第6話 レノアという少女


 国の中枢機能が集まった官庁街のある通りからは、距離があり帝都の賑わいとは程遠い辺りにエルンハルトの家はある。

 すでに夕闇が迫っていて、人々の動きはせわしない。

 にもかかわらず、通りの家々はカーテンを閉め切っていて街に明かりは少ない。

 灯火管制を敷いているのだ。


 「帰った」


 そう言うと、トタトタと足音が聞こえた。


 「おかえり。帰りをずっと待ってた」


 エルンハルトを出迎えた彼女はレノアという。

 エルンハルトが空軍から陸軍へと転属して西部戦線で任務に就いていた時に、彼女と出会った。

 彼女は、戦災孤児だった。

 連合軍の空爆で、住んでいた街が壊滅的な被害を受け両親がなくなり街の外へと出かけていた彼女だけが家族で生き残った。

 どこにでもある話だったがエルンハルトは見捨てるには忍びないと思い、家へと招いたのだ。

 戦争で家を家族を生活基盤を失う人なんて山ほどいる。

 エルンハルトは、自分は軍人なのだから彼らの生活基盤を壊してしまうことは致し方のないことだと思っていた。

 そう思っていたエルンハルトは、最前線勤務になって初めてそれを目の当たりにした。

 戦争の現実をまざまざと見せつけられた。

 自分たちの職業としていることが招いた結果なのだと、仮に敵の攻撃によるものなのだとしても攻撃を受けた理由に間接的にかかわっているのだと、そう考えたときにせめてもの罪滅ぼしと思いエルンハルトは彼女に自分の家の住所を書いた紙と鍵とを渡した。

 それから奇妙な同居生活が始まった。

 エルンハルトが家に帰ればレノアがいて、料理を作ってくれたり家事をしてくれたりする。

 でも、男女の関係にはなっていない―――いつ命が果てるとも知れない職業の自分とは幸せにはなれないだろうと思った。


 「もう、警報にも慣れただろ」


 バトル・オブ・ブリテン以降、この帝都は度々たびたび空襲を受けていた。

 帝都の外縁とは言え、空襲を受ける可能性があるため空襲警報が鳴るのだ。

 

 「怖かった」


 レノアは、ふるふると首を横に振るとエルンハルトの首に腕を回した。

 両親と家を失った理由が、空爆であるだけに空爆への恐怖は人一倍なのだろう。

 

 「もう少し、このままでいさせて」


 そう言うとレノアは、キュッと回した腕に力を入れた。

 何十秒か、あるいは数分か―――しばらくすると彼女は腕を解いた。


 「夕飯、できてるよ」

 「ありがとう。着替えてくるよ」


 豪華というわけではないが久しぶりに暖かみのある夕飯を食べると満たされた気分になった。


 「土産だ」


 ダイニングテーブルの上に、ライエルンで買ってきたお土産を広げた。

 創業から200年以上、ライエルン王室の御用達の老舗ダルマイヤーのコーヒー豆やコーヒーを飲むための陶器コーヒーカップなどだ。

 ほかにもライエルンの手編みの民族衣装もある。

 

 「カップ、お揃い」


 しげしげとカップを手に取って見ながら彼女は笑みを浮かべ、そう言った。

 

 「淹れてくる」

 

 そう言うとコーヒーカップと豆をもってレノアは、キッチンへと向かっていった。

 そのとき―――うなるようなサイレンの音があたりに響いた。


 「嫌だ」


 両手で自分自身を庇うようにレノアは縮こまった。


 「大丈夫だ。定期便だからこっちまでは来ない」


 窓の外からは、空気を振るわせる破裂音が聞こえてくる。

 連合王国軍の爆撃機、アブロ・ランカスターに対し帝都北縁に設けられた高射砲陣地が咆哮しているのだろう。

 エルンハルトは、しゃがみ込むレノアに寄り添うように屈む。

 やがて、音が消えるとようやく彼女は立ち上がった。

 しばらく暗い表情をしていたがやがて


 「コーヒー淹れるよ」


 と気丈きじょうに振舞った。

 

 「レーべがいると安心感が違う。いかないで欲しい」


 ぽつっとレノアがそう漏らした。


 「今度は、マジャロルサーグに行く。しばらく帰ってこれそうにない」

 「……しばらくってどれくらい?」

 

 それはエルンハルトにも分からなかった。

 

 「クリスマスまでには帰れると思う」

 「ん……また独りぼっち……」


 レノアが気落ちしたような素振りを見せる。


 「なに、まだ3日間は行かない」


 そう言うと少し嬉しそうに小さく彼女はガッツポーズをした。

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