第7話 戦闘団始動


 

 3日間の休養期間はあっという間に過ぎていった。

 

 「行ってくる」


 エルンハルトが玄関先でそう言うと、


 「必ず、帰ってきて」


 エプロンを掛けたままのレノアに抱きしめられた。


 「時間に遅れてしまう」

 「ん、わかった」


 腕をほどいたレノアの顔は、泣くのを我慢しているのか変に引きつっていた。


 「泣きたかったら泣け」

 

 我慢するなと言うと彼女は、首を横に振って


 「戦地に行く人を見送るのに、涙は見せられない」


 泣くことを否定した。


 「そうか。戦地に行く人を見送るからこそ、ありのままの姿を見せるべきだと思うんだがな」


 もう会えないかもしれないからこその別れの仕方もあるだろう。

 それでもレノアは涙を見せなかった。


 「行ってらっしゃい」

 「ああ、クリスマスまでには必ず帰る」


 エルンハルトが玄関から出ても彼女は手を振るのを止めなかった。

 帝都や大きな街は爆撃の被害が深刻で鉄道網が寸断されていたから、帝都防空艦隊の航空基地から空路で行くことになっていた。

 家を出て少し歩いたところで車が目の前に止まった。


 「少佐、お乗りください」


 基地までは迎えの車で行く手筈になっていたが、待ち合わせの場所を決めていなかったため運転手は探しましたよと言いたげな顔だった。


 「手数をかけてすまない」

 

 そう謝って車に乗る。

 基地までの道のりは、およそ20分程度だった。

 基地のそばに来るとちょうど、多数の戦闘機が離陸していくところだった。

 

 「昼間爆撃の邀撃に向かうみたいですね」


 運転手が、空を見上げながらそう言った。

 基地を蹴って飛び上がっていくのはbf109F、109G、109Kといった機体だった。

 大凡40機、戦力単位で言えば一個飛行大隊相当する機数が北へと向かって飛んでいく。

 昼間爆撃を行っているのは前例通りなら合衆国軍の爆撃機なのだろう。


 「どれ程が無事で帰ってくるのか……」


 合衆国軍の爆撃機は、防空戦闘能力や防弾性に優れており撃墜は容易ではない。

 

 「少佐は、アウスブルクで経験されたんですね?」

 「ああ、あの日参加した第3航空艦隊の邀撃部隊も多数が撃墜されていた」


 火を噴きながら墜ちていく味方機の光景がエルンハルトの脳裏をよぎった。

 

 「おかげでアウスブルクの軍需工場は守れましたけど」

 「こんなのが連日ある帝国北方の航空部隊の損失は、さぞ大きいのだろう」


 機体や人員の補充が、連日の爆撃に追いつくはずがなかった。

 

 「少佐、そろそろ行かれたほうが良いのでは?」


 運転手が自身の時計をエルンハルトに見せた。

 戦闘機を見ているうちに、予想以上に時間を食ったらしかった。


 「そうだな、世話になった」


 エルンハルトは鞄から支給品の煙草を出して渡した。


 「え、いいのですか?」

 

 運転手の視線は、俺と煙草の箱とを往復した。


 「あいにく俺は吸わない。もっていけ」

 「では、ありがたく頂戴します」


 そう言った彼を尻目にエルンハルトは降車する。

 警備の兵士にケンカルテを見せて基地内に入り、駐機場に向かう。


 「あれか」


 空軍関係者に案内された輸送機がそこに駐機していた。

 6機のエンジンを持つ大型の輸送機、Me323だ。

 最高速度が低い分、航続飛行距離が長いのが特徴の機体で物資の輸送量もかなり多い。

 輸送機の前には、二十名余の人が集まっていた。

 

 「同乗する技術スタッフです。よろしくお願いします」


 秘匿呼称StahlBirdmanは、複雑な機構でああるが故にメンテナンスが難しいため、開発に協力した技術者の一部が、部隊に同行しメンテナンスをする整備員の協力やフォローにあたるという話だった。


 「国防軍女子補助部隊です。よろしくお願いします」


 軍服の女性たちは、電話交換手、テレタイピスト、無線士、タイピスト、事務補助員、伝令、本土防空における監視任務、航空監視、航空報告、気象観測、邀撃機の誘導、防空高射砲の援護。探照灯の操作や緊急時の操砲などの多様な任務にあたる女性部隊だった。


 「これから、長い付き合いになると思うがよろしく頼む」


 エルンハルトは集まった人たちを見まわし挨拶して機体へと搭乗する。

 機体に設けられた席に座るとやがて機体は滑走路から離陸していく。

 機体の周囲には一個小隊4機のbf109Fが護衛に就いていた。

 味方の制空権であるマジャロルサーグへの空路だが、護衛されていることを考えれば空路の無事を祈らずにはいられなかった。


 ◆❖◇◇❖◆


 5月に入りマジャロルサーグ王国の首都ブタペストの近郊、帝国軍第7軍団の基地には50機の秘匿呼称StahlBirdmanとそのパイロット36名が到着した。

 秘匿呼称StahlBirdmanは、隼を意味するヴァンダーファルケという正式名称が与えられた。

 そして部隊名も【帝国国防軍司令部直属第701試験戦闘団】となり正式に部隊として扱われるようになった。


 「総員、傾注!! これより第701試験戦闘団指揮官のレーベレヒト・エルンハルト少佐に訓示をいただく」


 副官のノルトマン・シュナイダー中尉が座をエルンハルトに譲って脇へと避けた。


 「諸君らにも説明があったことと思うが、この部隊は悪化する戦局を打破するために創設された部隊だ。我々の装備するヴァンダーファルケは、戦局を打破するのに十分な威力を持っている。機体の開発に関わった俺が言うのだから信じてもらいたい。そしてもう一点、我々に課された使命として宣伝プロパガンダがある。つまり実戦で素晴らしい結果を残さなければならないということだ。諸君らの奮闘に期待する。以上だ」

 

 正直、勝てる見込みのない戦争を続ける気は帝国国防軍にはない。

 エルンハルト自身、あとから聞かされた話ではあるがヴァンダーファルケの真の目的は、その威力をもって講和の機会を作りだすことにある。

 総統や一部高官を除く軍首脳部の理想プランは、今となっては最良の敗戦を迎えることにあるのだ。

 勝てないのならどうにか講和に持ち込みこれ以上の損害を出さないようにしたい。

 それが彼らの思惑だ。

 それに応えるためにも、この部隊は常に高成績を出し続けなければならない。

 すでに総統は今年の国家戦略基本方針を固めておりその中には、東部戦線における攻勢の案が含まれており、その中に第701試験戦闘団が投入される可能性があることはフリードリヒ・フォン・シュタウヘン少将から聞かされていた。

 合衆国軍、連合王国軍、亡命自由共和国軍によるノルマン上陸が噂されており、東部での反攻は立ち消えになる可能性が大きいが、それでもこの部隊が激戦地に投入されるのは明白だ。

 だから、訓練を手抜きにするわけにはいかなかった。


 ◆❖◇◇❖◆


 連邦軍から鹵獲したT34戦車を用いての対戦車戦闘、探照灯を機関銃の射線としての回避機動、戦闘機との空中戦、爆撃機を用いての邀撃戦闘、離着陸、輸送機からの出撃、潜水艦への着艦など想定されうるすべての訓練を連日にわたって行い3か月の短期で部隊の養成期間が終わった。


 「今日で訓練が終わりを迎えるわけだが、今日の訓練内容は少し工夫を凝らしてみた」


 いつも同じでは、こちらも気が滅入ってしまう。


 「焦らされるのは苦手ですわ。早く教えてくださいまし」


 アナリーゼ中尉が熱っぽい視線をエルンハルトへと送る。

 彼女は、狂姫きょうきの異名を持つ人物でその出自は、この中でも異質だ。

 もとは、大きな商家の一人娘だった。

 だが、商売上のトラブルで彼女の一家が襲撃を受けた。

 彼女は、親戚のもとで育てられたがある時、失踪――――――一家を襲撃した者たちを惨殺し逮捕された。

 事情聴取の際には「殺すたびに自分の嗜虐心が満たされて楽しかった」などと供述し、ほぼ終身刑の状態で服役していた。

 それをもの好き将官としても知られる――――――フリードリヒ・フォン・シュタウヘン少将が便宜を図って釈放し自身の諜報組織の一員としてあらゆる技術を仕込み戦闘狂へと育て上げていた。

 エルンハルトと同様に少将の部下なのだ。


 「少しは、考えて欲しかったが言ってしまおう。今日の訓練は、敵地への強行偵察だ。連邦軍はすでにバルカン半島に進出し攻勢の用意をしているとの情報が入ってきた。仮にベオクラード攻勢と呼ぶが、友軍の偵察部隊がことごとく敵の哨戒線に引っかかり偵察ができていない。そこでこの任に抜擢されたのが我が隊だ」


 部隊の兵士たちは不安そうな顔をする者もいれば、訓練の終了に喜ぶ者もいて反応は様々だ。


 「我が隊の最初の任務となるわけだが俺は、これが初陣になると想定している」


 初陣になるということは、つまり戦闘が生起するということだ。


 「各員、油断の無いようにな、以上でブリーフィングを終わる。各員は直ちに出撃準備をしろ!!」

 「「了解!」」


 帝国国防軍司令部直属第701試験戦闘団の長い戦闘はこの日から始まったのだった。



 ◆❖あとがき❖◆


 レノアとの3日間はそのうち書こうかと思います。

 いよいよ、本格的な戦争小説となっていきますので引き続きお付き合いよろしくお願いしますm(_ _)m

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