17:王子と騎士団長

「いつからそちらに?」


 わたしが驚いてそう言うと、リカルド様は顔をほころばせて、ミハイル様の太い二の腕をポンと叩いた。


「すまんすまん。お前が女性たちとどのように話をするのかと思って見守っていたのだ。相変わらず固いな」


 それはわたしの知らないリカルド様のお姿だった。

 お二人は昔からのご友人だとは聞いていたけど、臣下であるミハイル様とこれほど親しげにお話しなさるとは。


「俺を探していたのか?」


 違う、とも言えずにわたしは話を合わせる方法に思いを巡らせる。


「ええ、はい。実はリカルド様宛のお手紙を預かっておりまして……」


 と、そこまで言って、その手紙はリゼの身体に持たせたままにしてきたことを思い出す。

 それに王から禁じられている二人の手紙のやり取りを、ミハイル様が仲介したのだと知られてしまっては事だった。

 自然と首を後ろに返し、聞き耳を立てている女性たちの方を見てしまう。


「なんだ、堅苦しいな。……ああ、そうか。場所を変えるか」


 リカルド様は女性たちに向かって、すまないね君たち、と手慣れた様子で別れを告げるとさっさと歩き出して行ってしまった。

 わたしはそれに遅れじと速足でその後に続く。

 背中からは、先ほど面と向かって話していたときの何倍も大きな声でキャッキャと騒ぐ女性たちの声が聞こえていた。


  *


 人気のない庭に出たところでリカルド様が振り返る。


「どうした? 元気がないな。アシュリーとは会えたのだろう?」


 リカルド様の口から出るわたしの名前にドキリとする。

 それではリカルド様は、ミハイル様がわたしに会おうとしていたことをご存知だったということ?

 事情を知らないわたしが勝手に驚いていると、リカルド様が手を差し出してきた。

 それが、先ほどわたしが口実にした手紙を受け取るための手であることを察する。


「あ。し、しまったー。預かった手紙を置いてきてしまったー」


 他にどうしようもないので、わたしはわざとらしく頭を掻いて笑ってみせる。


「プッ。なんだよ。それは、お前らしくもないな」


 考えてみれば不思議な気がした。

 婚約破棄を言い渡されて、無期限の謹慎となって……。

 もしかしたら、もう一切お話しすることができないと思っていたのに。こうやってまた、リカルド様と二人でお話しすることができている。

 わたしの方はミハイル様としてだけれど。


「アシュリーの様子はどうだった?」

「げ、元気そう、だった、ぞ?」


 ミハイル様が普段リカルド様にどのような口調で話をされているのか分からないので、わたしの物言いは実に恐る恐るといった感じ。

 不審がられるかもしれないけど、まさか、中身がわたしだなんて思うはずがないわよね、と自分を勇気付ける。


「そうか……。手紙は、もし次に渡されることがあっても、お前の方で処分しておいてくれ」

「え、処分……。そんな……」


 どうして?

 わたしとは、もう手紙ですら関わり合いになりたくないということですか?


 アシュリーとしてのわたしが動揺する。

 それにミハイル様のわたしがどう答えるべきなのかも、まったく頭が回らない。

 ただ動揺して、わけが分からなくて、悲しかった。


「本当は今日もわざと忘れてきたのだろ? 俺に読ませまいとして」

「どうして、そんなこと……」


 ミハイル様が、リカルド様にわたしからの手紙を読ませたくない……なんて、どうして……?


「読めばきっと、俺にまた心残りが生まれるからだ。……俺に言わせるなんて意地悪だな、今日は。そうやって俺のことを責めてるのか?」

「そんな……つもりは……」


 本当はそのとおりだった。

 アシュリーとして、わたしの手紙を拒んだリカルド様のことを恨めしく思う気持ちは確かにあった。

 でも、リカルド様がお話しになっているのはではない。ミハイル様だ。

 ミハイル様が、リカルド様のことをお責めになるなんて、その理由がわたしには見当もつかない。


「いいんだ。それだけのことをしたんだ、俺は。分かってる」


 辛そうなお顔。

 そんなお顔をしないでください、と心の中で願ってしまう。

 そんなお顔を見たら、わたしにも心残りが生まれてしまいます。


「けど、お前がそんな様子で安心したよ」


 寂しげな印象は拭えない、けど、リカルド様は以前わたしに向かってよく見せてくれたような優しい笑顔を作っていた。

 ミハイル様の方が上背があるので、こちらを若干見上げるようにするリカルド様の笑顔は、見慣れていない角度のせいで少し戸惑ってしまう。


「どういう、ことです?」


 自分でも今のわたしがミハイル様らしくない振る舞いなのは分かっていた。

 今、この場でリカルド様とお話ししているのは、間違いなくアシュリーだ。

 気持ちの整理が……、考えがまとまらなくて、演技をする余裕なんて、とうに失くしていた。


「どうって? 昨日までのお前だったら、是が非でもアシュリーの手紙を俺に読ませてヨリを戻させようとしてただろ? 気付いてないのか、自分で。お前は、意気地のない俺なんかには、彼女を任せておけないって思ったってことだよ」

「そんな……ことは……」


 わたしは反射的に話を合わせながら、とても落ち着かない気持ちになっていた。

 どういうこと?

 この話って、まさか、そういう……?


「アシュリーのことを、頼む。お前になら任せられる」


 リカルド様がわたしに向かって頭を下げる。


「わたし⁉ いや、えっ、俺に⁉ ……なんで?」

「おい、またとぼけるつもりか? 言っとくが、ネタはもう十分上がってるんだぞ?

 ……そうだよ。もう、俺に気を遣う必要は……、隠す必要はないんだ。彼女を幸せにしてやってくれ。俺にできなかったことを全部、お前が……。……っ!」

「リ⁉ リカルド、様……」


 はじめ少し冗談めかした口調でしゃべっていたリカルド様は、話の途中から感情をたかぶらせて、最後には感極まったようにわたしの……、ミハイル様の両腕をつかみ、すがりつくようになさった。

 お顔を伏せていて、どんな表情をされているのか分からなかったけど、それを覗き見るようなことは、わたしにはとてもできず……、ずっと棒立ちになったままで、そのお姿を見守っていた。


 お可哀そうなリカルド様。

 できることなら慰めて差し上げたい……。


 けれど、同時に、その気持ちの裏側では、ミハイル様がわたしに向けていたらしい恋慕を知った驚きによって、感情を混沌とさせていた。


 わたしに対し、あのミハイル様が密かに想いを寄せていらした、なんて……。


 それなのにわたしは、そんなミハイル様のお気持ちも知らずに、あられもない姿でミハイル様にすがって助けを求めてしまったのだ。

 知らなかったこととはいえ、わたしはなんて……、なんて残酷で、無神経な女なのだろう。

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