30:手に入れた情報

「君は私の想像より遥かに思い切りの良い性格だったようだ」


 わたしが一通り説明を終えたあとの、ミハイル様の第一声がそれだった。

 わたしの方はそれを聞いて、ミハイル様貴方という人は思いのほか皮肉屋でいらっしゃったのね、と思った。

 言葉を飾らずに言えば、考えなしのお調子者──思慮分別を良しとされる貴族女性にあるまじき粗雑な性格を隠しておいででしたね──と言われたようなものなのだから。


「あっ、あのまま黙っていたら殺されていたのかもしれないのですからっ。必死にもなろうというものですっ」


 もはやわたしに取り繕うべきことなど何もない。

 わたしは、腕を組んで思い切り不機嫌にしてみせた。

 自分の無様は心得ておりますから、このうえ糾弾は無用ですと示すように。


 それに対し、ミハイル様はプッと噴き出し、笑って応えたのだった。


 なんてことなの。

 いくら、わたしがもう王子の婚約者ではないただの伯爵令嬢に過ぎないからといって、それは一般的な礼すら欠いているのではありませんか、ミハイル様?

 そうだ、ミハイル様。

 貴方はわたしに……、その、こ、好意を、お寄せだったはず。

 幻滅したからといって、本人の前でそれをあげつらってわらうなんてあんまりです。


「笑いごとではありませんよ、ミハイル様」


 わたしが続けてそう言うと、ミハイル様はいよいよ堪えきれなくなったというご様子で、お腹を抱え、笑い声を誤魔化すように不自然に咳込み始めた。


「ああ、いや、すまない。笑ったわけでは……、くっ……、くふっ、ふっ……」

「笑っております。明らかに笑っておりますよ? ミハイル様だって、メフィメレス家の陰謀を憂いていらしたではございませんか」


 わたしが言いたかったのは、同じ状況になればミハイル様だって、多少危険を冒してでも潜入を試みたでしょ? ということだ。

 案の定というべきなのか、ミハイル様はメフィメレスの名が出ると、ようやく落ち着きを取り戻し、目元をぬぐって椅子に掛け直した。


「すまない。むくれる君の様子があまりに意外で可愛らしかったもので、つい」


 かっ、可愛ら……、ええっ⁉ なんなの?

 そんなさらりと、人を惑わすようなことを……!


「この密書については本当に感謝している。思い切りが良いと言ったのは、君のその性格に救われたと思ったからだ。こんな場ですまないが、騎士団を代表して礼を言わせてもらう。ご協力感謝する」


 わたしの動揺をよそに、ミハイル様はすっかり騎士団長のミハイル様の態度に戻り、真面目な話を始めていた。

 一瞬前にご自身が口にした軟派な台詞のことなど、きれいに忘れてしまったみたい。

 こっちは自分の顔が赤くなっていないか気になって仕方がないというのに、……酷いわ。


「実は、私たち騎士団が行方を追っていた、我が国の魔法士の居場所が記されているようなのだ。この書簡には」

「……魔法士……、我が国、オリスルトの者ですか?」


「そうだ。半年ほど前、タッサ王からルギスに対し、メフィメレス家が持つ秘術の力が誠かどうか、示して見せよと命が下ってな。ルギスは我が国の魔法士の一人を被験者として、その男が持つ魔法の力を飛躍的に高めて見せたのだ」

「そんなことが……」


「ああ。極秘のことだから、表向きは王と側近ぐらいにしか知られていない。だが、王の前で披露された魔法は、確かに従来のものとは比較にならぬほど強力なものであったそうだ」

「それは……、この国にとっては大層えきになることでしょうね」


 偽りではなかったのか。

 その力があればきっと、オリスルトとアダナスの戦力差が埋まるはず。

 王子が気に病んでらしたこの国の危機的状況、それを解決できるのだわ。


 そこまでのミハイル様の説明で、わたしは暗い気持ちになっていた。

 それでは仮に、ヴィタリスが嘘をついていて、彼女が非道で手に負えない悪女であるという事実を知ったとしても、国王様は国を守るためにメフィメレス家に味方するはず。


「王の信用を得たルギスは、この王国のどこかに屋敷を与えられ、秘術に必要な薬を大量に調合する準備を進めているという。国防上の重大機密ゆえ、その屋敷の場所はずっと秘匿されていたのだが、この書簡に書かれた手掛かりを用いれば、その場所を突き止めることは容易だろう」

「お待ちください。王の信を得てなされていることなら、それを暴いて突き止めることにどのような義があるのでしょう?」


 わたしがそう言うと、ミハイル様は驚いた顔をなされた。

 そしてご自身の前髪をき上げ、少しはにかむようにして笑う。


「うむ。やはり殿下が自慢なされていたとおり、さといお人であるな」


 ちょっ、またっ。

 褒めたり、けなしたり……、人をからかうのはやめていただけます?

 うつむくわたしの動揺を知ってか知らずかミハイル様は説明を続ける。


「王の前で強化された魔法を披露してみせた、その魔法士の男の行方が知れぬのだ。ルギスは自分の研究を手伝ってもらっていると言うのだが、その男、もう半年以上誰にも、家族の前にも、顔を見せぬという……」

「それだけ秘密を厳重になされているというだけでは? 関わる者を最小にして、関係者をなるべく外に出さぬようにするのは、秘密を守る上では鉄則かと」


「その男の家族から騎士団に請願があったのだ。姿をくらます前の男の様子が、その……、異様であったと」


 異様という言葉でボカされたけど、ミハイル様がそこに不審を抱くぐらいには、それは異様であったに違いない。

 単に体調が悪そうだったとか、その程度の話であればそんなところで言葉は濁さないはずだった。


「……何が行われているのでございましょう?」

「分からない。だが、その謎もこれでようやく解けるに違いない」


 ミハイル様はわたしから受け取った小箱を手で撫でさすった。


「私はルギスの秘薬には何らかの副作用があるのではないかと考えている。亡命してきたルギスの知識だけでは完全な薬を調合できないのかもしれない。この密書の内容は私のその考えを裏付けるものだった」

「では、それを持ってタッサ王に直訴を?」


「いや、これではまだ足りん。確かにこれは真実に肉薄するものであるが、ルギスの悪意までは証明できない。仮にも、王やそれに近い者たちの不明を指摘することになるのだ。もっと、言い逃れできぬ致命的な証拠を掴む必要がある。手遅れになる前に」

「手遅れ……?」


「ああ、アシュリー。君や父君には不安な思いをさせるが、少しの間我慢して待っていて欲しい」


 わたしはミハイル様がいつの間にか、わたしの名前を気安く呼び捨てにしていることに動揺し、直前に耳元をかすめたとある違和感のことを意識の外に追いやってしまう。

 だって、今の声音こわねいとおしげな目線のくれ方なんて、まるで想い合った恋人同士みたいじゃない。

 あれで動揺するなというのは無理な話よ……。

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