第4話 空がぼんやりと青白い街

 目を開いたとき、アンは街の四つ辻に立っていた。

 たくさんの人たちが、あっちからもこっちからもやって来て、四つ辻を通り過ぎる。

 夕方ごろだろうか。薄暗さや街の様子からはそう見える。

 しかし空は夕焼けにはなっていない。雨が近いときの晴れ空のように、ぼんやりと青白かった。

 アンは目を開いてもまだ息をつき続け、鍵を胸のところに軽く抱いたまま、あたりを見回した。

 ここはどこだろう?

 街を行く人たちの着ているものは、旧約聖書の時代のようとまではいわないけれど、ずいぶん素朴だ。街には二階屋が建ち並んでいるが、ところどころには柵や低い石垣で囲った庭や畑もある。

 あちこちに小さい豚がいて、人といっしょに元気に走り回っていた。通りを走り抜け、木の下に群がり、ちょこちょこと低い塀を乗り越えては家から出たり家に入ったりしている。だれも気にしないところを見ると、ここではそれが普通なのだろう。

 畑の脇や街路に生えている木肌の黒い木はりんごらしい。赤いりんごの実がいっぱいに実っている木もあった。

 ことばは通じるのだろうか?

 その疑問はすぐに解決した。

 男の子たちの四人連れが通りかかり、アンを見つけると走って寄って来た。

 「あれぇ、お姉ちゃん、何持ってるの?」

 「見かけない服着てるねぇ」

 「あ、それ、何? 宝物?」

 「見せて見せて!」

 無遠慮にアンのところに集まってくる。

 子どもたちは背が低い。手を伸ばしてもアンが握っている鍵に届かない。だから鍵に向かって飛びつこうとする。

 ことばは通じる。なれなれしさまでアンの知っているベリーズベリーの街の子どもたちにそっくりだ。

 アンはべつに鍵を隠すつもりもなかったが、手渡してなくされても困ると思った。

 この鍵がこの街への扉を開いてくれた。だったら、帰るのにもこの鍵は持っていたほうがよさそうだったからだ。

 「なあ、見せてよぉ」

 「意地悪することないじゃないか」

 そうやって男の子たちが騒いでいると大人たちが寄ってくるのも、これもアンがよく知っているベリーズベリーの街と変わりがない。

 「こらこら、何をやってるんだ?」

 「道のまん中で、じゃまだよ」

 寄って来た男たちに男の子たちがまたこたえる。

 「だって、この姉ちゃん、こんな服着てさ」

 「こんな背が高くてさ」

 「それになんか宝物みたいなの持ってるんだよ」

 「なのに見せてくれないんだ」

 「背が高くて」と言われたのが気になる。

 アンはお姉ちゃんよりは背が高い。でもそれはお姉ちゃんの背が低いのだ。アンが特別に背が高いわけではない。

 しかし、周りに集まってきた大人たちを見れば、たしかにみんなアンより背が低そうだ。

 ここではアンは背が高いほうなのだろうか?

 「うん? ちょっと見せてくれないか?」

 口髭をいっぱい生やし、帽子をかぶった、初老の男の人が言う。

 信頼できない人には見えなかったので、アンは右手でその男の人の前に鍵を突き出してみせる。

 手渡すことはしない。その男の人も手に取ろうとはしなかった。

 その男が首をひねりながら鍵を見ていると、ほかの男の大人も男の子たちの頭の上に身を乗り出して来る。

 二番めに身を乗り出した、鼻筋の通った男が、しばらく鍵を見ていて

「おい」

と声を上げた。目配せするようにほかの大人たちの顔を見る。

 あとの男たちも、うん、うんと頷く。

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