第6話 最低限度の生活。

俺は国家魔術師へ提案書を書くために、紙とペンを買いに行った。

想像以上に値段が高く驚いた。

紙一枚で5000ゼル,万年筆は40,000ゼル。

ちなみに俺が買ったこの世界のカメラは10000ゼル、リストウォレットなんて4個で8000ゼルだ。

リストウォレットを作ったのが召喚者なので、お金の価値は日本と同じであると考えると異常だ。

これでも紙とペンは最安値のものを選んでいる。


「紙とペン高すぎない?」

「この国の識字率は2割程度なので当然です。その中でも手紙を出したり、文書を書く人は一握りです。」

「マジか……本とかも高い?」

「本は国が保有しています。世の中にほぼ出回りません。」


本が売られているところを見たことがない理由がわかった。

少なくともこの国の歴史とかを学ぼうとしても無理と言うわけが。


家に帰ってきて、さっそく提案書を書く。

一枚5000ゼル……手が震えるんだが。

「……私が書きますよ。下手すぎて読めない字を晒すくらいなら、幼い頃に字の矯正をされた私に任せてください。」

「下手かどうかなんて……いや、お願いします。」


確かに……字のうまさには自信が無い。

それに万年筆も使い慣れてないから、うまく書ける自信がない。

ハンナさんにぶん投げよう。

さて何を書くかよく考えよう……。

まずこの国、識字率が低いということが分かった。

つまり、文書で何かを投稿することは作っても効果が薄いということだ。

投稿物として可能なのは絵、写真、動画、音声くらい。

これをリストウォレットで見れるようにする。

サイト内で自分で動画を編集したり、写真を加工できるようにするのもいいなー。

……浮かれるな。

とにかく元の世界の知識を活かしつつ、この世界の現状から何をすべきか考えなくてはいけない。

この世界に……あれ?そういえば、一つおかしいところがある。

リストウォレットがあるのに、なんで電話やメールが開発されないんだ?

リストウォレットを作ったのはこの世界の人間ではなく、日本に住んでいた召喚者だ。

なら、リストウォレットに電話やメールに近しい機能をつける事なんて、携帯やスマホを知ってたらすぐに思いつくだろう。


「この世界には遠方と情報を直接やり取りする魔術みたいなの無いの?」

「もちろん存在します。ですが国法で禁止されています。カンナビア大公国が戦争に勝て、3国を統合した王国を設立できたのは魔術による高度な情報戦が可能だったからです。だからこそ、今の世の中では禁止とされています。」


まじか……じゃあ動画だろうが何だろうが、何かを投稿すること自体がかなりグレーじゃないか。

いや、表向きは子供たちのためだが、本当の目的は「誰でも考えや疑問を国全体に主張できる」ことだ。

国法に立ち向かうぐらいのことをしてもいいだろう。

せっかく召喚されたのだから!……とカッコつけたいのは山々だが、正直ここで止まると何もできなくなってしまう。

テレビ、郵便システム、国全土に流す警報が許されている国だ。

おそらく”例外”が認められるということだ……大丈夫だろう……多分。

それに直接"個人同士"でやり取りするわけではない。

共有された写真や動画を見て楽しむ、投稿して楽しむ。

見た側がどう思うかはその人次第。

それに、識字率が低い以上、文面でのやり取りは不可能だから、一方的な発信で終わるはずだ。

連絡手段ではないことをアピールすれば大丈夫だと思う。

なんて、たくさんの言い訳が思いついた。


とにかく、サイト上で動画、画像を編集してそのまま投稿できるものにする。

国法に引っかかったら・・・楽観的だがその時考えよう。


「そういえば、ハンナさんってカメラはどのくらい使ったことあるの?」

「それなりに使っていますよ。メイド長の誕生日会のカメラ担当は私でした。」


1番に出てくるのが誕生会のカメラ担当か。

使用頻度が低いな。

当たり前だが、動画や写真がメインになる以上、もっとカメラを日常に溶け込ませないといけないな。

元の世界でSNSが発展したのは当然、スマホが当たり前の世の中だったからだ。

ならこの世界にも似たようなものを作る必要がある。

国家魔術師たちに最初に依頼すべきはことはリストウォレットにカメラをつけることだな。

地味だなー。

でも仕方ない……手順を間違えたらすべて意味が無くなってしまうからな。


そんなこんなで、リストウォレットにカメラを付ける案を提案書に書いて国家魔術師に送った。

しかし、提案書を送ってかれこれ3週間たったが、国家魔術協会から音沙汰が全くない。

返事もないので、ダメだったのか検討中なのかすら判断できない。


どうやら、今の国家魔術師は死ぬほど忙しいらしい。

普段は全員が王都グランにいるらしいが、今はこの突風に対する対策で各都市に数人ずつ配置しているらしい。

立っている建物の補強やほぼ全滅している小麦などの農作物の保護など、これからも突風と共に生きていくことを覚悟して、魔術を使った対策をしているらしい。

忙しすぎて俺の提案書なんて読んでいる暇なんて無いのかもしれない 。


結局この世界に来て1ヶ月経ったが、既に何をしていいかわからなくなり、異世界スローライフを楽しんだだけになった。

昼間は働き、夜は魔法の練習。

俺は水と火の魔法が使えるようになった。

火の魔法は勤め先で魚を炙ることができ、水魔法は食器洗いに活かせた。

なんとまぁ……健康で文化的で最低限度なファンタジー生活ですこと。


俺が今から死に物狂いで魔術を習得して、1から作る手もある。

でも魔術適応が高い人ですら魔術学校卒業までに4、5年かかるらしい。

10数年……いや、死ぬまでやっても俺はそこまで到達しないだろう。

それに、俺に才能があって4、5年で国家魔術師レベルになったとしても遅い。

この突風が止んだら今やろうとしていることの"目的"が無くなってしまう。

この現状を打開できるとしたら、国家魔術師レベルの一般人を見つけ出し囲い込み、自分たちだけで活動していくこと。

作ったものをどうにかして、リストウォレットを考えた召喚者や国家魔術師に持っていけばいい。

だがここに来て1か月、ハンナさんがやった軽い魔術以外で、誰かが魔術を使った瞬間は見たことがないことからも、そんなやつ居るとは到底思えない。

さて、どうしたものか………完全に手詰まりだ。

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