第7話 街でのアクシデント


 楽しかった。うん、たのしかった。

 ほんのりと漂うログアウトの余韻に惹かれ、しかしすぐにそれも強制的に消しとんだ。

 ロックした筈の自室の部屋が不用意に開かれ、そこに顔を出したのが……


「ムツミー、お前とうとう軟弱な遊びに手を出したんだって?」


「兄貴には関係ないでしょ!」


 私の頭痛の種その1、兄貴のご登場である。

 この兄の何がダメかって言えば、やたらと纏わりついてあれこれダメ出ししてくるのだ。

 もういい加減高校生なんだし、放っておいてほしい。

 あと学校卒業したんなら遊び歩いてないで働け。


 ウチの生活費はお父さんが稼いで来た人様に言えない汚いお金で支払われている。

 住んでる屋敷から家財道具、入学祝いに誕生日プレゼントの全部が闇金融で稼いできたお金なのだ。


 私は早いとこ家を出て一人暮らししようと下調べをしている最中だが、溺愛されてる自覚があるので出ていくのは無理だろうと内心思っている。

 この家族、私のことなら命を賭してでもやり遂げる厄介さを持っているのだ。

 なので私の周りには女友達は愚か、彼氏など寄り付く島もない。


 そんな環境下であるからして、せめてゲームの中ぐらいは平穏にやっていきたいと思って遊んでいた。

 なのにそこへ兄貴がやってきたら?

 その全てが台無しになる。何がなんでも阻止しなくてはいけない。

 絶対にだ。


「関係ないわけねーだろ。俺の大事な妹がどんな暴漢に襲われるか分ったもんじゃねぇ。だから俺が事前に下調べして、舐めた真似した奴をボコボコのけちょんけちょんにして……」


「もう! 私のことは放っておいてよ! 兄貴のアホー!」


 押し出すように自室から追い出した。

 ほんと、プライバシーもへったくれもないんだから。何度施錠しても開けてくるのなんとかして欲しい。


 その後もガチャガチャドアノブを回してこっちを威圧してくるも無視。兄貴は鬱陶しい奴だけど、私が本気で嫌がってる事はしないのだ。

 しないのだけど……良かれと思って入念な下調べをした上で絡んでくるからタチが悪い。それよりもどうやって私がゲームをやってる事を知ったんだろうか? それが疑問だった。


 ◇



「ムツミ、ゲームはどうだった?」


「親父、何か知ってるのか?」


 夕ご飯の時間になったので食卓に赴けば、開口一番犯人が割れた。

 お父さん、貴方か。確かに私にこのゲームを紹介してくれたのはお父さんだったけど、せめて兄貴の前でゲームの話はよして貰えないだろうか?

 ほらー、ご飯食べる手を止めて食いついちゃってるじゃない。


「別に、そこそこだった」


 ここで私は少し外した感想を述べる。

 変に面白かったと言おうものなら、じゃあやってみようかなと頼んでもないのに乗り込んでくるのがウチの家族の厄介なところ。

 だからここは下手に面白いなどとは言わず、騙し通して見せるのだ! これぞ完璧な計画!


「ふぅん、そこそこね。その割には楽しそうに遊んでいるように思えたけど」


 ズズズと味噌汁を啜りながら何かを勘繰るようなお父さんの声。もしかして……


「お父さん、私がログインしてる時実はゲームの中にいた?」


「さぁ、どうだろうか?」


 そうやってはぐらかす時は絶対遭遇してるんだよなぁ。

 どこで見られてたんだろう?


「ご馳走様でした。明日の準備したらお風呂入って寝るから、兄貴は乙女の部屋に勝手に侵入してこないでよね! 今度勝手に入ってきたら警察呼ぶからね!」


 ズビシと釘を刺すも、本人は手をひらひらとさせるばかりでまるで聞いてない。

 もう何度警察にお世話になったかわからぬ兄貴。

 下手すれば3人いても圧倒できてしまうのがウチの兄貴の恐ろしいところである。


 あー、もう! こうなったらゲームの中でストレス発散よ!




 ▽▽▽



 ログインするとそこは宿屋の一室だった。

 そして扉を開けると宿屋の外に出る。目の前は冒険者ギルド。

 なるほどね、上手くできてる。

 プレイヤーはログイン直後からクエスト対して移動せずにクエスト依頼をこなすことができるのだろうね。

 リアルでの恨み辛みをグッと拳を握り込んでいざ!


 開かれた扉の奥はお昼にログインしたよりもごった返していて、活気が段違いだった。

 そうか、お昼時は暇な学生や主婦層ぐらいしかログイン出来ないけど、夕方を越えたら会社終わりのサラリーマンとかもログインできるんだ。

 と同時に不届き者も多く存在する。


「おいおいお嬢ちゃん、こんな時間にログインしてるなんて感心しないなぁ?」


 私に声をかけたのはもちろん知らない人。

 そしてお嬢ちゃん呼び。

 またしても身長で年齢を下に見られた。


 それだけでフツフツと怒りが湧いてくる。

 女性を見てくれで判別したらダメだって先生に教わらなかったんですか? それとも、学校行ってないんですかぁ?


「あ゛ぁ゛ん゛?」


 振り返り様にメンチを利かせた。

 さぞ目に力が入っていた事だろう。

 リアルでの鬱憤も上乗せして放ったメンチは柄の悪い大男を萎縮させた。その上で相手の心をへし折っておくのも忘れない。

 攻められる時に攻めておけは兄貴の言葉だ。


「こんな時間からアルコールとはずいぶんといいご身分ですね、ゴミムシの分際で。一度幼虫から生きることへの感謝を勉強し直してきた方がいいんじゃないでしょうか?」


 冷酷に、冷淡に、ありのままの事実を並べ立てると周囲で騒ぎ立てていた連中含めて黙り込んだ。

 ……この手に限る。


 ウチの兄貴直伝のメンチは、言っちゃなんだけど効果は抜群。

 あまり使う機会がないのと、使い過ぎたら人生そっちルートに固定されてしまうので気をつけなければいけないとっておきだ。


「あ、お姉さん! クエスト見繕ってくださーい」


 受付のお姉さんが見えるなりパッと表情を表向きのものへと変える。楽しいゲームであまり素は出したくないのよ。

 だって疲れるだけだもん。


「マールさん、いらっしゃい。もうクエストは見繕ってあるので渡してしまいますね」


「わーい!」



 ◼️クエストNo.0025

 アルマジロンを追い払え

 アルマジロン討伐数 0/5

 報酬:1,000

 依頼主:北区のルイジ


 ◼️クエストNo.0030

 砂漠のスナイパー スコルピオン討伐令

 スコルピオン討伐数0/5

 報酬:1,500

 依頼主:冒険者ギルド


 ◼️クエストNo.0037

 砂漠の盗賊 スティールアント討伐令

 スティールアント0/10

 報酬:3,000G

 依頼主:冒険者ギルド


 ◼️クエストNo.0060

 砂漠の王を正気に戻せ

 グレーターワーム

 報酬:5,000G

 依頼主:冒険者ギルド



 またもや戦闘関連で埋められているが、この際気にしないことにする。

 どうせ今だけだ。これを終わらせたらランクD。図書室へのチケットが私の手元に舞い込んでくる。それまでの我慢よ、マール!


「じゃあ、アルマジロンの方から受けますねー。何か注意事項とかありますか?」


「そうねー、殻が固くて物理ダメージは効きにくいというところかしら。だから魔法タイプの【ダークエルフ】向きなのよ」


 あれ……もしかしてこれ詰んだ?

 いやいや、まだヌシ様だって居るし、やる前から諦めるんなら挑戦する意味なんてないと兄貴も言ってたし。


「取り敢えず行ってきます!」


「行ってらっしゃい」


 大手を振ってお姉さんと別れ、ギルドを出たところで大勢に囲まれた。


「よぉ、お嬢ちゃん。さっきはよくも恥をかかせてくれたな?」


 ニヤニヤと見下ろす大男が一人。

 周囲にはさっき囃し立てていた人達がずらりと退路を塞いでいる。

 どうやらこの人、あれぐらいで見逃してあげたのがわからなかったようだ。

 一人じゃ敵わないと知って数を揃えてきた。

 三下のやる事だ。

 私は一歩も引かず、男達を一瞥した。

 そこへ……


「おいおい、なんの騒ぎだ。ダチと出会えてせっかく気分よく飲んでたのに、胸糞わりぃ場面見ちまって気分が萎えたぞ? こりゃ一体何事だ」


「オットーさん?」


「よぉ、嬢ちゃん。昼ぶりだな!」


 お昼に高性能な防具を売ってくれた露天商のオットーさんが私の姿を見て声をかけてくれた。

 確か知り合いと待ち合わせしていて、合流後にどこかへ行ったと思ったらまだいたのか。何にせよ、渡りに船である。

 だが誰が相手であろうと悪漢達はもう引く気はないようだ。


「ジジイはすっこんでろ!」


 暴漢の一人がオットーさんへ殴りかかる。

 しかし特に焦ることもなく体の捻りだけで避けきり、相手の勢いが乗った力を利用して背負い投げで周りを取り囲んでいた暴漢を道連れに投げ飛ばす。

 何とも華麗な戦闘術に思わず口笛を吹きそうになる。


「やりますね!」


「嬢ちゃんこそ手慣れてるな。こりゃ余計な手助けだったかな?」


 殴りかかってくる男を物ともせず、私とオットーさんが徒手空拳で蹴散らしていく。

 息のあったコンビネーションに暴漢達は一人、一人と戦力を失っていった。

 だが暴漢は所詮暴漢であるらしい。

 残り一人になったら今度は私一人を指名してこんな事を言い出した。


「おい、ガキ! ここから先は俺とお前の真剣勝負だ。大人の世界を教えてやるよ!」


「おいおい大の大人が子供相手に何をそう熱くなる。これで負ければお前の信用は地の底に落ちるぞ?」


「うるっせぇ! 外野は黙ってろよ。ダークエルフの分際で人間様を舐めやがって! これは正義の鉄槌だ! 所詮前衛が居なけりゃ何の役にも立たない後衛種族が、調子に乗りやがって。お前らは一度痛い目を見た方がいいんだ!」


 ふーん。何やらと私達ダークエルフに色々とお冠なご様子。

 何があったかは詳しくは知らない。

 けどその怒りの捌け口をその当人ではなく初心者にぶつけるあたり、その人には手も足も出ないのだと言ってるようなものです。

 哀れですね、哀れで滑稽です。


「チッ、種族思想派の嫌がらせかよ。嬢ちゃん、条件を飲む必要はねぇ。要はただの八つ当たりだ」


「別に、構いませんよ」


「嬢ちゃん? PVPはルールありの決闘だ。街中のダメージの乗らないやり取りとは違うんだぞ?」


 オットーさんは本気で私の身を心配してくれてるようですね。

 でも、ここで引いたら彩京家の娘として立つ瀬がなくなるんです。舐められたら終わりなんですよ、この家業は。

 お父さんも兄貴もそう言って私を育ててくれました。だからこれは私の喧嘩です。


「おし、じゃあルールは1対1、相手が死ぬまでのサドンデスだ。そんで、キルされたプレイヤーのドロップは総取りにする。どうだ、今更泣き止んでももう遅いからな?」


「おい、初心者相手にやりすぎだぞ。ことと次第によっちゃGMコールするからな」


「構いません。オットーさんもお引き取りください。きっとこの人は何があっても私を屈しなければ気が済まないと思いますから」


「だったら尚更……」


「そう、尚更教育してやりますよ。所詮ダークエルフ。そう思い込んでいる脳天にこんなダークエルフもいるんだとわからせてやります」


「なら俺は出る幕ないな。一応相手はレベル40台のベテランだ。普通なら弱い者いじめもいいところ……だが、不思議と嬢ちゃんの負ける姿が目に浮かばない」


 オットーさんは私の覚悟を受け取ってくれたようだ。

 少し年上過ぎるのが残念ですね。

 白馬の王子様になって欲しいところですが、こんなに格好良い人を世の女性が放っておくはずありませんし。


「準備はできましたかゴミムシ? せいぜい抗いなさい」


「この、ダークエルフがなんぼのもんじゃぁああ!」


 目の前にタイマーが置かれ、30のカウントが0になった時、両者は一斉に地を蹴った。


|チンピラAが現れた。

|マールは様子を見ている。


「死ねよやぁああああ!」


|チンピラAは叫びながら袈裟斬りの構え。

|マールの超直感!

|ミス! マールに攻撃は届かなかった!

|マールのジャストカウンター!

|チンピラAに48ポイントのダメージ!

|チンピラAはその場でへたり込んだ。


「くそ、いったい何が起こった。何で俺様が尻餅なんざついて……」


|チンピラAは混乱している!

|マールの召喚!

|グレータースネークが参戦した!


「うぎゃぁああああああ! バケモノーーー!」


|チンピラAは絶叫を上げた! 

|マールの正拳突き!

|会心の一撃!

|チンピラAに75ポイントのダメージ!

|グレータースネークの巻きつき攻撃!

|チンピラAに50ポイントのダメージ!

|チンピラAは身動きが取れない!


「ま、待ってやめ……」


|チンピラAの命乞い!

|しかしマールの耳には届かない!

|マールの正拳突き!

|痛恨の一撃!

|チンピラAに90ポイントのダメージ!

|チンピラAは気を失った!

|グレータースネークの猛毒噛みつき!

|チンピラAに150ポイントのダメージ!

|チンピラAは猛毒に冒された。

|チンピラAは気を失っている!

|チンピラAに50ポイントの猛毒ダメージ

|チンピラAをやっつけた!

|鋼鉄の鉢金を手に入れた!

|修羅の双剣を手に入れた!

|鋼鉄の胸当てを手に入れた!

|鋼鉄の脛当てを手に入れた!

|生命の秘薬を10個手に入れた!

|魔力の秘薬を3個手に入れた!


「お疲れさん。想像以上にスピーディーで驚いた。初心者とは思えない動きだ。何かやってるな?」


「護身術を少し。それと、半分以上はこの子のおかげですし」


『シュルルルルル……』


「確かに、こんなところでレベル60台のグレータースネークが出てくるなんて普通は思わないな。アイツはそれを見抜けなかったばかりに勝てる試合を落としたか」


「さて、それはどうでしょうか?」


 くすくすと笑う。正直ヌシ様を出す必要はないほど隙だらけで弱かった。

 けれどそれで負けたとあったら、この人は余計に歪んだ思想を持ってしまう。


 だから圧倒的強者の参戦でそれをうやむやにした。

 ヌシ様には敢えて威圧だけで終わらせぬように巻きつき攻撃と噛みつき攻撃だけに抑えてもらった。

 要はこんな大きなモンスターだって従えられる。それを周囲に見せつける必要があったのだ。


「食えない子だ。それと、そいつも嬢ちゃんに着てもらえて喜んでると思うぞ」


 タランチュラベストを指差し、オットーさんは口角を上げる。

 きっとこの人にとってはたまたま見かけた客の一人だったのかも知れない。けれどこんな偶然もあるんだ。


「ふふ。そう思ってくれてるのなら僥倖です。それよりもオットーさん、少し相談があるのですが……」


「なんだ? 無理のない範囲でなら聞くが」


「装備の買取ってしてます? 突然身の丈に合わない装備が手に入ってしまいまして」


「うん、それぐらいならお安い御用だ。随分と高価な品だったが、使い手がこんな奴じゃ装備達も泣くってもんだ……締めて30万Gになるがそれでいいか? 流石にそれ以上だと今の手持ちが厳しい」


「ならばそれで。足りない分は今度装備を買うときの足しにしてくれたらいいです」


「これはドデカイ恩を作ってしまったかな?」


「ふふふ。ご贔屓にさせてもらいますね?」


 ニッコリ笑ってオットーさんとはその場で別れる。

 気の知れた相手が出来るって何とも素晴らしいことでしょうか。

 これからもどんどん友達の輪を増やすぞー!

 気分を変えて北区に足を向け、未知なる強敵の存在に心を震わせた。

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