第20話 浅慮

「三人揃って部活はどうしたの? たしかバスケ部だったよね?」


 尾崎先生は不良生徒と言っていたが、彼女らは部活には真剣に取り組んでいる。様子を見に行ったこともあるが惰性で続けている風には見えず、ただの気まぐれでサボるとは考えにくい。


「うわっ、よく知ってるね~。もしかして生徒全員の部活わざわざ覚えたの? すごっ!」

「いやー、ちょっとすのさんに話があったからさあ。サボりじゃないよ? あはははっ!」


 何度か話しただけの俺に対し、彼女らは人懐っこい朗らかな笑顔で旧知の仲のように接してくる。こんな無邪気な少女達が裏では陰湿ないじめを一年以上も続けていると思うと、耐え難い吐き気が込み上げてくる。


「話……悩み事かな? 部活のこと? それとも進路とか? 俺で良ければ、なんでも相談に乗るよ」


 だが、いじめの加害者だからと感情に任せて冷遇するわけにはいかない。彼女らを説得するにせよ更生を促すにせよ、それなりの信頼がないと心に響かせることが出来ない。

 それに……まだ彼女らの言い分を聞いていない。もしかしたら、優菜さんが知らない彼女らなりの酌むべき事情があるのかもしれない。だからと言って到底許されることではないが、もしも彼女らの悩みやステレスがいじめに繋がっているのであれば、俺が何か力に――


「最近さぁー、瀧上がちょいちょい来てるでしょ。すのさん知ってるんだよね、うちらがやってること」

「――――っ!」


 全く変わらない飄々とした口調から切り出されたあまりにも直球すぎる言葉に、俺が懸命に張り付けていた笑顔が凍り付いた。

 しまった――とすぐに笑みを作り直すが、もはや手遅れだった。俺の反応は彼女らにとって予想通りだったようで、可笑しくてたまらないと言わんばかりの笑いがドッと沸き起こる。


「アッハハハハ! やっぱりぃ! すのさん分かりやすすぎ! やば、ウケるっ!」

「…………君達は……どうして、そんなことを……」


 こうなったら率直に聞くしかない。

 そう腹を決めて尋ねると、彼女らは友達同士の何気ない雑談のように和気あいあいとした雰囲気で矢継ぎ早に喋り出した。


「あのさぁー、誤解だって、すのさ~ん。ふざけて遊んでただけってゆーか、ちょっといじってただけだなんだけど~。ったく、大げさなんだよねー、あいつ」

「そーそー。瀧上さぁ~、めっちゃ被害妄想なんだよ。あたし達は悪くないって、すのさんはもちろん信じてくれるよね?」

「…………ッ」


 怒りと失望で頭が真っ白になりかけた。

 間違いない。罪悪感の欠片すらない彼女らの軽薄な態度で俺は確信した。昔、俺をいじめていた奴らと同じだ。彼女らの行為に、同情に値する理由は何一つない。

 自分の立場と、思い描くカウンセラーの理想像と、相手が女子高生であることが脳裏をよぎらなかったら、思わず怒鳴りつけていたかもしれない。


「……そうか……君達に、悪気はないんだね……それは分かった。だけど、君達にとっては遊びでも、相手が辛い思いをすることはあるだろう? 誰が悪いって言いたいわけじゃない。そういう嫌な経験は誰にでもあると思うんだ。君達にもあるんじゃないかな」


 本当は、形だけでも理解を示すことに抵抗があった。全て否定したかった。しかし、カウンセラーとしてこう答えるしかなかった。

 もしかしたら……彼女らは、まだ善悪を正しく判断できないだけで……気づかせることさえ出来れば、正してさえあげられれば、ちゃんと他者を思いやれるようになる。そんな一パーセントにも満たないかもしれない可能性を……立場上、俺は信じないといけない。


「えぇ~? うちらは別にないけどなぁ、そんなこと。さすがに相手が嫌がってたら分かるでしょ、普通。だよね? ね?」

「とーぜんじゃん。てかさー、もしかして瀧上ってすのさんに気があるんじゃない? だから被害者ぶってさあ、私可哀想なんです~つって構って欲しいだけなんじゃない?」

「あ~、それあるかも~。すのさんけっこーイケメンだしぃ。あんた天才じゃん」


 だが、俺の葛藤を嘲笑うかのように彼女らはへらへらと笑う。

 何がそんなに楽しいのか、何がそんなに面白いのか、少しも理解できない。


「……もしも逆の立場で……優菜さんと同じことをされたとしても、本当に君達は平気なのか……?」


 カウンセラーとしては、それでも彼女らと真っすぐ誠実に向き合わなければいけない。

 いや、仮に俺が彼女らの教師だとしても、親だとしても、友人だとしても同じだ。嫌悪して、見下して、歩み寄る努力を放棄して、対話を諦める。そんなことをしても、お互いの溝が深まるだけだ。

 そう思っているはずなのに……理性とは裏腹に俺の言葉から感情は抜け、彼女らに向ける眼差しに侮蔑と諦念が混じってしまう。

 そんな俺の心境を察したのか、彼女らは能天気で不快な馬鹿笑いをピタリと止めると、人が変わったかのように剣呑な表情で俺をキッと睨みつけた。


 しんと静まり返る室内。

 ピリピリと張りつめた険悪な空気。

 随分と長い時間に思える数秒を経て、少女の一人が明確な敵意を込めた低い声色で憎々しげに呟いた。


「……何それ…………うざっ」

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優しいあなたは、残酷な嘘をつく。 新実 キノ @niimikino

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