12. 救出作戦決行【side:留美奈】

「こんな山奥に何があるっていうの?」


 私が質問しても、ギルドメンバーは一切答えてくれない。蚊帳の外といった様子だ。


 日中は周囲を警戒するため要塞内の決まった場所に配置され、夜は狭い鍵付きの個室で眠る。

 鍵は内側から解錠出来ないオートロック式になっており、朝七時になれば自動的に開く。

 部屋の中にトイレとお風呂は備わってるので、ギリギリ不満はない。


 それでもこの劣悪な環境は監獄にしか感じれず、居心地は最悪だった。


「抜け道を探したいけど、私は監視対象って事だよね。ギルド内で方針に従わないメンバーが数日別の場所に行かされて、戻ってきたら別人みたいになってたって噂も耳にしたし……」


 裏では非道なことを平気でする人物だし、違法な洗脳行為でもしているのかもしれない。

 いつでも逃げ出せるよう、怪しまれない範囲で各設備を注意して見回った。


「うーん……抜け道は必ず作ってるだろうけど、私には見つからないようにしてるよね。やっぱり出るなら唯一の出入り口の正門しかないかな」


 日中は扉に施設内のエネルギーが集中し、文字通り鉄壁となっている。

 だが夜になると、メンバーの大半が就寝するため要塞には光学迷彩付きの対物理シールドが張られる。

 このシールド維持の為にエネルギーをかなり消費するため、夜間のみ正門はただの鈍重な鉄の塊になる。


 ただの鉄の塊でしかないなら、か細い私でも何とか隙間くらい作れるはず。

 個室のオートロックも、ドアの間に何かを挟んでおけば完全には閉じないだろうし。


「可能な限り脱出の手口は調べれたかな。いつまでもこんな所に居たくないし、今夜逃げよう」


 ヒーラーである私に武器は扱えない。

 心許ないが、食事の際使っていた果物ナイフを懐に忍ばせて皆が寝静まる時間になるまで部屋でジッと待つ事にした。



 ◇



 深夜一時。

 扉の隙間からこっそり廊下の音を確認する。


 不気味なほど静かで、何の音も聞こえない。


「そろそろ、行動しよう。音を鳴らさないように、そーっと……」


 靴を履くと廊下で足音が響くため、裸足で部屋を出る。

 ひんやりと冷たい床を肌で感じ、声が出そうになるのを必死に我慢する。


 廊下は薄暗く、ほとんど明かりはない。

 でもこの日のために道順はしっかりと頭の中に入れてある。

 一度も迷う事なく、正門に続く廊下を突き進むことができた。


「あとは五百メートルくらい先にある、正門にたどり着けば……」


 ——ここから抜け出せる!


 安堵感から頬が緩み、笑みが溢れると同時に……突然けたたましいサイレン音が鳴り響く。


「嘘っ! ……私、ミスしてないよ?!」


 急がなきゃ。

 脱走なんてバレたらきっと酷い目に遭わされちゃう。

 この機会を逃したら、もう二度と脱走なんて出来ない。


 死ぬ気で腕を振り、可能な限り全力で走る。


 ハァ……ハァ……。

 息が苦しい、呼吸が上手くできない。

 それでも走り続ける。


 周囲が騒がしくなり、照明が灯されていく。

 頭が真っ白になる中、背筋が凍り付くような殺気を感じた。


 ——ゾクッ!


「ぁ……。あぁ——」


 恐怖で上手く言葉にならない中、背後でギルドマスター豪炎寺さんの声が響く。


「ここは外からも内からも堅牢な要塞だぞ、留美奈ちゃん。逃げ出せるとでも思ったのかい? ——《烈火ノ太刀》」


 私の寸前に迫る勢いで、焔の剣撃が飛ばされる。

 爆風が起こり、みっともなく床に転がされてしまった。


 熱い……痛い……。

 こけた拍子に膝は擦り剥け、血が滲んでいる。


「うぅ……。《超速治療》」


 スキルの効果により、傷はたちどころに癒えていく。

 その様子を見た豪炎寺さんは、狂気に満ちた目を異常なほど見開きながら告げる。


「そう、それだよそれ! その優秀な治癒スキルを僕のためだけに使えと言ってるんだよ! フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ……」


 不気味すぎる笑みを浮かべ近付いて来る。

 気持ち悪い……すぐに立ち上がって少しでも離れたい。

 でも怖くて脚が震えて、上手く立てない。


 S級プレイヤーとしての圧倒的な力と、執拗に追いかけ回すストーカー気質な人間性がそれ程までに私を恐怖のどん底に追い込んでいた。


「こ、こないで! 私は……星歌くんに会うの。ここから逃げ出して、もう一度星歌くんに!」

「ぷっ……逃げ出してあんなゴミE級プレイヤーの元へ行ってどうするんだ? 守ってくれるとでも?」


 えっ……E級プレイヤー?!

 どういうこと?


 私の困惑した様子を見て、豪炎寺さんは話を続ける。


「あぁ、そう言えば教えてなかったな。『無能』な星歌くんはね、ついに憧れのスキルを開花させたらしいんだよ。でも試験を受けた結果は最弱のE級って……ププッ。傑作だろう? 弱者はどこまでいっても弱者ってことだよなぁ。ブハーッハッハッハッ———」



 星歌くん、スキル……手に入れたんだ。

 やっと念願のプレイヤーになれたんだね!


 その事実が私に勇気を与え、脚の震えを止めた。

 もし今の話が本当ならEなんて関係なく、時間をかけてでも準備して私の事を助けようとしてくれるはず。

 ……だから、私もここで折れちゃダメだっ!



 ゆっくりと立ち上がり、ポケットから果物ナイフを取り出す。

 そのまま慣れない手つきで、豪炎寺さんへと向けた。


「——ハッハッハッ……。何のつもりだい?」

「星歌くんがプレイヤーになったなら、絶対にここに助けに来てくれるはずだから。私も最後まで諦めないっ!」

「E級のゴミに何ができるんだよ。……ったくキミも強情な女だなぁ。そこまで頑なに嫌がるなら、洗脳しかないな」


 " 洗脳 " という言葉と、舌舐めずりをする豪炎寺さんの姿に悪寒が走る。


「例え拷問で洗脳されても私は屈しないから! 絶対にあなたのものなんてならないもん!」

「違う違う、確かに拷問で洗脳ってのは良くする手口ではあるけどね。キミに施すのはもっと良いものだ。——スキルによる《催眠操作》だよ」


《催眠操作》……もし言葉通りのスキルなら。

 私は好き勝手に操られちゃうって事?



「嫌っ……」

「ぷっ、これはいい顔になってきたじゃないか。君の想像通り《催眠操作》は意識は保たせたまま、対象の行動を完全に御するスキルだよ。仮に無能くんが助けに来てくれたとして、目の前で君から僕に抱きついて来るような姿を見たらどう思うだろうね? 何ならハグだけでなく、キスもさせてやろうか? イヒヒヒヒヒッ」


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……!

 最低最低最低最低ッ!


 獣のような顔付きで一歩ずつ距離を縮めてくる豪炎寺さん。

 悪足掻きでも抵抗しようと果物ナイフを胸元に構える。


 すぐさま、パキッ……という音と金属音が響く。

 手にした果物ナイフの刃が熱で溶けて、切先が床に落ちていた。


 豪炎寺さんが目に見えない速さで、焔を纏った太刀を素早く動かしてナイフを斬ったのだ。


「ぁ……そんな……」

「頼みの武器もなくなったぞ? どうする? ほらほらぁ、僕の手がキミに触れてしまうぞ? スキルを使った瞬間から操り人形になるぞ?」


 ヒーラーの私が戦闘で勝てる訳がない。

 この距離ではS級の素早い動きにも敵わない。


 ……残された手段はなく、完全に閉ざされてしまった。


 豪炎寺さんの手が伸びて、私の胸元に触れる。

 嫌悪感がありながらも、いやらしく、そして穢らわしいその手を払い除けることが出来ない。

 もうどうしようもない絶望的な事実を理解し、指一本すら動かせなかったのだ。


 ごめんね、星歌くん……。

 私、精一杯頑張ったんだよ。

 でもどうしても、S級には勝てないよ。

 私が私じゃなくなっても、星歌くんへのこの気持ちだけは、どうか無くなりませんように……。



「ようやく折れたか。さぁ、仕上げといこうか——《催眠操——」


 豪炎寺さんが勝利を確信し、ニヤついた口元から歯を覗かせた……その時!!


 大気が振動し、空が青白い光一色に染まる!

 そしてほぼ同時に、耳をつんざくような轟音が辺りに響いた。


 巨大な鋼鉄の正門が軽々と宙を舞い、暴風が吹き荒れ土埃が巻き起こる。


「きゃっ!」

「なっ、雷?! いや、我がギルドに……襲撃、だと!?」


 何が起こっているんだろう?

 私、豪炎寺さん、そしてその場にいた他のメンバー全員の理解が追いつかない。

 それでも状況を確認するために、周囲を警戒する。


 空を覆い隠していた雲は綺麗さっぱりと吹き飛び、輝く星々が露わになっている。

 そして警戒の最中、不気味なほど静寂な空間に、コツコツという足音が反響する。


 皆がその音に惹きつけられるように、身体を、頭を、瞳を向ける。


 砂埃が吹き荒れる中から、現れる一つの影。

 少しクセのある黒髪。

 端正な顔立ちの中に感じる、どこか優しい表情。

 手にする美しい刀からは、先程見せた雷穿と同じ青白い雷光がほとばしっている。


 身に纏う雰囲気は私の知るものと変わっているが、離れていても間違えるはずがない。


 私が大好きでたまらなく愛しい人——


「——星歌、くん……」


 万感の思いを抱き、溢れる涙越しに映る彼の姿。

 瞳から雫が零れ落ちてもなお、映り続けることを確認し、夢でも幽霊でもないことに安堵する。


 私の元まで歩みを進め肩を並べたかと思うと、優しく左腕で抱き寄せてくれる。

 そして右腕とその手に握るいかずち纏う刀を、真っ直ぐ豪炎寺さんに向ける。


 ここでようやく星歌くんは口を開く。

 その口調は静かで、でも内側に怒りを秘めたかのような力強いものだった。


「……俺の留美奈は返してもらうぞ、豪炎寺」


 その時、星明りと雷光に照らされた彼の横顔は、私の中で一生忘れる事がないだろう。

 

 ——そう思えるほどに愛おしく、惚れ惚れしてしまうものだった。

 












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