メフィメレス家の陰謀を暴くのよ

16:ミハイル様のお身体でできること?

 硬い地べたに寝かせたままにしておくわけにもいかないので、わたしはを抱えてベッドの上に連れていくことにした。

 まさか、自分で自分の身体をお姫様抱っこすることになるとは思いもしなかった。

 けど余計なことを考えると、またミハイル様の身体が熱くなってしまいそうだったので、急いで、無心で持ち上げる。

 ちゃんとした体勢で持ち上げれば、さすがはミハイル様の鍛えられた肉体である。

 華奢な女性一人を持ち上げ、ベッドまで運ぶのは容易かった。

 ベッドの前ではどうすべきか少し迷ったけど、寝ているリゼの横にわたしの身体を並べて置く。


「…………」


 こんなところ、誰かに見られようものならミハイル様の身は破滅してしまうに違いない。

 女性の寝所に忍び込み、二人の若い女性を昏睡せしめて舌なめずりする男。

 絵面がもうヤバイ。

 これはいくら美丈夫のミハイル様でも許されないんじゃない?

 わたしは、絶対に誰にも見つからないように神経をとがらせて屋敷から抜け出した。


  *


 先刻リゼが門前払いを食らった王宮の通用門も、騎士団長のミハイル様なら、何の誰何すいかも受けずに顔パスだった。

 少し緊張しながら近付いたのだけど、門番の男の方がコチコチに凝り固まった敬礼をしてわたしを通してくれた。


 順調順調。

 だけど、王宮の中に入ってからわたしは途方に暮れる。

 どこに行って何を探ればいいのかしら。

 まず会うべきはリカルド様?

 それともヴィタリスかルギス?


 リカルド様のお心を確かめたい気持ちはある。

 あの日、あのときのキスは、わたしへのお心を残していたためになさったものでしょうかと。


 でも、時間が経つにつれ、そんなことは今さら言葉にして確かめなくともよい、という気持ちが強くなりつつあった。

 結局、王子はわたしよりもお立場を、国の行く末を優先したのだ。

 それに、仮に翻意を促して、それが叶ったとしても、多分今のリカルド様には事態を動かすお力がない。

 タッサ王を説得しないと。

 ミハイル様の読みどおり、メフィメレス家が何か悪い企みを抱えてこの国に亡命してきたのなら、それを究明してタッサ王にお伝えしなければ。


 やはり、会うべきはヴィタリスね。

 ヴィタリスはミハイル様にベタ惚れみたいだったし、ミハイル様が色仕掛けで迫れば、メフィメレス家の弱みだって簡単につかめるんじゃない?

 わたしにはそんな根拠のない楽観があった。


 ヴィタリスに会うにはどうしたら良いか、と思いながら広い回廊で立ち止まり周囲をキョロキョロと見回していると、こちらに向かって歩いてくる一人の女性と目が合った。


 あっ。えーと、確かこの子はベス、だったかしら。

 虫が苦手で、だから毎日庭の掃除を言い付けられないようにする方法をいろいろと悩んで考えてる、なんていう話を聞かせてくれたっけ。

 まず、この子にいてみよう。

 そう思って一歩踏み出すと、ベスは、キャッと叫んで逃げ出してしまった。


 あれー?

 何にもしてないのに、こんな反応?

 まだ口を開いてもいないのに?

 ごめんなさい、ミハイル様。

 向かい合う距離の問題ではなかったかもしれません。

 宮中の女性たちからこれほど怖がられていたなんて。

 わたしは、ミハイル様への同情を禁じ得ない。


 ……あれ?


 けど……、そんな恐れられているミハイル様なのに、周囲にはやたらと女性の姿が多いのは何故だろう。

 大抵、二人か三人が固まって、遠巻きにしながらこちらの様子を窺っていることにわたしは気が付いた。

 これはもしかすると、みんなミハイル様とお近づきになりたいけど、他の女性から反感を買ってしまうので躊躇ためらっている、という感じかしら。

 美しい男性をでていたいのと、あわよくばミハイル様の方から話し掛けていただくのを待っている?

 すると……、さっき逃げられてしまったのは、話し掛けようとした相手が悪かったのだ。

 下女ではなく、狙うべきは美しいドレスを着た貴族女性。

 それも、一人ではなく、三人組みになっているところが狙い目だ。


 わたしは遠くから目星をつけた女性たちに向かって歩いていく。

 正直言うと、わたしは自分と同じ貴族女性のかたとお話しするのが少し怖かった。

 リカルド王子の婚約者であるわたしは、彼女たちのやっかみの対象だったからだ。

 だから、リカルド様がお側にいないときに、わたしが宮中でお話しをする相手は、貴族女性ではなく、ヨナやベスのような下働きの下女たちであることが多かった。


「すまない。君たち、教えてくれないか?」


 今はミハイル様であるわたしが近づくと、彼女たちはあからさまに嬉しそうな表情になってモジモジとし始めた。

 互いに身体を押し合って、前に行かせようとしている。

 遠慮しているように見せながら、意中の男性とお近づきになるチャンスに心をときめかせているに違いなかった。

 可愛らしい、と言えばそうだけど、少し尋ねごとをされただけで、どうにかなるものでもないでしょうに。

 それに、今のミハイル様の中身はわたしなのだ。

 そんなにシナを作ってアピールしても意味ないんですよ、と教えてあげたい。


「どうされましたか? ミハイル様」


 彼女たちの押し合いにようやく決着がついて、中の一人が応答を返してきた。

 えっとー、ヴィタリスの居場所を……。

 頭の中でもう一度質問の仕方を考え直したとき、ふと不安な気持ちになった。

 彼女らの前でわたしが……、ミハイル様が、ヴィタリスの名前を出したらどうなるだろうか……。

 宮中の噂話が大好きな彼女らのことだ。不用意に発した言葉が一人歩きして、ミハイル様がヴィタリスに恋慕している、なんて噂が立つことになりはしないだろうか。なんとなく、そのことに胸がざわついた。


「リカルド殿下が、今どちらにいらっしゃるか知らないか? どこかでお見かけしなかっただろうか?」


 あー、馬鹿馬鹿。

 そんなこと訊くつもりじゃなかったでしょ、アシュリー?

 でも、もう遅い。ヴィタリスのことは歩き回って自分で探すことにして、とりあえず彼女らとの会話は適当に切り上げよう。

 内心悶々としながらそんなことを思う。けど、目の前の三人はなかなか質問に答えようとせず、互いに顔を見合わせながらクスクスと笑い始めた。


 なになに?

 なんだか感じが悪いわ。

 知らないなら、知らないってだけ言ってくれればいいのに。


 正直ちょっといらついたけど、ミハイル様であるわたしは、彼の誠実で真面目なイメージを壊すわけにもいかないので辛抱強く待つしかなかった。

 ミハイル様でいるのって、結構つらいのね。


「あの……、ミハイル様……。お後ろに……」


 小鳥がさえずるように小さく控え目な声で女性たちの一人がそう言い、わたしの身体の後ろを覗くような素振りをする。

 あ……、彼女たちが笑っていた理由が分かったわ。

 振り向くと、わたしのすぐ後ろにはリカルド様が悪戯めかした顔で待ち構えていたのだ。

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