3話「日曜日のゲームセンター」





僕は教室で古月に殴られるようになったけど、それは毎日じゃなかった。


僕が本を読んでいて、目の前に古月の長いブレザーの丈がぶら下がっているのを感じて顔を上げると、彼は僕を殴り、すぐに自分の席に戻っていく。そして時には、自分の周りに居た男子生徒と一緒に、僕を笑って蔑む。


僕はもちろん、そんな学校生活には満足していなかった。でも、「前より悪くなったのか」と誰かに聞かれたとして、そんなに大げさに騒ぎ立てる気にもなれなかっただろう。


彼の暴力を歓迎しやしないけど、僕が殴られるようになって数日してから、正面玄関で一人の生徒からこう言われた。


“ごめんよ、相田くん”


涙を流して僕にそう謝り、ほかに何も言えなかったのだろう、彼。あの日、ボールペンで腕を刺された子だ。


眼鏡の隙間から涙を拭って、ずっと僕の返事を怖がっている柿崎くんに、僕は“なんでもないさ”と言って笑った。


自己満足に過ぎないプライドを、そうやって偽の使命感で支えて、背中の不安を拭った。







それから、何週間もが過ぎた日曜日。怪我の言い訳も苦しくなってきて、おろおろと何かを聞き出したがっている母さんとは居づらくて、僕は一人で街に出かけた。


特に何をするでもないけど、喫茶店で飲みなれない珈琲を頼んでみたりしたあと、ゲームセンターで遊んでから帰ろうと思った。


僕は市内の外れにある潰れかけたゲームセンターの前に着き、中に入ろうとすると、ちょうど雨が降ってきた。


「うわぁ…帰りまでに止むかな…」


そんな独り言をこぼして、向こう側からビカビカと光が漏れてくる自動ドアをくぐった。




実は僕は、クレーンゲームは得意な方。千円くらいあれば、大抵お目当てのものを取れる。


「おっ…おっ…!」


興奮を抑えてなんとか二つ目のボタンを押し、僕の狙っていた景品がガッコンと取り出し口に落ちた。


「よっしゃ!」


独り言で小さく喜んでから、帰ろうとして後ろを振り向く。


「えっ…」


僕はいつの間にか、周りを背の高い男三人に囲まれていた。三人とも、僕と同じくらいの歳だった。あまりに距離が近かったから、ゲームの順番を待っていたんじゃないとすぐにわかったのだ。


真ん中の一人が僕の肩に手を掛けた。右に居た一人は口元の煙草を指に挟んで煙を吐く。


「よお、お前」


僕は、「今度は不良とのいざこざか」と思って、あっという間にさっきまでの得意な気分がしぼんでしまった。


「な、なんですか?」


とにもかくにも返事をしなくちゃと思うのは、ちょっと真面目過ぎるんだろうか。僕はすぐに、逃げ出さなかったのを後悔した。


「UFOキャッチャー、うまいじゃん?ちょっとその腕貸してくれよ」


特に不愉快な気分になるほどでもない申し出かもしれない。とは言え、素直にそれだけのことを頼みに来る人の態度でもない。


「えっと…」


そう言って、なんとか言い逃れを考えようとしてうつむいた時。


僕の首元に思い切り手のひらが突き当たってきたと思ったら、そのまま首を掴みあげられて、僕はゲームに叩きつけられたのだ。


「うっ…!」


“マジで息できない!なんでこんなことで暴力に訴えるんだよ!このろくでなし不良め!”


心の中で毒づきながら、僕がなんとか薄目を開けて相手を見上げようとした時。


突然息が楽になり、目の前に居たはずの三人が居なくなっていた。


「げほっ!…はぁ…」


僕はまず咽こんでから大きく呼吸し、それから霞んでいた目をこする。顔を上げてみると、不良三人のうちの二人はなぜかその場に倒れ込んでいて、僕を締め上げていた奴は、僕に背を向け立っていた。


何が起こっているんだろうと思う間もなく、こんな叫びが聴こえてきた。


「だーれに断ってここでこんなマネしてんだ!?ああ!?」


「すっ…すんま、せ…古月さ…」


驚いて僕が回り込むと、確かにあの古月が僕を助けて、僕がされたように、相手の首を持ち上げて絞めていた。


「ふ、古月!」


僕は止めようとして声を上げたけど、古月は僕を気にしていないかのように、こちらを見ない。


古月は苦々しそうに相手を睨みつけて、歯ぎしりの間から彼はもう一度叫んだ。


「次にこんなことしやがったら、たたっ潰すかんな!覚えとけ!」


そう言って古月は、相手の首を掴んだまま思いっきり投げ飛ばし、コイン両替機に叩きつけた。


「すんません古月さん!」


ぐったりと両替機にもたれかかったままの一人を、残りの二人が連れて行ってからも、僕は古月とその場に立ち尽くしていた。



“お礼を言うべきなんだろうけど…あんまりそういう気分にもなれない…”


平和的解決とはとても言えないし、いつも古月が僕にしていることの方がよっぽど酷い。


そんな複雑な感情が渦巻いていて、僕は何も言い出せなかった。


それを知ってか知らずか、古月は「帰るぞ」とだけ言い、僕はそれに「うん」とだけ返した。







雨はますます酷くなっていて、傘もない僕は出口でため息を吐く。古月は隣でビニール傘をばさばさと広げて、僕を不思議そうに見下ろした。


「なんだ。おめえ、傘ねーの」


「う、うん…」


古月は、また僕をからかって、もしや一発くらい殴ってから一人で帰るかも、と思っていた。それなのに彼は、こう言った。


「じゃあ、俺のに入ってけば」


「えっ…」





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