23. ドキドキのデート

 ど、どどど……どうしよう。

 思わず留美奈とデートの約束しちゃったよ?


 幼馴染として出かけたことはもちろんあるが、恋人としてデートするのは初めてだ。

 十八年という人生の中で、彼女がいたこともないので人生初である。


「デートって何すればいいんだろう。一緒に出かけて、疲れたら休憩? 休憩ってことは……ホテルに入ったりしてもいいものなのか?」


 同居を始めたとはいえ、ギルドを設立してからは多忙の日々。

 夜の時間もゆっくり取れず、疲れてすぐ眠ってしまうことが多かった。

 もちろん時には良いムードになることもあったが、結局のところキスより先のことはできていない。


 誘われているのかと勘違いしてしまうほど、存在感を放つたわわなお胸。

 安心してくれているのか、部屋着の際に時たま浮かび上がる胸元の突起物。

 それにお風呂上がりに目に入る、つやつやで濡れた肌と色気漂う鎖骨……等々。

 ——これまで数々の誘惑に打ち勝ってきた。


 だが、はっきり言わせてもらおう。

 もう我慢の限界だ!

 目を閉じるだけで思い出せるほど、しっかりと脳裏に焼き付いてしまっている。


 もちろん大切にしたい気持ちはある。

 でも同時に婚約者という立場と、大好きだからこそ魅力的な存在であるが故に、愛を確かめ合いたい衝動に駆られてしまうのだ。


 きっと留美奈のことだから、デート当日に向けて陰で努力を重ねながら万全に準備をしてくるだろう。

 もしそんな可愛い姿を目にしてしまった時、冷静でいられる自信がない。


 ダンジョンブレイクを一人で収め、世間から英雄と呼び声が高くなっても、たった一人の女子に感情を揺さぶられてしまうのだから……。

 『恋は盲目』とはよく言ったものだ。


 デートの前日まで大学の授業にダンジョン攻略と、予定はみっちり詰まっていたがほとんど上の空状態過ぎ去っていった。



 ・・・・・・


 ・・・



 ———そして、ついに当日を迎える。


 デートのコーディネートなど、お洒落皆無な俺には分からない。

 とりあえず黒でまとめておけばどうとでもなると考えたので、ユニシロで黒のズボンに黒のカッターシャツ、そして薄手の黒いロングコートを買っておいた。


 うん……。

 可も無く不可も無くと言ったところだ。


 一緒に家から出ることも考えたが、お互いに緊張してはいけないと思い、あえて外での待ち合わせにしておいた。

 約束の時間まであと五分。


 天気は快晴で日差しが心地良く感じる中、人混みからふわりと髪をなびかせ、留美奈が顔を覗かせる。


「お待たせ。遅くなっちゃって、ごめんね」

「いや、時間ちょうどだよ」


 フリルネックの白ブラウスに、膝下はスラっと見えるようになっている桜色のフィッシュテールスカート。

 ブラウス越しに薄らと透ける下着の紐から、中までしっかりとお洒落をしてきたのが伝わる。


 ヤバい。

 反則級に可愛すぎだろ……これ……。


 ありきたりな感想だが、脳内で可愛いが満潮となり、思考が一切遮断される。

 ある意味究極の必殺技と言っても過言ではない。


「星歌くん、今日はいつもと雰囲気が少し違うね」

「え、えっ?」

「その……いつもかっこいいけど、今日はもっとかっこいいよ……」


 全身ユニシロコーデを身に纏う俺へ、頬をピンク色に染めながらそう素直な気持ちを伝えてくれる。


 留美奈の可愛さも伝えなければ……。

 そう考えるも言葉が出てこない。

 その可愛さを形容するだけの言葉を、持ち合わせていなかったのだ。


「私はどうかな……。星歌くんを夢中にさせたくて頑張ったんだよ?」


 心配そうに上目遣いを見せる留美奈に、必死で首を縦に振る。


「ほんっとに、可愛すぎだろ。留美奈のことしか見えないよ」

「えへへ。やったぁ! 星歌くんの脳内占領中だねっ!」


 何とか絞り出せた言葉はチープすぎて、恥ずかしくなる。

 それでも留美奈は満足したようで、嬉しそうにはにかんだ。



 ◇



 デートの候補地はいくつかあったが、定番のプラネタリウムを選ぶ事にした。


 同じようにカップルで来ている人もいれば、親子で来ているグループもある。

 従業員に案内され、俺たちはカップルシートへ。


「わぁ! ここ靴脱いで、寝転んで見れるんだって」


 少しはしゃいだ様子の留美奈が、先に靴を脱いでシート内へ足を踏み入れる。


 シートの縁は高くなっており、寝転ぶと周りから見られる心配はなさそうだ。


 俺たちが隣り合わせで横になると、照明が段階的に落とされていく。

 輝く星々を演出するイルミネーションが、まるで手を伸ばせば届きそうな場所にあるかのようで爛々と光を放つ。

 場内のBGMや他の客席から声がしていたが、まるで二人だけの空間になったようだ。


 その証拠に、留美奈の息遣いがはっきりと耳に伝わって来る。

 徐に手の位置を動かすと、留美奈の手に触れてしまう。

 ピクッと小さく反応した後、留美奈の方から手が伸びて来て、指と指を絡めるように恋人繋ぎをする。


「プラネタリウム……綺麗だね」

「うん、そうだな」

「夜空に浮かぶいーっぱいの星……いつか星歌くんと一緒に見に行きたいな」

「じゃあさ、次のデートで見に行こう……って。さすがに内容が被っちゃまずいか」

「ふふっ。いくよ! 星歌くんと一緒にいれるだけで私は幸せだから」


 胸が苦しいくらい、激しく心臓が動く。

 心音が会場にまで響いているのではないかと、心配するほどに。


 静かに首を傾けると、少し遅れて留美奈も首を傾ける。

 まつ毛の本数が数えれるほどの至近距離で、二人で見つめ合う格好になる。

 暗がりで色は分かり辛いが、かなり赤面してるのが表情から読み取れた。


 瞳の中に映り込む星の光を引き込まれるように見つめていると、ふいにまぶたが閉じられる。

 俺も留美奈と気持ちは同じだった。


 体を動かして、その唇へ——。


 一回……二回……。

 ゆっくりと……そして次第に激しく。

 回数を重ねるにつれ、舌を出し入れしながら互いの唾液を交換し合うように深く、より深く絡ませる。


 留美奈はとろけた表情になり、全身で気持ち良いを表現していた。


「ハァ……ハァ……。星歌く、ん……。今日、大丈夫な日だから」

「うん……」


 ……え?

 反射的に『うん……』と答えてしまったが、何が大丈夫なんだ?

 まさか、シようってことなのか!?


「ほ、ほんとにいいのか?」


 確認するように質問をすると、彼女は恥ずかしそうにモジモジした態度で息を弾ませながら静かに頷く。


 当然その後のプラネタリウムに集中できる訳もなく、頭の中はこれから起こるであろうベッドでの出来事でいっぱいになってしまった。



 ◇



 ——何十分経っただろうか。

 

 何時間とも思える長い時間だったが、ようやくプラネタリウムは終わりを迎えたようだ。

 合図を告げるように照明が灯され、夢のような空間が霞み、現実世界へと回帰する。


 この後、どのようにしてエスコートすればいいのか。

 頭の中で整理が付かないまま、浮かんだ言葉をそのまま口にする。


「さ、さて。行こうか?」

「うん……。私、もう我慢できないよ」


 そんな言葉を投げ返されて、理性が保てるはずない。

 留美奈の手を引き、人混みを掻き分けるようにしてプラネタリウム会場を後にする。

 その時……。


 ——プルルルルッ!!


 急いでいるというのに、スマホの着信が鳴り響く。

 無視しておこうと考えたが、中々止まらない。


「星歌くん、電話鳴ってるよ? 緊急かもしれないし出た方がいいよ」


 留美奈にそう言われて、ようやく足を止める。

 俺に電話してくる相手といえば、基本的にギルドスタッフか獅子王会長しかいない。


 だがスマホの画面を確認すると——『鳳山 唄』と表示されていた。


 S級プレイヤーの唄さんから直接電話をもらうのは、初めてのことだ。

 嫌な予感がしながらも、渋々電話に出る。


「もしもし?」

「あ、星歌さんですか! 繋がって良かったです。今からプレイヤー協会の本部に来れますか? 緊急事態なんです」

「今からですか!? ちょっと立て込んでて……」

「詳細は後から説明します! 他のS級にも連絡しなければいけないので、一旦失礼しますね」


 ——プツ……。


 俺の発言は聞き入れられず、切られてしまった。

 あまりに急足の展開に、呆気に取られていると留美奈が心配そうに声をかけてくれる。


「誰からだったの?」

「それが、S級プレイヤーの唄さんから。緊急だから協会に来いって。よく分からないけど、S級を集めてるらしいんだ」

「S級を全員? もしかしてダンジョンブレイクなの?!」

「分からない。立て込んでるって話したのに全然聞いてもらえなかったよ」

「そっかぁ……。今日のデートはここまでだね」


 留美奈は悲しそうな表情で下に俯く。

 正直このまま続けたい気持ちしかないが、S級プレイヤーは特権階級であると同時に要請された場合には出動義務がある。

 さすがに守らないわけにもいかなかった。


 ——俺は傍にいてやれないから……せめて。


 羽織っていたコートを脱ぐと、そのまま留美奈に包み込むようにして着せる。


「わっ! これ星歌くんの匂いがするよ。それに温かくてギュッてされてるみたい。嬉しいなぁ……」

「必ず埋め合わせはするから、ごめんな」

「ううん、大丈夫だよ。またデートしようね。星歌くんはかっこいいみんなのヒーローだもん。頑張って来て!」


 留美奈は駆け寄って来たかと思うと、そのまま一直線に俺の唇へと口付けする。

 それは人混みの中での完全な不意打ち……。


 唇を重ねていた時間は長くはなかったが、もの凄く愛を感じるキスだった。


「えへへ。行ってらっしゃいのチューだよっ!」


 破壊力満点の可愛さっぷりに、効果は抜群だ!

 背中を押された俺は、獅子奮迅の勢いでやる気をチャージする。


「ありがとう。行って来るよ!」


 『行ってきますのチュー』と称して、もう一度したくなる気持ちを必死で抑え込み、俺は協会本部へと向かった。



 ◇



「——で、唄さん。そろそろ緊急事態って何か教えてくださいよ」


 移動する最中、唄さんから再度スマホに電話がかかってきたため、俺は気になったことを質問する。

 

 本部まであと数分といったところだろうか?

 足をフル回転させ全力で走っているため、車道の車をぐんぐんと追い越していく。


「今、メッセージアプリのRainに画像を送りました。確認してみてください」


 言われるがまま、画像を見ると渋谷のスクランブル交差点のど真ん中に言葉で言い表せないほどの巨大な赤色のゲートが出現している。

 度を越した比率に拡大されており、明らかに合成写真にしか見えない。


「これ、SNSでバズった画像ですか?」

「違いますよ。合成じゃなく、つい一時間ほど前に本当に出現したんですよ!」

「いやいや、だってこの大きさはないでしょう。これがマジなら——"S級ゲート"ってことになっちゃいますよ?」

「ええ、その通りです。アメリカ……そして中国に続き、世界で三番目にS級ゲートが出現してしまったみたいです。しかも歴代最大級のゲートが、都心のど真ん中にですよ……」


 唄さんの声は僅かに震えている。

 その微弱な振動は、本気で恐怖する人が放つ声そのものだった。


「こんな規格外のゲートのダンジョンを攻略できるのか? マジで日本……終わりじゃないか……」


 日本が誇る最強の存在であるS級プレイヤー。

 俺を除き残る七人のメンバーが集う、協会本部の扉を開き最上階の会議室へと向かった。


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