第18話 Sランクパーティー

 メルティ達が逃げる時間を稼ぐために、アレンはワンダーアーマーに向かっていく。


(ワンダーアーマーか……Sランクのダンジョンによく出て来る魔物だ。それ相手に、あの傷で済んでいるのは、本当に運が良い)


 アレンは、ワンダーアーマーに対して杖を振う。剛力の加護を施した一撃だが、ワンダーアーマーには大したダメージにならない。だが、その身体を大きくノックバックさせる事は出来た。

 アレンには、ワンダーアーマーを倒すだけの実力はない。そんな実力があれば、そもそもパーティーをクビにはなっていない。


(取りあえず、このままダンジョンの奥に押し込んで、メルティ達から離す!)


 アレンは、ワンダーアーマーに連続して攻撃をしていく。ワンダーアーマーは、剣を使って防いでいくが、ノックバックだけは無効に出来ないので、アレンの目論見通り、ワンダーアーマーはダンジョンの奥に押し込まれていく。


「アレンさん……」


 メルティ達は、自分達から遠ざかっていくアレンを、ただただ見る事しか出来なかった。今のメルティ達では、アレンの言うとおり足手まといにしかならないからだ。


「くそ……」


 ガイの治療を終えたメルティ達は、アレンの指示通り、ダンジョンの出口に向かっていた。走りながら、メルティの治療を受けていたリックは、苦々しい顔でそうこぼした。何も出来ない自分が不甲斐ないのだ。


「今は仕方ないよ。私達は弱いから……」


 メルティも少し泣きそうな顔になりながら、リックの治療を続けていく。


 ────────────────────────


 メルティ達から遠ざかったアレンは、ワンダーアーマーとの攻防を続けていた。ワンダーアーマーからの攻撃を避け、ひたすら奥へと押し込んでいた。


(そろそろメルティ達も離れた頃かな。僕も隙を突いて、逃げる準備をしないと)


 アレンがワンダーアーマーから逃げるために隙を窺い始めると、ワンダーアーマーの様子がおかしくなってきた。

 鎧の身体を震わせ始めたのだ。


「……何だ?」


 アレンの目の前で、ワンダーアーマーの鎧が変化していく。肩当てや籠手の部分に突起が生まれ、鎧から黒いオーラのようなものが発せられる。


「変異種か……」


 アレンの顔に焦りが生まれる。変異種は基本的に変異前の姿よりも強くなっている。つまり、今のアレンで対抗出来るかどうかわからないのだ。

 変異したワンダーアーマーは、今まで以上の速度でアレンに迫る。アレンも同じように、ワンダーアーマーに向かって駆ける。ここで防戦に移るよりも、攻勢のまま押していく方が良いと判断したのだ。

 ワンダーアーマーが剣を振うよりも先に、アレンの杖が鎧に叩きつけられる。しかし、先程までと違い、ワンダーアーマーを吹き飛ばす事は出来なかった。


「まずいっ!」


 今までの攻撃では、ワンダーアーマーを押し返す事も出来ない。

 ワンダーアーマーは、正面にいるアレンに向かって剣を振り下ろす。アレンは杖で、何とか受け流した。しかし、叩きつけられた地面が陥没していた。

 その剣を戻す間に、アレンはワンダーアーマーから離れる。


「メルティ達を逃がしておいて良かった……被害者は少ないにこしたことはない」


 アレンは、杖を構えながらメルティ達が逃げたことに安心する。この状況で、生き残る事が出来る可能性はかなり低い。

 アレンは、最悪の事態に死を覚悟した。だが、ただで死ぬつもりはなかった。


「取りあえず、最後の最後まで抗ってやる!」


 ワンダーアーマーは、アレン目掛けて駆けてくる。その間に、アレンは杖を縦に構えた。


「『人ならざる力・神域へと足を踏み入れん』」


 アレンの身体を金色の光が覆っていく。これは、『神域の力』と呼ばれる支援術だ。掛けられた対象の身体能力を極限以上にまで上げる効果がある。

 効果が掛かると同時に、アレンの身体に痛みが走る。自分の身の丈にあった力ではないからだ。この状態は長くは続けられない。いずれ、限界が来て動けなくなる。

 せめて、それまでは抗って、ダメージを与えておこうという魂胆だった。ダメージを残すことが出来れば、これからワンダーアーマーと戦う冒険者達を助けることにも繋がる。

 ワンダーアーマーは剣を振り下ろし、アレンを叩き斬ろうとしてくる。アレンは、小さく横に動き、ワンダーアーマーの脇腹に杖を叩きつける。

 その攻撃は、ワンダーアーマーを壁へと叩きつけることに繋がった。そのままの勢いで、杖による突きを繰り出す。その攻撃は、ワンダーアーマーの腹に命中する。しかし、同時に繰り出されたワンダーアーマーの突きもアレンに命中する。


「ぐっ……」


 肩に軽く剣が刺さるが、神域の力のおかげで深々と突き刺さらずに済んでいる。アレンは、そのまま追撃をするつもりだったが、すぐに後ろに下がって身体から剣を抜く。


「……やっぱり、僕じゃ無理か」


 アレンは傷口の状態を軽く確認する。血が止めどなく流れているが、やはりそこまで深い傷ではなかった。


「取りあえず、まだ動く……これなら、大丈夫だ」


 アレンは傷を無視して、杖を構える。ワンダーアーマーも同じように剣を構える。向こうも腹部が陥没しているのだが、それを気にしている様子は一切なかった。


「向こうは鎧だから痛覚はないのか……厄介だね」


 今度はこちらの番だと言わんばかりに、ワンダーアーマーが迫ってくる。薙ぎ払われた剣の攻撃を、アレンは杖で受け流す。反撃とばかりにアレンが杖で攻撃するが、ワンダーアーマーが引き戻した剣に防がれてしまう。

 そこから、互いに攻撃しては防ぎ、攻撃しては防ぎを繰り返していた。さらに、何故かワンダーアーマーの動きが段々と良くなっていた。神域の力を発動しているおかげで、生き残っているが、ワンダーアーマーの攻撃のほとんどがアレンを殺すに至るものだった。

 つまり、神域の力が切れれば、アレンは即死する事になる。

 じわじわと自身の死が近づいて来ているのを、アレンは感じていた。そして、その時はすぐそこまで来ていた。


「!?」


 ワンダーアーマーと戦っていたアレンの動きが止まる。それだけでなく、地面に膝を突き、最終的に完全に倒れてしまう。


「ぐ……」


 身体中を走る激痛に耐えながら、アレンの視線はワンダーアーマーに向いている。そして、倒れたアレンに対して、ワンダーアーマーが剣を掲げていた。

 まるで、これで終わりだと言わんばかりに。


(もう少しダメージを与えておきたかったけど……)


 アレンは、死を覚悟して、ワンダーアーマーが振り下ろしてくる剣を見ていた。

 そのまま何かをする事も出来ず、ワンダーアーマーの剣はアレンに迫った。そして、その剣がアレンの首を刎ねる寸前、別の剣が止めた。


「!?」


 アレンには、その剣に見覚えがあった。ずっと、見てきたものだったからだ。


「大丈夫か、アレン?」

「レオ……ニス……?」


 アレンを庇ったのは、アレンの元パーティーメンバーであるレオニスだった。


「おらああああああああ!!」


 同じくアレンの元パーティーメンバーであるダグラスが大盾を構えてワンダーアーマーに突撃する。


「『シールドチャージ』!」


 白く輝いた盾がワンダーアーマーにぶつかると、ワンダーアーマーは吹き飛んでいった。

 同時に、アレンの首根っこをサリーとマリアが掴んで後ろに引っ張って行く。


「ダグラス、サリー、マリア……何で、ここに?」

「ギルドに戻ったら、イレギュラーが出たダンジョンにアレンが向かったって受付嬢が騒いでいたのよ! 全く! どうせ、大した準備もせずに来たんでしょ!? ほら!」


 サリーがアレンの口に瓶の口を突っ込んで、中身を無理矢理飲ませる。この中身は、魔力回復薬だ。ワンダーアーマーとの戦いで消耗した魔力を、完全とは言えないが、回復させる。その間に、マリアがアレンの身体を治療していく。


「本当に無茶をしましたね。身体中が滅茶苦茶です」

「あはは……ごめん」


 アレンが、マリア達に謝っていると、レオニスが後ろに下がってきた。


「中々に厄介な相手みたいだな」

「うん」


 この間にもダグラスが、ワンダーアーマーの攻撃を防いでいる。ダグラスの耐久力のおかげで、防げているが肝心の攻撃が出来ていない。


「アレン、指示をくれ。あいつを倒す」

「……分かった」


 マリアに傷を治して貰ったアレンは、杖に寄りかかりつつ立ち上がる。すかさずマリアがアレンを支える。


「ありがとう」

「いいえ」


 マリアに礼を言って、アレンは改めて前を向く。


「敵はワンダーアーマーの変異種。その最大の特徴は、学習能力の高さだと思う」

「学習能力? 戦いの中で強くなるということか」

「うん。だから、短期決戦だ。レオニスは、最後の一撃まで攻撃をしないで。ダグラスは、攻撃をしないで耐え続けて!」

「おう!!」


 いきなり指示をされたダグラスは、一切の動揺もなく頷き、指示通りに動く。


「サリーは、僕の合図で相手を拘束して! マリアは万が一に備えて、結界の準備を!」


 アレンの指示に、サリーとマリアも頷く。


「それじゃあ、いくよ。『人ならざる力・神域へと足を踏み入れん』!」


 アレンはレオニスに神域の力を施す。レオニスを金色の光が覆う。アレンと違い、レオニスは痛みを感じている様子はない。この力は、レオニスの身の丈にあった力のため、代償無しに受ける事が出来るのだ。


「ほら! もう一本飲んでおきなさい!」


 サリーが投げる魔力回復薬をアレンが受け取る。


「ありがとう」


 魔力消費の激しい神域の力を使ったので、サリーはアレンが倒れるのではと思い渡したのだ。最後に、アレンはダグラスに比翼の加護を施す。


「これで準備は終わりだ。ダグラス! そいつを壁に押しやって!!」

「おう!! 『シールドチャージ』!!」


 ダグラスは最初よりも勢いの乗った一撃で、ワンダーアーマーを壁際まで押し込んでいった。


「サリー!」

「『戒めの石牢』!」


 壁から伸びた岩が、ワンダーアーマーの身体を壁に固定する。ワンダーアーマーは、束縛から逃れようと藻掻くが、すぐに抜け出す事は出来ない様だ。


「レオニス!」

「ああ! 『シャインバースト』!!」


 拘束されているワンダーアーマーにレオニスが剣を突き立てる。突き立てられた剣は、いとも容易くワンダーアーマーの鎧を貫き、内側から光の爆発を引き起こす。

 光で視界を塞がれたアレン達が、次に見たのは、ボロボロに崩れ去ったワンダーアーマーの姿だった。アレンによって、強化されたレオニスの一撃はワンダーアーマーを一撃で屠る威力を持っていたのだ。


「はぁ……相変わらず、凄いなレオニスは」

「それを言うなら、アレンの方だろ。素の状態の俺じゃ、ここまでの威力は出せないぞ」

「それじゃあ、二人がすげぇって事だな! はっははははは!」


 久しぶりに五人揃ったというのに、アレン達は全く変わらずに接していた。


「イレギュラーの処理も出来た事だ。さっさと、マグネットに戻ろう」

「そうだね。メルティ達の無事も確認したいし」

「ああ、それなら大丈夫よ。上層で会ったから、連れてきた他の冒険者達に任せておいたわ」


 メルティ達は、無事に脱出する事が出来たようだ。アレンは、ホッと安心する。


「相変わらず、自分の心配よりも他人の心配ですね?」


 メルティ達の無事に安堵していたアレンに、マリアが怖い笑みを向けていた。


「い、いや……その……」

「メルティ達の無事を喜ぶのは良いですが、ご自身の身体の心配もしておくべきでは? 私が治しているとはいえ、術の代償は大きかったんですよ?」

「ああ……うん。ごめん」


 そこから、ダンジョン内だというのにマリアの説教が始まってしまう。それをレオニス達は、少し離れた場所から見ていた。


「相変わらず、尻に敷かれているな」

「ああ、さすがのアレンも、どうしようもないみたいだな」

「むむむむ……」


 レオニスとダグラスが、昔と変わらない二人に和んでいると、ちょっと離れた所でサリーが頬を膨らませていた。


「あいつ、何であんなにモテるんだ?」

「さぁな。基本的に優しいし、気遣いも出来なくはないからじゃないか?」

「そういうもんか?」


 レオニスとダグラスは、若干の嫉妬の目線をアレンに向けるが、これもいつもの事だった。

 そして、頬を膨らませたサリーがアレンの背中を押す。


「ほら、さっさと帰るわよ! マリアも、こんなところで説教始めないでよ」

「あっ、ごめんなさい。では、続きは帰ってからで」

「えっ、まだ続くの?」

「え? 終わりだと思ったんですか?」


 アレンの要らない言葉に、またマリアが青筋を立てる。しかし、サリーが言っていた事は正しいので、その説教もマグネットに帰ってからとなった。

 マグネットに戻ったアレンは、メルティ達と再会する。メルティ達はアレンの無事を喜んだ。リックですらも、少しだけ笑っていた程だ。

 その後、カレンに報告を済ませ、突発的に起こったイレギュラー騒動は、終わりを迎えた。

 そこで、アレンはレオニス、ダグラス、サリーと別れた。その後、本当にマリアからの続きの説教を受けた後、家に帰り眠りについた。


 ────────────────────────


 それから一週間が経った後、アレンはギルドに脚を運んだ。神域の力の反動で、筋肉痛が凄まじかったからだった。


「アレンさん!」


 受付に行くと、カレンが手を振ってアレンを呼ぶ。


「すみません。長い間休んでしまって」

「いえいえ、事情はレオニスさん達に聞いていますので、お気になさらないでください」


 これからアレンが仕事に来るのは、少し後になるだろうとレオニス達がカレンに伝えておいてくれたのだ。


「今日から仕事を再開したいんですが、指導先って決まっていますか?」


 アレンがそう訊くと、カレンは少しだけ困った顔をする。


「決まっているにいるのですが……この間の子達よりも難しい子達で……」

「大丈夫ですよ。出来る限りやってみますから」

「そうですか? なら、お頼みしますね。エルフのパーティーなんですが」


 エルフは、基本的に気難しい性格をしている。そのため、指導も一筋縄ではいかないだろう。


「ああ……頑張ってみます」


 アレンの指導員としての生活は、まだまだ始まったばかりだった。

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Sランクパーティーで支援術士をしていたけど、力及ばずパーティーを離脱して、指導員になりました 月輪林檎 @tukinowa3208

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