11. 開戦前夜

「……S級プレイヤーか」


 会長室の扉を閉めた後、俺はボソッと独り言を呟く。

 獅子王会長からの『S級プレイヤー』への提案は一時的に保留という形にしてもらった。


 確かに俺は既にS級に近い実力を手にしているだろう。

 ……その実感はある。


 だが、S級プレイヤーは国家の危機時に緊急要請され、必ず応じなければならない。

 どれだけ危険な状況でも立ち上がり、皆を守るために身を呈する。

 それ故にプレイヤーたちからの憧れの的であり、特別視されているのだ。


 俺が手にした【スマートスキル】は汎用性は高いし、ある意味ではチート能力と言ってもいいかもしれない。

 でも、よくある異世界転生のように精神的な変化があった訳ではない。

 中身はごく普通に十八歳の大学生なのだ。


 強くなっても、怪我はするし、血も出る。

 イレギュラーが起これば、人の身である以上死んでしまうかもしれない。

 自分の命を投げ出してまで、国の為に尽くすという覚悟が簡単には出来なかった。


 それでも留美奈を救い出した後のことを考えるなら、やはり協会の後ろ盾はあった方が良い。


 狭間で悩み続け悶々とした気持ちを胸に、切れかけた蛍光灯がチカチカする廊下を進んで行く。

 すると、備え付けのソファーに座り脚をばたつかせる美月さんの姿が見えた。


「星歌くん、お疲れ様です。会長とのお話は終わりましたか?」

「お疲れ様です。一応終わりましたよ。それより美月さんはこんなところで何してるんですか?」

「その、ちょっとお話……したくて……」


 モジモジと恥じらいを見せながら、美月さんは隣の席をポンポンと叩く。


 どうやら『ここに座って』と言われているらしい。

 綺麗な顔立ちで大人のフェロモン漂う美月さんの隣に座るなんて、正直心臓が保ちそうにない。

 遠慮がちに少し間を空けて腰掛けることにする。


「星歌くん……S級かもしれないんだね」

「会長から聞いたんですか?」

「ううん。聞こえちゃって……」 


 美月さんははにかみながら答える。

 気まずい沈黙が流れ、一呼吸置いてから彼女は再び口を開く。


「星歌くんはさ、私のこと覚えてないよね?」

「私のことってどういうことですか?」

「……やっぱり、覚えてなかったんだね。実はね——」


 ——美月さんから真実を聞いて、驚いた。

 まさか小さい頃、隣に住んでいたお姉ちゃんだったなんて。


 急な引っ越しでいなくなり、それ以来会う事もなかったので当時の記憶は曖昧だ。もちろん話した内容なんてもう覚えていない。

 ただぼんやりと、夕陽に染まる公園、そして可愛らしいリボンで結ったツインテールの女の子の横顔が思い起こされた。


「あの時の女の子は、美月さんだったんだ……。ゴブリン達から守ることが出来て本当に良かったです」

「可愛い弟くんだなぁって思ってたのに。立派な男の子に成長したね」

「そんなことないですよ」

「そんなことあるよ! 星歌くんは夢に向かって進んでるんだね」


 夢……?

 何のことだろうか。


 少し困惑した様子を見せると、美月さんは微笑みながら教えてくれる。


「ほら、小さい頃よく口にしてたじゃない。『——大きくなったらみんなを守れるプレイヤーになるんだ』って! そのために今まで一生懸命に努力してきたんでしょ?」


「あっ……」


 小さい頃テレビで放送されていた、とあるアニメがきっかけで、悪者からみんなを守るヒーローになりたいと思ったことがあった。


 無能と呼ばれ蔑まれてからは、ただ悔しい……、見返してやりたい……。

 そんな気持ちに切り替わり、すっかり夢を見失っていた。


「S級プレイヤーの重責がどれほどのものかなんて、C級の私には検討も付かないよ。けど、きっと星歌くんならみんなのヒーローになれるよ。怖くなった時は私が背中を押してあげるから、お姉ちゃんとして!」


 美月さんの言葉が俺の凝り固まった考えを解してくれる。


 そっか……。

 俺はみんなのヒーローになっていいんだ。

 自分の手で大事な人たちを守らなきゃなんだ!


 友人、家族……そして留美奈の為なら、きっと命だって賭けられる。

 危険な事に立ち向かわなきゃいけないなら、それ以上にもっと強くなってやる!


 俺の中で確固たる決意が生まれた瞬間だった。



「美月さん! 俺、もう一度会長と話してきます!」

「うん! まだ会長室にいると思うし、いってらっしゃい!」


 別れの挨拶を済ませて、俺は会長室へ急ぐ。


「星歌くーんっ! 頑張ってねーっ!」


 後方で美月さんが手を振りながら、大きな声を張り上げる。


「何時だと思ってるんですか? 静かにしなさいっ!」


 残業で仕事をしていたのであろう協会職員のおばちゃんからの注意を受けながらも、こちらに向けて片目をつむり『てへっ』と舌を出す美月さん。


 俺も声援に応えるべく、おばちゃんの目を気にせず全力で手を振った。





 ——会長室の前に戻り、再び扉を開くためノックしようとする。


 ……が。

 誰かに見られているような、鋭い視線を感じる。


「……誰だ?」


 脅すように静かに告げると、背後で跪きながら一人の男が姿を現した。

 ……密偵をさせていた影道だ。


「さすがは主人マスターです。俺っちも見破られるなんてまだまだっすね」

「影道か。いや普通の人なら気付くこともなかっただろうし、十分だと思うよ」

「たはは……。あ、そう言えば朗報っす。留美奈さんの居場所が分かったっすよ。場所は山梨県のとある山奥に存在する『煉獄の赤龍』のギルド要塞っす。そこに豪炎寺と百人ほどC級以上のプレイヤーが集まってるっす」


 影道のキャラ何か変わってないか?!

 ……いや、今はそれは置いておこう。


 それより東京から出ていたのか!

 別の情報筋からも探してはいたが、全然見つからなかった訳だ。


「数日前に移動したみたいっすね。ギルド要塞なので抜け道は見当たらないですし、トラップは大量でしたよ。あえて真正面から誘い出すような構図になってるっすね」

「まんまと真正面から入れば、ギルドの精鋭メンバー戦わなければいけなくなるって訳か」

「そうっすね。あと要塞には対モンスター迎撃用の超魔導砲台も二台備えられてるっす。威力は恐らくS級でギリギリ持ち堪えれるかどうか……ってとこっすね」


 そんなヤバいものまで準備して、戦争でもするつもりなのか?!

 戦闘が始まったら、留美奈が巻き込まれないように対策をしておかないとだな。


「でも、何でギルド要塞にいるんだ? まさか俺が来るってバレてるのか?」

「それはないっすね。主人マスターがE級プレイヤーになったのは知ったみたいでしたけど、嘲笑ってましたし」


 なんというか、豪炎寺らしいな。

 もう憧れの気持ちなんて毛ほどもない。


「噂なんっすけど、新人ギルドメンバーを完全に洗脳するための設備も完備されてるとか……」


 中々屈しない留美奈の心を無理やり折るつもりか!?

 絶対にそんなことさせてたまるか!


「会長に伝えておかなければいけないことがあるから、それが終わり次第すぐに向かおう」

「車を、いえタクシーを呼んでおくっすよ!」

「……いや、いい。全力で走った方が速いからな」

「っ?! さすが主人マスターっす!」


 S級プレイヤーになる覚悟は決まった。

 留美奈を救い出す算段も、実力もついた。

 会長に決意を示せば、救出した後の事も心配する必要はない。


 本当の意味で全ての準備は整った。


「もう少しだけ我慢して待っててくれ……留美奈」


 完全勝利に向けての最後のピースを手にするため、力強く会長室の扉を押し開けた。








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