います。


 君の愛は、毒でした。

 毒に侵されている時、僕は幸せでした。


         終わり



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