萩原朔太郎「蟲」②『宿命』

 とうとうある日、私はたまりかねて友人の所へ出かけて行った。部屋に入ると同時に、私はいきなり質問した。

「鐵筋コンクリートって、君、何のことだ。」

 友は呆気にとられながら、私の顔をぼんやり見つめた。私の顔は岩礁のように緊張していた。

「何だい君。」

 と、半ば笑いながら友が答えた。

「そりゃ君。中の骨組みを鐵筋にして、コンクリート建てにした家のことじゃないか。それがどうしたってんだ。一体。」

「ちがう。僕はそれを聞いてるのじゃないんだ。」

 と、不平を色にあらわして私が言った。

「それの意味なんだ。僕の聞くのはね。つまり、その……。その言葉の意味……表象……イメージ……。つまりその、言語のメタフィジックな暗号。寓意ぐうい。その秘密。……解るね。つまりその、隠されたパズル。本当の意味なのだ。本当の意味なのだ。」

 この本当の意味と言う語に、私は特に力を入れて、幾度も幾度も繰り返した。

 友はすっかり呆気に取られて、放心者のように口を開きながら、私の顔ばかりみつめていた。私はまた繰り返して、幾度もしつッこく質問した。だが友は何事も答えなかつた。そして故意に話題を転じ、笑談に紛らそうと努め出した。私はムキになって腹が立った。人がこれほど真面目になって、熱心に聞いてる重大事を、笑談に紛らすとは何の事だ。たしかに、こいつは自分で知ってるにちがいないのだ。ちゃんとその秘密を知っていながら、私に教えまいとして、わざとすっとぼけているにちがいないのだ。否、この友人ばかりではない。いつか電車の中で会った男も、私の周囲にいる人たちも、だれも皆知ってるのだ。知って私に意地わるく教えないのだ。

「ざまあ見やがれ。こいつら!」

 私は心の中で友を罵り、それから私の知ってる範囲の、あらゆる人々に対して敵愾てきがいした。何故に人々が、こんなにも意地わるく私にするのか。それが不可解でもあるし、口惜しくもあった。

 だがしかし、私が友の家を跳び出した時、ふいに全く思いがけなく、その憑き物のような言葉の意味が、急に明るく、霊感のやうにひらめいた。

「蟲だ!」

 私は思わず声に叫んだ。蟲!

 鐵筋コンクリートという言葉が、秘密に表象している謎の意味は、実にその単純なイメージにすぎなかったのだ。それが何故に蟲であるかは、ここに説明する必要はない。ある人々にとって、牡蠣かきの表象が女の肉体であると同じように、私自身にすっかり解りきったことなのである。私は声をあげて明るく笑った。それから両手を高く上げ、鳥の飛ぶような形をして、嬉しそうに叫びながら、町の通りを一散に走り出した。

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