46:敵を退けた後の方がピンチだった?

 ミハイル様を始めとする騎士団の皆様の強気は決して虚勢ではなかった。

 そのことは、剣戟けんげきの音が鳴り始めてから僅か数分で証明された。


 アダナス兵がわたしだけに狙いを定めて詰め寄せるのに対し、騎士団は始めから彼らの逃げ道を塞ぐように立ち回り、確実に戦力を削ぎつつ包囲の網を狭めていく。

 たったの八名で。

 わたしの前で敵に立ち塞がったミハイル様とノイン君の粘りも凄い。

 一人で二人ずつを相手にしながら、その隙間からわたしに向かって抜けて来ようとする者があれば、それを狙い澄ましたように斬り伏せる。


 相手が劣勢を意識したときには、すでに狩る者と狩られる者の立場は完全に逆転していた。

 大人と子供の勝負。というより、その一部始終は、わたしの目にはまるで魔法か何かのようにさえ見えた。


 実はミハイル様は、始めからこの現場検証の場にアダナス兵、あるいはルギスの息が掛かった雇われの者たちの襲撃があることを予期していたらしい。

 騎士団による現地調査を王に具申したとき、あのルギスが横合いから、編成は少人数で行く方が良い、と口出ししてきたという。

 国境付近でこれ見よがしに兵を動かし、アダナスを無駄に刺激しないほうが良い、という助言は確かに理に適っているものの、騎士団による介入を邪魔するでもなく、むしろ推し進めるように賛同するルギスの言動に、ミハイル様は怪しい臭いを感じ取ったのだ。

 全てが片付いた後で、わたしはミハイル様からそういった経緯を教えてもらった。


 そんな勇猛で周到な騎士団の人たちを動揺させる出来事は、四十人の──実際は彼らの脅し文句よりも少なく三十人しかいなかった──アダナス兵を壊滅させ、投降者への尋問を行っているときに起きた。


「どうします? こいつの言ってることが本当なら、もう間に合いませんよ」

「ここからどんなに馬を飛ばしても王都まで二日は掛かりますからね」

「……とりあえず、国境にいる軍に伝令だ。王都から届くどんな積み荷も、王からの命令であろうと、それを魔法士隊に与えるなと」


 魔法の威力を飛躍的に高めるメフィメレスの秘薬。

 その中身は、一度体内に入れれば魔法を使えば使うほど精神を病み、あのヘンクさんのような廃人となってしまうという全くの失敗作だった。

 何の代償も支払うことなく強力な力を手に入れられるような、都合の良い完全な秘薬など、初めから存在しなかったのだ。


 メフィメレスの秘薬は、二年前に一度だけ、確かに華々しい戦果を上げたが、その後は逆にアダナス帝国の魔法士隊の戦力をむしばむことになった。

 そのことが明るみになったルギスは、アダナスでの立場を失い国を追われた。

 そして、オリスルトに対しては秘薬の致命的な欠陥が隠されたままであることを良いことに、タッサ王に取り入り、亡命を果たしていたのだった。


 そういった真相は、捕らえたアダナス兵を尋問してすぐに裏取りができた。

 そこまでの話は、ミハイル様たちの推測のとおりだったのだけれど、問題となったのは、その薬がすでに大量に完成していて、今日や明日にも全土の王国魔法士隊に配給されるという情報が得られたことだった。


「ふっ、我らを退しりぞけたとてもう遅い。最も大事となるこの時に、王の側から騎士団を遠ざけたことで、すでに趨勢すうせいは決しておるのだ。魔法士隊を失ったオリスルトが、我らアダナスの攻勢をしのげるものか」


 捕らえたアダナス兵の一人が勝ち誇ったように笑う。


「いや、でもよう。だったら相手だって同じだろ? 失敗作の薬を飲んで、魔法士隊を失ったから二年前のアダナスは勝ち戦から兵を退いたって話だったんじゃ?」


「いいえ、ノイン様。だからアダナスは二年待ったのです。薬を服用していない魔法士の訓練兵を戦力として使えるようにする育成期間と、ルギスがこの国で王の信を得るために必要だった時間が、この空白の二年間だったのでしょう」


「うむ。この国にとっては待ち望んだ魔法士隊の強化だ。ルギスにしてみれば、失敗作であることがバレる前に、王国全土の魔法士に一度に薬を服用させる必要もあった。研究するふりをしていたのは、薬を大量に揃えるまでの時間稼ぎの意味もあったのだろうな」


「お、落ち着いてる場合じゃないですよ、団長。だったら今すぐ伝令を走らせないと」

「ノイン。お前ちゃんと聞いてたか? 今からどれだけ馬を走らせても間に合わないんだよ」


 エッガースさんが、ヤレヤレといった顔でたしなめる。

 ノイン君は何か言い掛けたが、反論する言葉が思い浮かばなかったのか、そのまま唇をきゅっと結び顔をうつむかせた。


「いいえ、ノイン様の言うとおりです。何もせずに諦めるべきではありません。王都にいる魔法士のかたたちは救えなくとも、一人でも多くの魔法士に秘薬の危険を伝えるのです。王国全土の、各領主に仕える魔法士の方々が無事であれば、当座の防衛は為せるのでは?」


 わたしは、まるで全てが手遅れであるかのように消沈していた騎士団のかたがたを奮い立たせようと弁を振るった。

 女のわたしがいくさまつりごとに口を出すなど、分をわきまえないことだと分かっているけど、せめて言葉で勇気付けようと。

 何より、何もせずに諦めるなんて、わたしには耐えられなかった。


「アシュリー……。そうだな。できることをやろう。エッガース、シュルツ、知恵を貸せ。どのようにすれば各地の領主を説得できるかと、優先的に伝令を回すべき地域とルートを考えるんだ」


 ミハイル様が団員のかたにテキパキと指示を始める。

 その様子を見て、わたしはホッと胸を撫で下ろす。


「ふんッ、まったくお前って奴ァ、往生際が悪ィ。能天気なくらい前向きだし、ほんと見てて退屈しねェよなァ?」


 騎士団の面々が士気を高め、忙しく準備を始める中、わたしの足元から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 粘りつくような独特の言い回し。

 気に障るけど、妙に憎めない愛嬌あいきょうを感じさせるこの声は──?


「貴方⁉ 生きてたの⁉」

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