4,二人のメイド



 どちらかといえば分からないことの方が増えた気もするが、それでも当初の疑問は解消されたからよしとしよう。


 ここは異世界とみて間違いないだろう。なぜここにきてしまったのかは未だに分からない。

 日本で俺は死んだのか?記憶が何も無い。もしかしたら、この体の主が記憶を消した影響なのだろうか?


 この体はやはり俺のものではなかった。

 足や手を見ると前の体よりは縮んでしまっている。

 これもよく分からない。少なくとも俺の元の体ではないのだろう。



 記憶が無くなる前の俺は日本での記憶があったのだろうか?

 そのようなことを延々と考えていると、右のメイド(たしかリデルといった名前であっただろうか?)が話し始めた。


「先ほどお嬢様の紹介通り、私がメイド長リデル、こちらの亜人が普通メイドのミーニャでございます。繰り返しになりますが何かございましたら我々にご申しつけください。」


 リデルは良くも悪くも仕事のできるキャリアウーマンといった雰囲気をしている。髪を団子に纏め、目が鋭くやや怖い――


「――先ほどお嬢様がおっしゃったことは忘れてください。」


 突然、語気が籠った口調でリデルが言う。表情も少し怖い。

 


 はて?何のことだ?


「お嬢様のあの呼び方についてでございます。

 お嬢様は元とはいえ高位貴族の血を引くお方、それに対しあなたは何処の馬の骨かもわからない平民、そんな者が人前でお嬢様を親しげに呼んでいたらそれを聞いた他貴族はどう思うでしょう?リングハルト家の地位は更に貶められるでしょう。」


 彼女は呆れたような、そしてこちらを蔑むように言った。

 屋敷の主が自身のことをメイと呼べと言ったことに関してだった。


 まあ、言い方に棘があるが分からんことでもない。

 この世界には身分差というものがあるのは察しがついてた。

 もしかしたら奴隷制度といったものもあるかもしれない。


 リデルは続ける。

「お嬢様はこの後、あなたと一緒に食事をとるとおっしゃっていましたがそれも平民には本来許されざるものです。極めて無礼です。」


 今度は静かに、しかし心の奥に黒いものがあるかのように声を発した。

 そこまで言われるのはなかなかに心外だ。

 身分差についていうのは理解できる。メイド長として屋敷に使えるものとして危惧してのものだろう。とげのある言い方を察するにリデルは俺のことを快く思ってないらしい。

 これならメイと名乗った彼女の雰囲気の方が好きだ。


「ですから、お嬢様の呼び方は単にお嬢様もしくは、メイスザーディア様とお呼びになるようにしていただきたい。」


 怖い顔をしながら言うリデルに気圧され、小さく何度も頷いている…、


「よろしい。以後お嬢様に対する言葉遣いも気を付けるように!」


 そういうとリデルは後ろに下がる。

 それと同時に左に居るメイドが口を開く。


「一般メイドのミーニャです…何か粗相がございましたらすぐにおっしゃってください…」


 恭しくも自身無さげな表情で言う。顔の形が犬なので表情が読み取りにくいがそれでもなんとなくわかるものだ。

 その声色も可愛げがあるがどこか自身無さげだった。

 やはり日本での創作物でもあったように獣人はこの世界で差別されているのだろうか?

 などと勘ぐってしまう。しかし、次の発言を聞くとそんな考えはかすれた。


「もしよろしければ!私の尻尾で遊んでもいいですよ!」


 そういうと後ろにいたリデルの右腕がミーニャのお尻の辺りに行く。

 するとミーニャは声を上げて我に返ったような顔をする。そして


「もも、申し訳ございません!今の発言はつい出来心です。忘れてください…」


 慌てて取り繕うように彼女は言った。

 再び自身無さげな声に戻る。遊んでほしかったのかな?犬だから。


 リデルは咳払いをしてから言った。


「ではこれにて我々は失礼します。お食事の準備が整い次第、お呼びに参ります。」


 そういうと二人のメイドは部屋から出て行った。



 ――そして部屋に自分だけが取り残されたのだった。

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