蜜の月【フリー台本】

江山菰

蜜の月

*登場人物(名前は全員任意で差し替えのこと)

A・・・20歳くらいの女性。大学生で実家住まい。ファザコン。

父・・・40代半ば、AとBの父。Aを溺愛し、Bに無関心、に見える

B・・・20代後半、Aの兄。常識家。Cとアパートをシェアしている。家族と距離を置いている。暗く重い口調。

C・・・Bと同い年の同居人、性別不問。演者の解釈により、友人・恋人どちらでもよし。性別に伴う言い回しの変更可


*注意事項

方言改変OK、ただし父とBには必ず統一感を持たせること

BGM・SEは特に指定がなければお任せ。


以下本文



SE:雨の音を2秒ほど聞かせたあと、玄関の引き戸を開けて帰宅、リビングへ歩いて入る音


A「ただいま~」


SE:手を洗う音


父「お帰り。早かったなあ。今日は女子会って言ってたろう」


A「うん、女子会っていうから行ったんだけど、男が入り込んできてムカついたから帰ってきた」


父「女子会に男?」


A「さおりが幹事でさ、なんか知り合いの男集めてきてサプライズ合コンとか言ってんの。やめてほしいよね」(さおり、は任意の名前に変更可)


父「(笑って)サプライズ合コンか」


A「そ。彼氏いたほうが絶対いいってさ。そーゆーの余計なお世話だよね」


父「さおりちゃん、昔うちに遊びに来たことあったろ。気配りのできるいい子だったのにな」


A「まあ、優しい子だったけど……でも最近さおり感じ悪いんだよね。私の目を見ないの。どうかしたのって聞いても、何でもないって言うだけ。ちょっとやな感じ」


父「疲れてんだろ。気にすんな」


A「んー……まあ、気にしてはないんだけどね。それより、なんか温かいものが飲みたいな」


父「ミルクティでよかったら淹れるぞ」


A「ミルクティ飲みたい! あ、シナモンとはちみつは入れないでね」


父「いいじゃないか。体にいいんだぞ」


A「私あんまり好きじゃないっていつも言ってるじゃん」


父「いいじゃないか、ちょっとくらい」


A「いつもめちゃめちゃ入れるくせに」


SE:ここからやかんで湯を沸かす音、茶器の音、ソファに座る音、紅茶を注ぐ音


A「あーっやっぱりはちみつ入れてる」


父「少なめにしただろ。シナモンは切らしちまった」


A「ふふっ、ちょっとは入ってないと父さんらしくないもんね。仕方ないか」


父「(ちょっとふざけて)文句があるなら飲まんでよろしい」


A「(ふざけて)飲みますぅ。いただきまーす」


SE:紅茶を飲む音


父「うまいだろ?」


A「うん、おいしい。(ふうっと息をつき、間をおいて)父さん、私、家にいる時間が一番幸せ」


SE:ソファのきしむ音


父「そうくっつくな、口紅がつく」


A「いいじゃーん。ねえ、父さんも幸せ」


父「うん、幸せだよ」


A「母さんのこともう愛してない?」


父「ああ、もう赤の他人だ」


A「(ちょっとうれしそうに)お兄ちゃんにも会いたくないの?」


父「あいつの話はするんじゃない」


A「(うれしそうに)そんなにお兄ちゃんのこと嫌い?」


父「あいつは父さんの子じゃない。あいつはもともと存在しないものだと思っているよ」


A「(嬉しそうに、ちょっと媚びるように)お兄ちゃん、可哀そう……」


父「父さんの家族はAだけだよ。父さんにはAがいればそれでいい」


A「うれしい」


A「うん……(うっとりと)ねえ、私、かわいい?」


父「そりゃかわいいさ」


A「世界一かわいい?」


父「宇宙一かわいい」


A「ふふっ、私も父さんがこの世で一番かっこいいと思うよ」


SE:おかわりの紅茶を注ぐ音


父「はいはい、お世辞なんか言わんでも、茶くらいいつでも淹れてやるぞ」


A「お茶淹れるだけぇ?」


父「(もそっと)……じゃあ、風呂、入ってくる」


A「うん。私もすぐ入るね」


SE:雨の音フェイドイン、間を置いて安っぽいアパートのドアの開閉音、帰宅する音


C「ただいま」


B「お帰り。あれ、花買ってきたんだ」


C「うん、ほんの少しだけど」


B「なんで急に?」


C「だって、今日、お父さんの命日だって言ってなかった?」


B「覚えてたんだ」


C「うん。お墓参りとか、行かなくていいの?」


B「……墓はないんだ。骨は実家に置きっぱなしなんだよ」


C「実家って、妹さん一人で暮らしてるんだよね?」


B「うん」


C「こういう日くらい、お線香あげに帰ったら? この花持ってさ」


B「もう、俺にはあいつは無理だ」


C「え? どういうこと?」


B「俺が小学校に入学したすぐあとに母親が男と逃げてさ、2歳の妹だけ連れて行って、俺は置いていかれたって話、したよな?」


C「うん。お父さんが一生懸命育ててくれたんだよね。お母さんが亡くなってから、お父さんが中学生になってた妹さんを引き取って、高校に通わせてあげたんだっけ」


B「……うん」


C「いいお父さんだよね」


B「父が善人だったからこうなったんだ……妹は切り捨てるべきだった」


C「え?」


B「妹は、もう父のことを覚えていなかった。あいつにとっちゃ他人に引き取られたも同然だよ」


C「別れたのが2歳だったんなら仕方ないよ」


B「……あいつ、絶対に俺たちに馴染もうとしなかった。家族の情なんて全然持つ気なかった。だから俺も可愛いとは思えなかった。でも、父は一生懸命家族として頑張ってたよ」


C「初めて聞くよ……妹さん、そんな感じだったんだ」


B「うん。でさ、気が付いたんだよ。俺、妹に嫌われてるって。最初はガキっぽいいじめみたいなことされてたけど、気にしないようにしてた。でも、なんか変なんだよ。裏で父にあることないこと吹き込んだりして、泣いて抱きついたりしてさ。(間)……あいつ、父から俺を引き離そうとしてたんだ」


C「なんで?」


B「俺もなんでだかわからなかった。父も妹がなんかおかしいってのは気づいてて、俺をフォローしてくれてた。妹はやっぱり母を亡くして不安定なんだろうって……ほら、里親に引き取られた子って、安心して暮らせる場所かどうか、問題行動をわざとやって里親を試すっていうだろ? あれだと思って、愛情不足だったんだろうって話してた」


C「大変だったんだね」


B「うん、父のことは今でも尊敬してる。父は俺たちをできるだけ平等に扱おうとしてた。父が俺に頭を下げて頼むから、妹にも極力歩み寄ろうと思ってた。でも妹は、父も俺も家族として受け入れるつもりはなかったんだ。俺は嫌われてるどころか、憎まれてた」


C「憎まれてるって……お父さんも?」


B「父は、……好かれてた」


C「そっか。やっぱりお父さんだからね」


B「(Cの台詞に被せて)違う」


C「え?」


B「あれは……娘が父親に向けるような愛情じゃなかった。妹は、実の父を男として見ていた。だから俺が邪魔だったんだ」


C「え……」


B「父が死ぬ前、夜中に父の部屋から喚き声がしたんだ。うるさかったんで見に行ったら、父がなんか一生懸命説得してるのに、あいつ……一人でぎゃーぎゃー喚いてて話にならなかった。俺、父を俺の部屋に引っ張っていって話を聞いたんだ。でも父は、妹とはもう一緒に暮らせない、としか言わなかった。……朝になったらあいつ、普通に朝ごはん作ってた。信じられるか、夜中あんなに喚き散らしといてさ、まじで普通。死ぬほど気持ち悪かった。そんで妹は無視しようってなってさ、父は知り合いのカウンセラーに会ってみるっていって家を出たんだ。俺も途中まで一緒に歩いて、駅で別れて大学に行って、それが最後ってやつで、……その直後に父は交通事故で死んだ。単なる事故だって警察では言われたけど、タイミングがあまりにもって感じで……目の前が真っ暗になった」


C「……そうなんだ」


B「妹は葬式も、その後もえらく冷静でさ、人のいないとこではずっと楽しそうに独り言言ってんだ……彼氏かなんかと話してるみたいに。俺のことは完全無視。俺はあいつが怖かった。だから俺、相続放棄して家を出たんだ。でも、罪悪感っていうか……石に押さえつけられてるみたいな感じがずっと取れなくて……」


C「……苦しかったんだね」


B「(間)……今日、ちょっとだけ、仕事帰りに実家に行ってみた。俺が出て行ってすぐ妹に鍵替えられたから、窓から覗いただけだけど」


C「どうだった?」


B「(呻くように)妹が紅茶淹れてた……一人でずっと甘ったるくしゃべりながら……気が狂ったみたいに、はちみつをスプーンに何杯も入れて……今、あいつ、自分だけの父と暮らしてるんだ」


SE:雨の音、フェイドアウト


――終劇

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