第21話 あいこ

 雪が溶け、道がぬかるみはじめた季節。

 ガストンらはリュイソー男爵の元を離れ、ビゼー伯爵の城へ向かった。

 ガストンとジョスの兄弟と、なぜかマルセルまでくっついてきており3人での道行きである。


「本当に知らんぞ? 勝手に抜けたら筋が通らねえ。とっ捕まって棒で殴られるかもしれねえぞ」

「まあまあ、細けえことは気にすんな。兵がいなくなるのも良くあることよ」


 どうやらこのマルセル、勝手に男爵家から抜けてついてきたらしいのだ。

 マルセルは「平気だ」の一点張りだが、ガストンやジョスは気が気でない。


 事実として『勝手に兵が脱走する』ことはいくらでもある。

 荒くれ者や根無し草も多い兵士稼業、人間関係や仕事、もしくは借金や窃盗などのトラブルで悩めばフラッと消えて帰らぬことは稀ではない。

 だが、それが許されるかは別の話だ。ガストンが心配するように脱走は一種の犯罪ではあるし、貸具足を持ち逃げすれば泥棒である。見つかればさらし台に縛りつけられ、ムチや棒で殴られることになるだろう。


「いちいち下っ端がいなくなったところで探しにゃこねえさ。見つかっても伯爵家に仕えちまえば口出しもできねえ」

「しかしのう、推挙されたのは俺とジョスだろうが。お前は関係なかろうよ」

「関係ないとか情けねえこと言もんじゃねえぞ。俺たちゃ朋輩だろう? ジョスと俺も朋輩だわ。助け合うもんじゃろう」


 いきなり話を向けられたジョスは「うへっ」と肩をすくめた。脱走に巻き込まれてはたまらないと考えているのだろう。


「伯爵になんか聞かれたら親戚とか分家とか適当に答えてくれや。後は話を合わせるわ」

「親戚のう……まあ、縁もゆかりもないことはねえわな」

「そうだ、それはまこと・・・のことだろう? 俺もヴァロンの村の出だ。ヴァロンと名乗るに不都合あるめえ、こっからは兄弟分といこうじゃねえか。なあに、お前が兄貴分でかまわねえよ」

「うーむ、どんなものかのう? ジョスはどうだ、どう思う?」


 どうにもマルセルは口が上手く、ガストンでは言いくるめられそうだ。

 ジョスに話をふってみたがどうなるものでもない。


「良く分からんけど、マルセルさんがついてきてくれるなら頼もしいかな」

「ほうだわ、それよ。同郷同士、何より助け合いが大切だわ。俺もお前らを頼る、お前らも俺を頼る、あいこ・・・じゃ、あいこ・・・


 ジョスの言葉にマルセルが大いに頷く。なんだかんだでマルセルはジョスの面倒をよく見ているので仲は良い。


「それにガストン、お前は大したやつだわ」

「なんじゃ、急におだてても甘い顔はせんぞ」

「その醜面しこづらで何を言うとるか。それで甘い顔もなかろう」

「ふん、こりゃ出世傷じゃ。これのおかげで伯爵に推挙された縁起もんよ」


 このガストンの強がりを聞き、マルセルは「それよ」と顔をしかめるような、なんとも言えない表情を見せた。


「お前は『もっとる』これは間違いねえ」

「何の話だ? この通り無一物むいちもつだわ」

「財物でねえ。お前は立派な体と騎士にも怯まねえ度胸――それに太ってえ運をもっとる。全部、俺にはないもんだわ」

「運なんかあるけえ。鎧兜に剣まで失くしたわ」


 ここで鉄斧のことを口にしなかったのはガストンなりの気づかいである。

 弟のジョスはガストンがどれだけ『気にするな』と諭しても屈託を残していた。そして、これを気にした兄もまた『どうにかできないものか』と気にしているのだからややこしい。

 結局は斧を忘れるほどに時間が経つか、気にならないほどの成果を出すしかないのだろう。


「俺はなあ、何年も兵士をやってきた。人並み以上にやった自信もある。だけど、未だに目がでねえ」


 ガストンから見てもマルセルは戦に慣れており、機転が利く。さらに弓も槍もレスリングも器用にこなす。人格者ではないが、人づき合いも上手い。

 たしかにそこらの兵士より、よほど役に立つ男であった。

 しかし、そのマルセルですら出世できない現実がある。


「その点、お前は1年も待たずに伯爵家への推挙ときた。鎧がなんだ、大きな家に行けば立身の機会も多いからのう。立派な鎧くらい自前で用意できるような大身になるかも知れん……正直、妬みもしたがのう」


 こう言われてはガストンには何も言えない。

 ガストン自身が自分よりもマルセルの方が兵士として優れたものも多いと感じているためだ。


「だからよ、俺は一人で立身するのは諦めた。お前についていく」

「いやいや、ついていくって言われても、それは無茶だわ」

「勘違いすんな。養ってほしいとかではねえ。お前の運が引き寄せた戦で働くってわけだ。俺は戦働きにゃ自信がある」


 勝手な理屈ではある。

 だが、ガストンからしてもマルセルは頼りになる友人だ。

 新たな職場にまで来てくれるのならばありがたい話ではあった。


「知らんぞ? 一応、訊ねられたら身内とは言上するが……仕える仕えないは俺にゃ決められねえ」

「おおっ、ありがてえ! やはりお前は頼れる男だの。ダメなら大人しくお前の家来になるわ」

「いやいや、そら無茶だわ。家来なんてとても・・・のことだ。俺たちにゃ飼い犬も養えねえ」

「ちげえねえ! 伯爵に雇われなきゃ宿無しの野垂れ死にだ」


 マルセルは楽しげに呵々かかと笑うと兜を脱いで「ほれ」とガストンに手渡した。

 リーヴ修道院跡の戦いで手に入れた兜だ。


「交換してやる。我らヴァロン家の当主さまが貸具足じゃ格好がつかんからの」

「なにが当主じゃ。3人しかいねえでねえか」


 軽口を言い合いながら、ガストンは「ありがとよ」と兜を受け取った。大した作りでもない擦り傷まみれの硬革の兜だ。


「おっ、賄賂を受け取ったな? ちゃんと俺の面倒を見なきゃいかんぞ」

「バカたれ。そんな魂胆ならいらんわ」


 先への希望か、それとも不安を誤魔化すためか。3人の若者は賑やかに伯爵家を目指す。

 目的地までは、あと僅かの道のりである。


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