2,名前



 そう名乗った女性の見た目はとげのあるお嬢様といった顔立ちだった。

 服装はお嬢様学校のベージュ色の制服?のような装いに金髪が映える。


 その名前に違和感を覚えつつ…

 我の強い態度に気おされながらも名乗られたからにはこちらも名乗るのが礼儀だろう。


「――えっと、僕は……」


 この世界で初めて出した言葉には突っ込みどころが多すぎた。


 まず、やはり日本語とは違う音声にもかかわらず俺は発音できている。

 そしてその声はかつて自分のものであった声とは似つかなくどこか幼げな声だった。

 また一人称が僕になっていることにも気になった――


 ――そして何より、何より…


 自分の名前が思い出せなかった…


 俺が言葉を尽くそうとしているとメイは言った。



「――もしかして名前、思い出せないの?」


 何処か心配する様子の表情と声色でこちらに歩み寄りながら女は言う。


 その瞬間俺は心の中でぎょっとした。

 何故、このメイというやつは名前が思い出せないと思ったのか。

 

例えばだが、何か理由があって名前をあえて言わない、そのため言い淀んでいる可能性もあるだろう。

 忘れているだなんて、普通はそんな発想は出てこない。

 にもかかわらずだ、このメイとかいう女は思い出せないという言葉を使った。今俺が陥っている状況に何かしらの手掛かりを持っている可能性が高い。


 ここが天国の入り口だったら良かったものを、いやな上司を思い出させるあたりここは天国でないことも確かだろう。

 とにかく情報が欲しい。そのためには目の前にいる女から聞き出すしかない


 俺はなるべく相手に悪い印象を与えないように、、表情をゆがませないよう努めつつ考えている。すると女はこちらの様子を見てそれを肯定ととらえたのか


「じゃあ私が名前をつけてあげる!トピアなんてどうかしら!?」


 女はさっきとは打って変わって笑顔を見せて言う。

 第一印象で高飛車な女だと思っていたが、この笑顔をみて考えがすこし変わった。

 たとえどんな女性だとしても笑顔が素敵なら、今までの印象を覆すものだ。

 先ほどの考えは改めよう。内心で謝罪しつつも彼女が放った言葉にいろいろ考えこんでしまう。

 彼女は続ける。



「今思いついたにしては、我ながら良い響きね!あなたはこれからトピアと名乗りなさい!」


 声高らかに、そして自身に満ち溢れて表情で彼女は声を発した。

 彼女がつけた名前は俺にとってどこかパッとしないが、名前が思い出せないのだから仕方ない。

 名無しでは呼び名に困るのだから。



 でも正直怪しかった。元の名前を知ろうとするのではなく、新たに名付けるというのは、




 ――かくして俺の名前はとりあえず『トピア』になったのだった。

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