14話「深く知るということ」





僕たちはそれから数日間、毎日一緒に過ごした。


僕が学校帰りに雄一の家に寄って、傷の手当てを新しくしてからは二人で黙り込む。


それから、キスをする。


嬉しかったけど、僕はちょっと怖かった。だって、僕たちにだって「その先」がある。









それは二人きりの部屋で過ごすようになって四日目の夕方。夕焼けを見送って、電気も点けずに寝室で抱き合っていた時のこと。


暗闇の中で触れる雄一の体は温かくて、とても安心した。


“ずっとこうしていられるほかに、僕が欲しいものなんかない”


切ないほどに愛しくて、何度も抱きしめあっていた。


でも、雄一はちょっと僕を抱きしめる腕をほどいて胸を押し、僕たちは顔を見合わせる形になった。


僕は彼がどうしてそうしたのか、分かっていた。


「俺、調べたんだよ」


“来た”


僕の心臓がどくんと一つ大きく鳴ってから、少しずつ少しずつ鼓動が速まっていく。


「な…何を…?」


雄一は僕をもう一度抱きしめ、首元に髪をこすりつけてきた。思わず震えそうになるのを我慢して、僕は体がこわばるのを感じる。


「セックスのやり方」


“どうしよう”


「いいよ」と言ってしまうのが怖い。


彼を深くまで知るのが怖いはずなんかないけど、だって多分、僕は痛かったり苦しかったりするはずだ。話に聞くのはそんな噂ばかり。


「なあ…お前がさ、大丈夫だって思うまで、俺、待つから。だから…」


“やっぱり、我慢してたのかもしれない”


そう思うと、怖い気持ちは少しほどけて、僕は少しだけ彼を抱きしめる腕に力を込めた。少しだけだけど。


「稔…?」


“大丈夫。雄一はきっと優しいもの”


僕はためらう自分を置き去りに、彼にキスをした。







僕が「痛い」と言うと、彼は必ずそこで止まって、待ってくれていた。



「急がないように」と自分を抑えつける彼は、息苦しそうに汗をかいて、それでも我慢してくれていた。



それを見ると僕は「痛くてもいいや」と思えたし、自分たちがしていることが、楽しかった。








「ごめん、稔…」


終わったあとで僕を気遣う雄一は、水を汲んできて、僕に飲ませてくれた。


“知らなかった。あんなに手順が掛かるものなんだな…それでも痛かったし…”


僕はちょっとこれからが不安だったけど、雄一が髪を撫でて優しくしてくれるから、それは拭い去ることができた。


でも、もっと不安なことがあった。


“雄一は、どう思ったのかな…もしかしたら、つまらなかったかも…”


「ね、ねえ…」


「んー?」


思い切って聞いてみることにした。彼は僕の頭に片手を乗せながら、もう片方の腕で布団に肘をついて、こちらを向いている。


“なんて聞けばいいんだろう?えーっと、なるべく変じゃない言い方…”


きわどい言葉をよけて選んでいるうちに、だんだん頬が熱くなる。


「あの…」


「どうした?」


よく考えてみると、こんなことに恥ずかしくならない聞き方なんかないし、言いさしてやめるわけにもいかない。


僕はせめて顔を見られないようにと、雄一の胸に顔を埋めた。


「…僕の体、どうだった…?」


「えっ…」


彼はちょっとの間何も言わなかった。怖くなって顔を上げてみると、雄一はまた真っ赤になって、僕を睨んでいた。


怒っているような顔で黙っていたけど、彼はやがて困り顔でため息を吐く。


「ストレート過ぎんだろ…お前な…そういうことそういう顔で言うな!」


“確かにちょっとはっきりし過ぎてた!”


自分でも今さら慌ててしまって、頬が熱くなる。


「ご、ごめん…」


“でも、「そういう顔」って…?僕、なんか変な顔してたかな…”


「別に。あやまんなくてもいーって。えーっと、それでな…」


返答に困っているような彼を見て少し不安だったけど、彼はキスをしてから僕を抱きしめ、肩越しに囁くように、小さな小さな声でこう言った。


「…気持ちかったよ、すごい……でも、お前は痛がってたから…ごめん…」


そう言って雄一は僕をぎゅうっと強く抱きしめてくれた。


「ありがと。よかった…」





僕たちの初体験はそんなふうに手探りだったけど、それから何度も試してみるうち、僕は、逃げたくなるくらいに感じるようになっていった。





少しずつ僕の体は開かれ、彼の手によって目覚めて、彼を感じるようになっていく。


それが嫌なはずはないのに、どうしても「やだ」と言ってしまう僕に、彼はキスをくれた。


やがて彼が思いのまま僕を切り裂くことができるようになる頃には、僕の体は、奪われるのが当たり前になっていた。


彼の見せる凶暴な素顔と、ひたむきな表情、素直な体も、それが全部僕のためだけに差し出されているということが、愛しくてたまらなかった。









ある日のことだ。学校が終わってまだ2時間も経っていないのに、僕は雄一の家の布団で、鎮まらない呼吸を抑えようと自分の体を抱いていた。裸のまま。


「大丈夫か?稔…」


まだ喋ることもろくにできないから、なんとか震える顎で頷くと、彼が僕の隣に倒れ込み、汗だくのまま僕を抱きしめる。


熱も震えも止まない僕は、息を整えるのにかなり時間が掛かった。今度は、それが不安だった。


“こんなに気持ちよくなるものなんだ…どうしよう”


頭がくらくらして、体の奥が溶けてしまったあとのようで、起き上がることもしばらくできそうになかった。


“こんなふうになっちゃって…雄一は呆れてたりしないのかな…もしかしたら、「ヘンタイ」って思われるかも…”


彼を見ると、僕を見て嬉しそうな顔をしていた。


「雄一…僕、こんなになっちゃって…呆れてないの?」


「呆れるって?どうしてだよ?気持ちよくなってもらえたら、嬉しいだろ?」


“ああ、そっか。おんなじなんだ…”


僕は快感による熱とは違うものに温められ、その晩、家には帰らなかった。





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