第2話 同行者


「やっぱり面倒臭いなぁ……」


 流れていく外の景色を見ながら、半分無意識に呟いてしまった。


「何度考えても、ふざけてるとしか思えないわね」


 同意するように言ってくれたアーシャは、今日も眉間にしわを寄せながら指令書とにらめっこしている。


 その内容をよく読んで、やっぱりもうちょっとゴネた方が良かったかなぁって後悔したのが一か月前のこと。


 急ぎで最低限の一般常識とかを詰め込んで、準備して。

 そして今、わたしたちは自動車?とやらに揺られて大きな街を目指している。

 そこから列車?だか何だかに乗って王都まで行くらしいんだけど。


「知らない風景だー……」


「そうね」


 窓の外は何もかもが知らないものばっかりで、正直言って憂鬱だ。

 アーシャなんて口では返すけど、顔を上げようとすらしていない。


 何なら、小さな部屋に車輪がついて動いているようにしか思えないこの自動車だって見慣れないものだから、中も外も憂鬱だらけ。

 隣に座るアーシャだけが癒しだ。


「……お二人は、初めて山から出られたんですよね?」


「……んー?そうだよー?」


 対面に座っていたもう一人から、声を掛けられた。

 会話するつもりがなかったから、一瞬反応が遅れちゃったけど。


「……それが何?」


 わたし以上に素っ気なく聞き返すアーシャは、やっぱり指令書を睨んだまま。

 仕方ないから代わりにわたしが、対面の席に視線を向ける。


「いえ、その、霊峰の血族のお話は、噂程度には聞いていましたけど」


 わたしたちの補佐役として付くらしい女性――アリサさんは不思議そうにこちらを見ていた。


 わたしたちの簡素な貫頭衣とは全然違う、白と黒でふりふりで動きにくそうな恰好は、なんだっけ――「メイド」――そうそれ、メイドさん、従者を示す服装らしい。


 わたしは世間知らずなお嬢様、アーシャはお抱えの魔女、アリサさんはわたしたちのメイドっててい・・で学院に潜入する手筈なんだけど、そのお嬢様とやらすら良く分かっていないわたしたちに、どこまで上手くフリが出来るかは分からない。

 っていうのは、さておいて。


「てっきりもっとこう、感動したり、驚いたりするものかと……」


 窓の外に向いた茶色い瞳から、アリサさんの言いたいことは何となく分かった。


「うーん……わたしたちって、あんまり変化を望んでないっていうか」


 生まれついての性分か、育った環境のせいかは分からないけど。

 わたしもアーシャも、穏やかで代わり映えしない毎日が好き。


 だから、山を下りて知らないものばっかりな人里へ入っていくのは、正直に言って面倒だって気持ちの方が大きい。


「驚きとかも、ないことはないんだけどねー」


 この自動車だって、魔術がどうとかで勝手に動いていて、凄いとは思うけど。

 でもこんなのよりも、あの質素な小屋じたくの方がずっと落ち着く。


「そ、そんなものですか」


「そんなものだよ」


 暗い茶色のおかっぱ……違う、なんだっけ――「ボブカット」――そうそれ、ボブカットの毛先を揺らしながら、アリサさんは微妙な顔で頷いていた。


「……指令じゃなければ、もう少し楽しめたかもしれないわね」


 やっぱり視線は下ろしたまま、アーシャが嫌味たっぷりに言う。

 でもこれは嘘だ。指令じゃなければ、そもそも山から出ようだなんて考えない。


「あはは、お気の毒に。これも宮仕えの宿命です。ですがワタシとしては、霊峰の血族をこの目で見られたのだから、仕事の甲斐もあるというモノですよ」


「……まあ、珍しいといえば珍しいのかな?」


 わたしに限らず、少なくとも遡って十何代かはずっと山に籠ってたはずだから。

 なんだろう、珍しい猿みたいな感じなのかな?


「正直なところ、実在を疑っていたくらいですからね。貴女方も、そのお相手・・・も」


「……実際、霊峰の血族の存在は、どの程度秘匿されているのかしら?」


 アーシャも、ちょっとは興味が出てきたみたい。

 指令書をわたしの鞄にしまって、アリサさんの方を見た。


「世間一般では、まず伝えられる事すらありません。ワタシのような生業の者ですら、眉唾の噂として耳にする程度かと」


「へぇ~」


 だからこそ、そんなわたしたちを山の外に、しかも王都に引っ張り出す今回の指令は変わったものなんだろう。何個か、ちょっと信じられないことも書かれてたし。まあ、それを今更蒸し返しても、もう遅いけど。


「……あ、でも。わたしもアリサさんたちのこと、噂には聞いたことあったよ。忍者ってやつでしょ?」


「ええ、系譜としてはそれに当たりますね」


「でも今はメイドさん?なんだよね」


 フリだけど。


「はい。メイドで忍者、つまりメイド忍者です」


「…………」


 そのまんまなことを言って、なぜかちょっと胸を張るアリサさん。

 アーシャの眉間のしわが深くなった。


「……イノリ。あまりこの女とは口を利かない方が良いと思うわ」


「ええ、何でですか!?今いい感じに仲良くなれそうでしたよね!?」


「メイド忍者なんて名乗ってる奴が、碌な女であるはずが無いもの」


「今まで知らなかったのに、何でそう言い切れるんですか!」


「それくらい山育ちでも分かるわ」


「いやいや、良いじゃないですか、メイド忍者!カレーうどんみたいで!」


「カレー?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げたら、アリサさんがまたこっちを向いた。


「あ、カレーっていうのはですね――」


「イノリ。そんな奴より、妖精共とでも話してなさい」


「ちょっと!?」


 でもやっぱり、すぐにアーシャに遮られる。


「あはは。アリサさんも一緒にお喋りする?」


「無理です!言っておきますけど、ワタシ妖精とか見えないですからね!?」


「忍者なのに?」


「忍者は普通、妖精なんて見えませんから!」


 忍者は妖精が見えない。ひとつ、外の世界のことを知った。

 それから、外の世界の人とも、案外ちゃんと話せるってことも。


 カレーが何なのかは、アーシャにあとで教えてもらった。

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