KAC20228 「おもしれー女に私はなる!」とか友人が言い始めて頭が痛いんだけど

無月兄

第1話

 先生から配られた、進路希望調査票。これに、どこに進学、あるいは就職したいかの希望を書かなければならないけれど、まだ高校一年生の私達にとっては、とても未来のことのように思えた。


 とはいえ、何も書かないわけにはいかない。他の子は、どう書いているだろう。ふと、隣の席に目をやると、友人の陽子が、早速それに記入し始めていた。自然と、何を書いたか確認してしまう。


【第一志望 お笑い芸人】


「ちょっと待ったーっ!」


 書かれている内容を見て、思わず声をあげずにはいられなかった。


「どうしたの、急に大声出して」

「どうしたのはこっちのセリフ。お笑い芸人になりたいなんて、あなた本気で言ってるの? 今までそんな話、一度もしたことはないじゃない」


 びっくりして問い質すけど、もちろんお笑い芸人だって立派な職業だ。陽子が真面目に考えているなら、私がどうこう言う権利はないんだけど、実際のところどうなんだろう。


「もちろん本気だよ。だって、モテたいんだもん」

「よし、どうこう言うの決定!」


 じっくり話を聞こうと思った私の気づかいを返せ!

 まったくこの子は。一生を決めかねない大事な進路をなんだと思っているんだ。


「だいたい、なんでモテたいからってお笑い芸人なのよ。なっても全然モテない……なんて言ったら女芸人さんに失礼だけど、そこまでモテる職業ってイメージでもないでしょ」


 すると陽子。よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、ふっふっふと鼻をならす。なんか腹立つんだけど。


「昨日、日曜で休みだったでしょ。せっかくだから、持ってる少女漫画を一気読みしたんだ」

「それがなんなのよ?」

「そしたらね、ヒーローポジションやってる学校一のイケメンが、主人公の女の子に言ったの。おもしれー女って」

「……それが、なに?」

「慌てない慌てない。まだ話は続くんだから。その後ね、持ってる女の子向けラノベを一気読みしたの。ヒーローは、ある国の王子様。そのヒーローが、主人公の女の子に言ったの。面白き女だなって」

「…………それで」

「それからね、乙女ゲームを一気にプレイしたんだ」

「あんた、1日でどれだけ多方面に手を出したの?」


 ここまでくると、どんな話が出てくるかだいたい予想がつくけど、こうなったら最後まで聞いてやろうじゃない。


「ヒーローキャラの一人で、ゴリラの獣人って設定のキャラ言ったんだ。『オマエ、オモシレーオンナ』って」

「なんか予想してたのと違ったー!」


 ゴリラの獣人がヒーローって、需要あるの? 言葉が通じ合うかもギリギリっぽいじゃない!

 だけど陽子は、1日でそれらを全て体験した結果、確信したらしい。


「結局、おもしれー女が一番モテるんだよ。たとえイケメンの隣に美人で家柄が良くて教養のある女の子がいても、ポッと出のおもしれー女があっという間に恋人ポジションを奪い去っていくの」

「そう聞くと綠でもないわね、おもしれー女。美人で家柄が良くて教養のある女の子がかわいそう!」

「だから、おもしれー女に、私はなる!」

「それで目指すのがお笑い芸人!?」


 ダメだ。そもそも、その手のジャンルに出てくるおもしれー女とお笑い芸人とでは、根本的に何かが違う気がする。


 百歩譲って同じだったとしても、こんなことで大事な進路を決めていいはずがない。

 ほら、先生も私達の話を聞いていたみたいで、どうすりゃいいんだってかんじで頭を抱えているよ。


 えっ。俺の手には終えそうにないから、何とかしてくれって? こんなこと、生徒に丸投げしないてよ!


 だけどここまでガッツリ関わったんだから、今さら知らん顔なんてできないのも事実だ。

 諭すように、陽子に向かって言う。


「ねえ、陽子。あんたの理想のヒーローって、どんなタイプ?」

「うーんとね。やっぱり優しい子。柔らかい印象で、暖かな包容力のある、超スーパー美形なイケメンかな」

「……うん。あんたがメンクイなのはとりあえず置いておこう。だけどさ、あんたが読んだ少女漫画に出てきた学校一のイケメンって、どんな性格だった?」

「えーと。強引で口が悪くて自分勝手で、あと女の子は自分に興味があって当然みたいに思ってる、所謂俺様系」


 やっぱり。続けてさらに質問する。


「ラノベの王子様はどうだった?」

「それも、俺様系だったかな」

「でしょうね。いい、陽子。おもしれー女って言ってヒロインに言い寄ってくるのは、大抵が俺様系。でもね陽子。あなた、さっき優しくて柔らかな印象の人が好きっていったじゃない。なのに、俺様系相手にそんなにモテたい?」


 それを聞いて、陽子はようやく、うーんと悩みはじめた。


「言われてみれば、俺様はどちらかというと苦手かな周りに女の子を侍らせてるのも多いけど、私だけのヒーローがいい」

「ついでに一応聞いておくけど、ゴリラにはモテたい?」

「ううん、全然」

「でしょうね!」


 じゃあなんであんな乙女ゲームをプレイしたんだ!

 思わずそう言いたくなるけど、それは置いといて、そろそろ結論に移ろう。


「そうでしょ。つまり、あなたの望むヒーローは、お笑い芸人になってもやってこないの」

「そ、そうだったんだ!」


 もちろん、お笑い芸人になっても俺様系にモテるとは限らないし、優しい系のヒーローだって、「君、面白いね」とか言うことがあるけどね。

 だけど陽子の中では、それで納得がいったらしい。


「ありがとう、おかげで目が覚めたよ。わたし、おもしれー女になるのやめる!」

「いや、あんたは既に十分おもしれー女だから!」


 こうして、陽子の人騒がせな進路希望騒動は幕を閉じた。

 まあ、がんばれ陽子。いつか、あなただけのヒーローが現れるその日まで。







 だけど私は気づいていなかった。教室の真ん中でこんなことを繰り広げている私を、一人の男子生徒が見つめていたことに。


「あの陽子って子のボケもさることながら、その全てにツッコミを入れていくとは。おもしれー女」


 どうやら私も、人知れずおもしれー女になってしまったらしい。

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